ブッダが考えたこと:仏教のはじまりを読む(宮元 啓一著)

眼横鼻直(教員おすすめ図書)
Date:2016.02.15

書名 「ブッダが考えたこと:仏教のはじまりを読む」
著者 宮元 啓一
出版者 KADOKAWA
出版年 2015年10月
請求記号 181.02/86
Kompass 書誌情報

本書は全体で240ページほどの小著だが、文章は明快で、読者を一気に仏教の哲学的核心へと導く。そしてその核心が、2000年以上も前に「仏教のはじまり」(副題)において「ブッダが考えたこと」(表題)にあること、しかも時を越えて現代の私たちの生き方に貴重な哲学的示唆を与えてくれることを、本書は明らかにする。

本書によれば「ブッダbuddha」とはサンスクリット語で「目覚めた人」の意。仏教の核心である「解脱」「悟り」「成道」を、思考停止の対極にあり、神秘的直観とも異なる哲学的思考としての「目覚め」と捉える点に、本書の真骨頂がある。したがって「瞑想」(禅定)も、思考停止へではなく、哲学的思考という「目覚め」へ向かうものとして把握される。

この「目覚めの哲学」が私たちに教えてくれるのは、世俗的なものに対する過剰な執着からの脱却である。執着とは一種の「眠り」(無知・無明)であり、そこからの脱却は、「目覚め」(智慧)の中で、経験的事実の「徹底した観察」に基づき、「眠り」それ自体の原因の冷静な探究、因果の洞察をとおして達成される。ブッダが洞察したその究極原因は、私たちの生存欲である。

この「脱却」は、決して「逃避」「厭世」「諦観」、ましてや「自殺」へ向かうものではなく、世俗的なものの中に否応なく巻き込まれ、そこで眠り込み、突き動かされるままに惰性的に生きることから脱することであって、むしろ世俗的な人以上に世俗的なものの真っ只中に身を置き、その本質を洞察しながら主体的・行動的に生きることに他ならない。「行学一如」も教えるように、行動は智慧としての学に支えられてはじめて主体的になりうる。

「目覚め」(成道)後のブッダの生き方を著者は「自らがいたった境地を楽しんでいた」と述べている。世間の本質を洞察し、人情に流されない「鉄の勇気」を備え、独立自由を楽しむ魅力的で頼もしい本物の「師」の姿が彷彿とする。学生諸君にぜひ一読をお勧めしたい。

副学長 桑田 禮彰

< 前の記事へ | 次の記事へ >