ブータン便り NO.4

江口 卓

  

 9月23日は日本では秋分の日で休日ですが,ブータンでもBlessed Rainy Dayで休日でした.Blessed Rainy Dayは,雨期明けを祝う日です.雨期明けには早いかなと思っていたのですが,今年はぴったりその日から天気が良くなって,その後10月7日までティンプーでは雨が降りませんでした。10月8日は、ブータンの南に低圧部にともなうまとまった雲の塊があって、朝から久しぶりの雨となりました。1日中降ったり止んだりの天気でしたが、翌日からまた晴天が続いています。日中、日なたにいると暑いくらいですが、夜になると日によっては暖房がほしい季節になりました。

 今回は,前回お約束した通り,ティンプー・ツェチュについてお伝えしたいと思います.今年は,9月16日から19日まで4日間おこなわれました。年1回行われる大きなお祭りで、ティンプーは休日になります。ただし休日になるのは3日間で,1日目については友達のブータン人に聞いてもよくわからなかったので,またわかったらご報告します.今年は、お祭りが週末にかかって、休日になったのは金曜日だけだったので、残念がっているブータン人もいました。

 ツェチュとは、ブータンに仏教を伝えたチベット仏教の開祖グル・パドマサンババのお祭りです。グル・パドマサンババの一生の中で12の重要な宗教的出来事があり、それらは月の10日に起こったといわれています。「月の10日」を意味するのが、ツェチュです。そのため、ツェチュはブータン暦の10日を中心に行われます。ブータン暦は、通常使われている太陽暦とは異なるため、年によって開催される日は異なります。ティンプー・ツェチュは、だいたい9月の中旬から10月上旬の間に行われます。ツェチュは、地域によって開催される時期が異なります。観光的に一番有名な、空港のあるパロ・ツェチュは、3月か4月に行われます。そのため、ツェチュの休日も地域によって異なり、ツェチュの行われる地域のみが休日となります。

 ティンプーでは、2007年までツェチュはゾンの中で行われていましたが、場所が狭いということで、今は、ゾンの北に隣接する広場で行われています(写真1)。ツェチュは、朝9時ごろから始まり夕方4時か5時ぐらいまで続き、ブータンの国営放送(BBS)のテレビですべて生中継されました。

写真1 
ツェチュの会場は、タシチョゾンの北側に隣接してあります。右手の建物が、ゾンの北側部分です。壁に沿って、3階建ての観客席があり、一番上の階の中央には、ブータン宗教界の長であるジェ・ケンポの席があります。仮面舞踏は、写真中央の四角い広場でおこなわれます。連日、観客席は満員で、特に女性の衣装がカラフルなので、会場全体が非常にカラフルでした。なお、ゾンは1600年代に建てられたブータンのお城で、現在も僧院と政府の役所として使用されています。

 ツェチュは毎日3つから5つの演目が行われます。ツェチュはよく仮面舞踏と紹介されるように、ほとんどの演目はいろいろな仮面をかぶった踊りが中心です(写真2)。一つの演目は1〜2時間かかり、演目の間には王立舞踊団(たぶん?)による伝統的なブータンの踊りが披露されます(写真3、4)。基本的には踊りが中心ですが、ドラマ仕立てのものも各日の演目の中には含まれています(写真5)。祭りの中では、アツァラという道化が、常に踊りの会場や観客席にいて、踊りのまねをしておどけて見せたりして場の雰囲気を和ませるとともに、観客を祭りに引きこみ、祭りに一体感を生み出す重要な役割を担っています(写真6)。

写真2 
仮面舞踏の一つであるGing Dang Tsholing。この踊り手はTholingといい、長いカラフルな衣装に恐ろしい仮面をかぶっています。1時間近く続いた踊りの最後で、踊りながら退場するところです。この踊りは、頭を中心に回転する動きが中心で、この時は暑かったこともあって、踊り手はかなり体力を消耗すると思います。
写真3 仮面舞踏の演目の間に行われるブータンの伝統的な踊り。
ツェチュの間、午後になると短時間ですが激しい雨が毎日降りました。この写真は、雨のあとなので、踊り手の足元に水たまりができています。ブータン人は、雨が降ると傘をさしたり、雨宿りをしたりしますが、雨に濡れることに関しては、日本人ほど嫌がってはいないようで、少しぐらいの雨なら濡れても平気です。
写真4 
写真3の踊りは、生の演奏と歌で行われます。演奏には、ブータンの伝統的な楽器が使われます。ゾンの中では、ブータン人は正装が義務付けられています。唄っている人のように、男性の正装はゴという民族服にカムニという白い布を肩にかけ、女性の正装は、キラという民族服にラチュという長い布を左肩にかけます。
写真5 
ドラマ仕立ての踊りRaksha Mangcham。この劇は、死者の裁きを描いた劇です。写真左下の黒い服に赤い頭をした死者に対し、その前に立っている黒い仮面かぶった黒魔が、死者の生前の悪行を述べ立てている場面です。写真右上の白い服を着て白い仮面をかぶった白神は、死者の生前の善行を述べます。最後に、天秤が持ち出され悪行と善行をはかりにかけます。このような劇は、観客に対する教育的な内容を含んでいます。ほかにも、猟師に対し高僧が殺生をやめるように諭し鹿を救う劇や、王子が戦に出ている間に王女たちが堕落してしまい、その懲らしめのために鼻を切り落とされる劇などが演じられました。
写真6 
中央右手で仮面をかぶって観客に対し寄付をもとめているのが道化のアツァラです。この日は暑かったので、日なたに座っている人は、カムニやラチュを頭にかけて日よけにしている人も多くみられました。なお、帽子をかぶることはゾンとその周辺では禁止されています。

 ティンプー・ツェチュの印象ですが、会場にはたくさんの人が来ていて、家族で昼食を取っている人もいました(写真7)。グループできている男の子や女の子もたくさんいて、日本の夏祭りを思い出したりしました。会場を見ている限りはかなり盛り上がっている印象を受けたのですが、知人のブータン人からは、あまりツェチュを見に行くという話も聞こえてこないし、普通の休日といった感じでした。演目がかつて見たことのあるものと同じようなものばかりということや、首都のティンプーであるということが関係しているのかもしれないと思いました。地方都市のツェチュはもう少し違うのかなと思ったりもしました。しかし、私にとって、はじめて見たツェチュは、会場はカラフルで、踊りは優雅でかつ力強く、ブータン人の仏教に対する思い入れも感じられ、非常に印象深いものでした。

写真7 
会場の周辺の日陰では、昼食時になると、弁当を広げて昼食をとる家族がみられました。

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