2006.12.11更新
活写の文体をめざす
瀬戸良枝『鸚鵡』にみる会話表現
雲の上はありし昔に変はらねど見し玉簾の内ゆかしき
雲の上はありし昔に変はらねど見し玉簾の内ゆかしき
「鸚鵡小町」
冒頭表現
○色のない地面に砂埃がぽっと舞ったとき、葉子の目の中には、慌てて駆けてゆく誰かの影があった。
一
01「馬鹿だね、お馬鹿さんだね」
02「お前を潰すぐらい造作もないよ」
03「いつでも返り討ちにしてやるよ」
04「琴」
05「すいません、すいません、許せ、ご飯ちょうだい」
06「あんた、なかなか上手だたっよ」
07「消えろ」と低い声で一喝された。
08「第三次世界大戦でもはじまちゃえばいいのに」
09「信じられないくらい絶望だよ」
10「まじで今日という日を恨むね、僕」
11「もう嫌だよ」
12「人が何で生きてんのかなんて理由、別にどうでもいいじゃん」
13「馬鹿」
14「黙れ」
15「愚図」
16「姉ちゃんなんて嫌いだ」
17「神様がなんだっていうんだよ」
18「神様の本当なんて誰も知らないのに」
19「もう放っておいてよ」
20「僕は孤独だなあ」
21「今日、お当番なんでしょ?」
22「このひとつひとつをゆっくり理解すればいいの」
23「難しく考える必要はないんだわ」
24「これは勉強じゃないのよ」
25「その人なりの読みをすればいいんだもの」
26「本当にそうかな」
27「礼拝なんてそもそも信者がやるものでしょ。家はそうかもしれないけど、僕自身はそうじゃないもん。そんな僕がみんなの前で神様にまつわるお話をするなんておかしいじゃん。矛盾じゃん。宗教問題じゃん。そもそも神様がいるなんて感じたこと一度だってないもんね、僕。『アーメン』ってみんなが最後にお祈りしているときも、僕は天のお父様が何の分別もなく、女にも男にも鬼畜にもテーブルにも皿にもそれぞれみんなの上に跨って血走った目とかして、汗だくになりながら、エロい言葉とか譫言(うわごと)みたいに囁いて、一生懸命腰を振ってるところしか思い浮かべてないもんね。貶めてるもんね。僕と同じ高校生のときは、服部さんもそうだったでしょ?思春期だったでしょ?共感してくれるよね?」
28「第三次世界大戦さえ起きてくれればさあ」
29「今まで善だと思っていたものが人間自身の手で綺麗にぶっ壊れてさ。そんで、それぞれの道理とか倫理とか道コとかみんなぶつけ合って、そのままくちゃくちゃに入り乱れてさ。ついには信用できるものなんて一個もなくなってさ。勿論聖書もだよ、歴史もだよ、資本主義もだよ、家族もだよ、エンパイアもだよ、例外はなしだよ。自分すら信じられないの。すべてが地に堕ちるの。一回チャラになるの。何のために憎み合っているのか、いったい何を恐れているのか、それも知らずに戦い続けるの」
30「そんで最後はデビルマン対デーモン軍団の戦い、みたいな」
31「だからもういいの」
32「そうよ、同じ学校に通ってるのだから、上級生のお姉ちゃんに聞くのが一番よね」
33「そんなの絶対に嫌だね」
34「くされまんこ」
35「このドぐされ淫売女はさ、僕の大事な友達とちゃっただもんね」
36「どうせ、その臭い股でもほいほい開いて自分から迫ったんだぜ。このメスだるまはそんな卑怯な女なんだよ。そうじゃなきゃ木村が僕との約束をドタキャンするわけないじゃん。小学校のときから知っているけど、そんなことはこれまで一度だってなかったのにさ。よりによって、今日はあいつだって楽しみにしていた新しいニンテンドーの発売日だっていうのにさ。エックスボックスには目もくれないのにさ、あいつは本当にニンテンドーが大好きなんだよね。三度の飯よりニンテンドーだよ。なのにさ、まじ信じられないよ、まじ許せないよ」
37「今に見てろよ、この忌々しいおめこ芸者め。絶対にお前の薄汚いところを白日の下に曝して、木村のマインドコントロールを解いてやるからな。あんなに可愛がった木村をあんな小賢しい男にしやがって。昔みたいに最高に可愛くて朗らかなだけの木村をこの手に取り戻してみせるからな。そうして木村をもう一度こっちに振り向かせてみせるからな。ああ、なんと憐れな木村よ。今僕が君を助けてあげよう」
38「死にたいよ」
39「あーあ、本当に死にたくなる。この世には悪に満ちてるよ。僕は今、身をもってそれを体験しているね。これまでもこれからも神様なんて信じないよ。まじで姉ちゃんなんて死んじゃえ。木村を取られちゃった僕は、これから誰と遊べば良いんだよ。いったい誰が僕を楽しませてくれるんだよ。僕はいったいなんのために生きているんだ。そうか、こうやって宗教は生まれんのか。憎悪ってやつはすごいなあ。むちゃくちゃ戦争しちゃった方がまじ健全だなあ。まったくくだらいなあ」
40「地獄に堕ちろ」
41「くされまんこ、ドぐされ淫売女、メスだるま、おめこ芸者、死んじゃえ、地獄に堕ちろや、おうちに入れろよ」
42「あら」
43「今晩も雨が降るらしいわよ」
二
44「生理なんだね」
45「きれいだよ」
46「ちぇえ、世に名を残した思想家はみんなA感覚至上主義者だっていうのにさ」
47「愛しているよ、葉子」
48「愛しているわ」
49「愛している、愛している、僕ほど君を愛している奴はどこにもいないよ」
50「そうこなくちゃ」
51「今日の礼拝まじうけたよなあ」
52「『とどのつまり、今必要なのは第三次世界大戦なのです』なんて言っちゃって、幼いあいつもついに思想に目覚めたのかな。僕の域に達したのかな」
53「ありがとう」と言った。
54「」
55「」
56「」
57
58「」
「そうよ」
「そんな確かなものたちが、少女時代の記憶より大切だったことなんて一度だってないの」
「そもそも確かなものなんて本当はないんだわ」
「そんなこと誰にもわからない」
「この世界はわからないことばかりね」
「お姉ちゃんってどんな人だったの」
「あなたに似ていたわよ、とってもね」
「そう、不機嫌で、短気で、苛苛していて、無愛想で、無鉄砲で」
「どうしたの?」
「あんまり綺麗だから」
「つまり普通の女の子よ」
「ずっとそのままでいて欲しいの、いて欲しいの」
「でもね」
「ずっとこのままでいてね」
「少女のままでいましょうよ」
「待つよ」
「あの木の上で」
「あの木の上で待つよ」
「あの木の上で待つよ」
「もう年を取りすぎたわ」
「早くいらっしゃいよ」
「あ」