ベトナム・フエ便り NO.7

フエ〜ダナン鉄道旅行

平井幸弘(2012.7.19記)

フエとダナンを隔てるハイヴァン峠

 ベトナムの海岸線は、南北に細長い大きなSの字を描くように連なっています。そのS字の真ん中付近、フエとダナンとの間は、ベトナム中部とラオスとの境をなすチュオンソン(アンナン)山脈の一部(バックマー山地)が海岸に迫っています。ベトナム中部地域はここを境に、フエのある中北部とダナンのある中南部に分けられます。ベトナムの旧国道1号線は、この部分をいくつものヘヤピンカーブで越えて行きますが、その最高地点が標高496mのハイヴァン峠です(図1)。

 現在の国道1号線は、2005年6月に開通した東南アジア最長の長さ6.3kmのハイヴァントンネンル(アプローチ道路や橋梁を含めると11.2km)を通って、わずか10分ほどでこの難所を通過します。しかしトンネル完成以前は、車で約1時間もかかり、1999年のベトナム中部地域の大雨・洪水災害時には、峠道の各所で崩壊や土石流が発生しました。

 一方、首都ハノイと南部のホーチミンシティー(鉄道の駅名はサイゴン)を結ぶ南北統一鉄道は、旧国道より海側の斜面を標高180m付近まで登り、長さ600mの短いトンネンルをくぐって、ゆっくりと海岸に降りて行きます。一日上り下り各8本ある急行・普通列車は、フエ〜ダナン間103kmを急行で2時間22〜44分、普通で3時間20〜52分で両都市を結んでいます。今回は、この峠越えの鉄道の旅をお伝えします。

図1 フエとダナンを隔てるハイヴァン峠
赤い線が旧国道1号線、鉄道はその東側の海側を通っている。
(地図は旧米国陸軍地図局作成(1965年)の5万分の1地形図DA NANGの一部、グリッドの間隔は1km、図2も同様)

旧地形図で下調べ

 ベトナムでは、日本のように最新の地形図を入手するのは、なかなか困難です。しかし、米国のテキサス工科大学のベトナムセンター・アーカイブ(The Vietnam Center and Archive, Texas Tech University)のホームページで、旧米国陸軍地図局(AMS)が作成した古い地形図(一部は統一後のベトナム作成のものも収録)が公開されています。そこで、その地形図や観光用地図、グーグルマップ・グーグルアースを使って、フエ〜ダナン間の鉄道路線を眺めてみましょう。

 フオン川の右岸、新市街地の南西縁にあるフエ駅からサイゴン方面に向かう線路は、フエ市南方の丘陵・山地に連なる低い台地の上を南東方向に進み、途中フエのプーバイ(Phu Bai)空港の南側を通過し、フエの一連のラグーンで最大のカウハイラグーンの南岸に出ます。

 その湖岸を通り過ぎ、平坦な浜堤列平野の南縁を東西方向に直進し、小さなトンネルを一つ越えると、今度はアンクーラグーンという小さな湖の西岸に出ます。そのまま南岸に沿って湖をほぼ半周し、湖の海への出口に至ります。この付近の砂州が、白砂のビーチリゾートとして人気の高いランコービーチです。線路は、その優雅な曲線を描く砂浜を見下ろすように、徐々に峠越えの区間にさしかかります。

 峠越え区間では、何本もの鉄橋を渡り、短い2つのトンネルをくぐりながら、少しずつ高度を上げて行きます。標高180mでトンネルに入って、フエ省とダナン市との分水嶺を越え、再び小さないくつもの鉄橋と2つのトンネルを経て、ダナン湾の海岸に降りて行きます。

 ダナン駅は、現在は行き止まりの駅になっています。しかし地図(図2)を見ると、ダナン駅の西側の本線南側にループ状になった不思議な線路が描かれています。いったい何なのか、気になるところです。

 このようなことをひと通り頭に入れて、いよいよ出発です。


図2 スイッチバック式のダナン駅(Ga Da Nang)と謎のループ線
(ダナン駅から北東方向と南方向に延びている線路は現在はない)

ハノイ発サイゴン行き急行列車SE3

 フエ駅は、フランス植民地時代に造られた2階建ての建物です(写真1)。全体が薄いピンク色に塗られ、中央に時計台を配し、白く縁取られたアーチ状の出入り口が洒落ています。ネット記事では、「ベトナムで最も美しい駅」と書かれていますが、ベトナム中部高原のダラット駅もそう言われていますので、どちらが美しいかは、個人の好みでしょう。ただし、フエのこの美しい駅舎の扉はいつも閉められていて、実際にホームに入るのは、この建物から数十m離れた別の建物からです。

 その建物には、切符売り場とホームへの入口、それと別に急行列車専用の待合室があり、そこからも駅舎に最も近い1番ホームに出ることができます(写真2)。ちょうど写真1の古い駅舎の裏側に当たりますが、ここも美しく白、ピンク、灰青色に塗り分けられ、旅心を高めます。


写真1 フレンチコロニアル様式の美しいフエ駅

写真2 フエ駅の1番ホーム、路盤より10cmほど高いプラットホームがある

 10時49分、予定時刻より4分遅れでハノイからの急行列車SE3が入線してきました。牽引している機関車は、ドイツ製の電気式ディーゼル機関車D20E型で、ベトナム中部地区に集中投入されている最新型だそうです(写真3)。列車は、先頭の機関車のすぐ後に、食堂車、ソフトシートの座席車が4両、ハードベンチの寝台車(1部屋に3段式ベッド2つ)が4両、ソフトベンチの寝台車(同2段式ベッド2つ)が3両、最後尾に乗務員居住区・電源車がつながる、全部で13両の堂々たる編成です。

 私はダナンまでの短区間乗車なので、指定席は先頭に近いソフトシート(フエからダナンまで80,000VND:約320円)の2号車です。近づいてみると、車体はかなりでこぼこ、車両に記されたA31584の頭文字Aは、ソフトシートの車両を示しています(写真4)。車内は、一列2+2席の中央で向かい合う対面式で、7列+7列ありました。2台の液晶テレビが設置され、飲み物や弁当の販売もやってきます(写真5)。


写真3 ハノイから到着したSE3急行列車、先頭はD20E型ディーゼル機関車

写真4 プラットホームから2段のステップをよじ登って2号車へ

写真5 ソフトシート車の車内、弁当の車内販売


ランコービーチ列車転覆事故と峠越えの車窓

 2005年3月12日午後12時頃、ハノイ発サイゴン行きの急行列車(今回乗車したのと同じ)が、ランコービーチ付近で転覆事故を起こしました。死者は少なくとも11人、負傷者200人以上の大事故だったようです。当時は、線路沿いに道路がなく、救援活動が円滑に行かず多数の犠牲者が出たそうです。スピードの出し過ぎが事故の原因とされ、制限速度40km/hのところを20km/h以上、または約70km/h出していたようです。事故後、その区間は30km/hに制限されているため、フエーダナン間は、当時より所要時間が若干延びていますが、その分アンクーラグーンとその湖口に広がる美しいランコービーチをゆっくり眺められます。

 この付近から、列車はいよいよ峠越えの登りにさしかかります(写真6)。海岸近くを徐々に高度を上げて行く車窓から、コバルト色の海の向こうに白砂のビーチが続いているのが見えます(写真7)。


写真6 ランコービーチ付近から、峠を目指して急なカーブを登る

写真7 美しい海岸風景を楽しめる峠越えの車窓


 フエからダナンまでの小旅行の間、隣の席はアメリカ人。40年前にダナンに来たことがあるそうで、奥さんはベトナム人、永年シンガポールとアメリカ・テキサスで働き、10年前に退職して今はベトナム中南部のニャチャンに住み、ボランティアで英語を教えながら人生を楽しんでいるとのこと。別れ間際に、「妻の母は実は日本人だった、だから妻は少し日本人に似ているだろ」と、古い家族写真を取り出しながら話してくれました。少し複雑な話ですが、この背景を理解するためには、第2次大戦終了前後の日本とベトナムの関係、そしてアメリカ(ベトナム)戦争時のアメリカとベトナムの関係等を、しっかり学び直す必要がありそうです。

ダナン駅到着、謎のループ線

 途中、何カ所か山中の小さな駅で上り列車とすれ違い、午後1時20分、予定時刻より8分遅れで、無事にダナンに到着です。現在、ダナン駅はスイッチバック式の頭端駅で、上り下りの列車ともここで機関車が付け替えられ、列車全体の向きが反対方向に変わります。そのため、ダナン駅での停車時間はどの列車も約15分と長くなっています。

 ダナン駅の駅舎は、フエ駅とは違ってモダンなドーム型です。その駅舎にあるダナン駅(GA DA NANG)の文字の下には、ランコービーチ付近を走る急行列車の大きな写真が掲げられています。また駅前広場には、峠越えに挑むかのように、少し勾配のついた路盤の上に蒸気機関車が展示されています(写真8)。もちろん、現在ベトナムでも蒸気機関車は走っていません。


写真8 ドーム型駅舎のダナン駅、駅前広場には蒸気機関車が展示


 地図を見ると、ダナン駅の南側に半径150mの円に沿うような大きなループ線が描かれています。現在の列車は、ディーゼル機関車牽引ですので、機関車は駅構内の待避線を使って列車の前後に付け替えることができるので、このループ線は必要なさそうです。蒸気機関車の場合は、タンーンテーブルで向きを変えるか、このようなループ線を使って列車の前後に付け替える必要があったのかも知れません。いずれにせよ、実際のループ線のところに行ってみることにしました。

 ループ線を先の方に歩いて行くと、両側に普通の民家が並び、きれいな花を咲かせた枝も伸びています(写真9)。線路部分は、枕木は見えず土になっていますが、線路の内側の部分は車輪が通ったあとのように、深さ数cmほど土が掘れており、草も生えずゴミもなく、きれいに先へ先へと続いています。その両側の幅1〜2mほどはコンクリートで舗装され、地元の人がバイクで通ります。

 実際にこの線路が何かの目的で使われているのかどうか、今回は確認できませんでしたが、同じ曲率でずっと右にカーブずる線路を追いかけていると、一瞬自分が今どこにいるのか分からなくなり、迷宮に迷い込んだような感覚でした。


写真9 ダナン駅南のループ線、線路の両側には民家が並ぶ


列車の旅を楽しむ

 今回は、フエからダナンまでわずか2時間半の旅でしたが、車窓景観はもちろん、新幹線では楽しめない、隣客との会話に加え、客室内のテレビ番組に大笑いする乗客、調理したての湯気をたてる肉の販売、空いた席で乗客と一緒にテレビを見ている乗務員など、車内観察もとても興味深いものでした。

 また、ベトナムの鉄道は基本的には単線なので、上り下りの鉄道は、何度も小さな駅で待ち合わせとすれ違いをします。そのような駅はもちろん、それ以外の小さな駅や多くの踏切でも、遮断機を引き出し、直立姿勢で列車の通過を見守る多くの鉄道員の姿を、間近に見ることができました。かつて子供の頃に、どこかで見たような気がします。

 ベトナムの鉄道に関しては、旅客列車の最高速度を時速90kmから120kmに、貨物列車を60kmから80kmにする高速近代化計画や、メコンデルタのホーチミン〜カントー間の新線建設計画、さらにはホーチミン市内の都市鉄道計画、一方でかつて中部の高原都市ダラットとタップチャムとを結んでいたラック式鉄道の観光用としての一部復活など、話題が豊富です。ベトナムではこれからも、まだまだいろいろな鉄道の旅が楽しめそうです。



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