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ことばの溜め池
ふだん何氣なく思っている「ことば」を、池の中にポチャンと投げ込んでいきます。ふと立ち寄ってお氣づきのことがございましたらご連絡ください。
兩樣(ヤウ) 。〔元亀二年本72五〕〔天正十七年本上43ウ四〕〔西來寺本〕
兩樣 。〔静嘉堂本87一〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「兩樣」と表記し、訓みは文明四年本に「リヤウヤウ」と記載する。
兩樣(リヤウヤウ/フタツ、サマ)[上去・去] 。〔態藝門197八〕
兩樣(リヤウヤウ) 。〔弘・言語進退門58六〕
兩條(テウ) ―段(ダン)。―馬(バ)。―言(ゲン)/―舌(ぜツ)。―樣(ヤウ)。〔永・言語門58五〕
兩條(リヤウデウ) ―舌。―樣/―輪。―段。〔両・言語門61六〕
兩樣(リヤウヤウ) 。〔言語門57六・天理図書館蔵上29オ六〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「兩樣」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
736被官ノ輩形勢(アリサマ)着府儀式官使大奏之饗(キヤウ)膳厨(クリヤ)規式兩樣ノ 饗膳厨ノ二也。年貢ト与饗也。〔謙堂文庫蔵六三右A〕
とあって、標記語「兩樣」の語を収載する。
兩樣納法(ナツハフ)ノ郡司(グンシ)判官代(ハンクハンダイ)等ノ沙汰(サタ)爲(タメ)ニ二才覚(サイカク)ノ一可キ二示シ給(タマハ)ル也爲(タメ)ニ二稽古(ケイコ)ノ一兩樣納法ハ。米銭(コメせニ)ノ納(ヲサ)メ口也。〔下39ウ四・五〕
兩樣(りやうよふ)乃納法(なつほう)/兩樣ノ納法納法の注ハ前に見へたり。兩樣といえるハ此返状に云所の収納徴納の事なるにや。〔98ウ七・八〕
とあって、この標記語「兩樣」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰▲兩樣納法ハ或説(あるせつ)に此返状にいへる収納(しゆなう)徴納(ちょうなう)の事なるにやと云々。納法ハ三月の返状に見ゆ。〔72ウ八、73オ四・五〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)▲兩樣納法ハ或説(あるせつ)に此返状にいへる収納(しゆなう)徴納(ちょうなう)の事なるにやと云々。納法ハ三月の返状に見ゆ。〔130ウ三、131オ四・五〕
りャう-やう〔名〕【兩樣】ふたつの容子(さま)。ふたいろ。ふたみち。ふたつ。楊萬里、嘗レ桃詩「香味比來無二兩樣一、人情畢竟愛二親裁一」〔2131-2〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「饗膳」と表記し、訓みは山田俊雄藏本に「キヨウゼン」、文明四年本に「キヤウセン」と記載する。
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「饗膳」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
736被官ノ輩形勢(アリサマ)着府儀式官使大奏之饗(キヤウ)膳厨(クリヤ)規式兩樣ノ 饗膳厨ノ二也。年貢ト与饗也。〔謙堂文庫蔵六三右A〕
とあって、標記語「饗膳」の語を収載する。
在廳(ザイチヤウ)ノ官人(クハンニン)等(トウ)所行府邊(フヘン)被官(ヒクハン)ノ輩(トモガラ)形勢(ケイせイ)ノ着任( ヤクニン)着府(チヤクフ)ノ儀式(ギシキ)官使(クハンシ)大奏(タイソウ)ノ饗膳(キヤウぜン)厨(クリヤ)ノ規式(キシキ)在廳(サイテウ)人ハ奉公(ホウコウ)せズ国ノ長(ヲト)ナシキ人ナリ。〔下39ウ二・三〕
官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)/官使大奏之ノ饗膳官使ハ上の御使也。代奏ハおのれか名代として上へ事を申上る者也。饗膳ハそれへ馳走のせんぶ也。〔98ウ五・六〕
とあって、この標記語「饗膳」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰。〔72ウ八〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)。〔130ウ三〕
†Qio<jen.キャウゼン(饗膳) Qio<(饗)と呼ばれる飯を載せる食卓〔膳〕.Qio<(饗)の条を見よ.〔邦訳502l〕
きャう-ぜん〔名〕【饗膳】饗應の膳部。馳走の酒肴。徒然草、六十段「盛親僧都、云云、出仕して、饗膳などにつく時も、皆人の前据ゑ渡すを待たず、我が前に据ゑぬれば、やがて獨うち食ひて」〔493-5〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「大奏」と表記し、訓みは山田俊雄藏本に「(タイ)ソウ」、文明四年本に「(タイ)ソウ」と記載する。
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「大奏」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
736被官ノ輩形勢(アリサマ)着府儀式官使大奏之饗(キヤウ)膳厨(クリヤ)規式兩樣ノ 饗膳厨ノ二也。年貢ト与饗也。〔謙堂文庫蔵六三右A〕
とあって、標記語「大奏」の語を収載する。
在廳(ザイチヤウ)ノ官人(クハンニン)等(トウ)所行府邊(フヘン)被官(ヒクハン)ノ輩(トモガラ)形勢(ケイせイ)ノ着任( ヤクニン)着府(チヤクフ)ノ儀式(ギシキ)官使(クハンシ)大奏(タイソウ)ノ饗膳(キヤウぜン)厨(クリヤ)ノ規式(キシキ)在廳(サイテウ)人ハ奉公(ホウコウ)せズ国ノ長(ヲト)ナシキ人ナリ。〔下39ウ二・三〕
官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)/官使大奏之ノ饗膳官使ハ上の御使也。代奏ハおのれか名代として上へ事を申上る者也。饗膳ハそれへ馳走のせんぶ也。〔98ウ五・六〕
とあって、この標記語「大奏」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰▲官使大奏饗膳ハ或説(あるせつ)に官使ハ新任(しんにん)の国司(くにつかさ)を指(さ)す。在廳人(さいちやうにん)より国司を請待(しやうだい)して饗應(きやうおう)する事と云々。〔72ウ八、73オ三・四〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)▲官使大奏饗膳ハ或説(あるせつ)に官使ハ新任(しんにん)の国司(くにつかさ)を指(さ)す。在廳人(さいちやうにん)より国司を請待(しやうだい)して饗應(きやうおう)する事と云々。〔130ウ五、131オ三・四〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「官使」と表記し、訓みは山田俊雄藏本に「(クワン)チウ」、経覺筆本に「(クワン)シ」、文明四年本に「クワンジ」と記載する。
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「官使」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
736被官ノ輩形勢(アリサマ)着府儀式官使大奏之饗(キヤウ)膳厨(クリヤ)規式兩樣ノ 饗膳厨ノ二也。年貢ト与饗也。〔謙堂文庫蔵六三右A〕
とあって、標記語「官使」の語を収載する。
在廳(ザイチヤウ)ノ官人(クハンニン)等(トウ)所行府邊(フヘン)被官(ヒクハン)ノ輩(トモガラ)形勢(ケイせイ)ノ着任( ヤクニン)着府(チヤクフ)ノ儀式(ギシキ)官使(クハンシ)大奏(タイソウ)ノ饗膳(キヤウぜン)厨(クリヤ)ノ規式(キシキ)在廳(サイテウ)人ハ奉公(ホウコウ)せズ国ノ長(ヲト)ナシキ人ナリ。〔下39ウ二・三〕
官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)/官使大奏之ノ饗膳官使ハ上の御使也。代奏ハおのれか名代として上へ事を申上る者也。饗膳ハそれへ馳走のせんぶ也。〔98ウ五・六〕
とあって、この標記語「官使」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰▲官使大奏饗膳ハ或説(あるせつ)に官使ハ新任(しんにん)の国司(くにつかさ)を指(さ)す。在廳人(さいちやうにん)より国司を請待(しやうだい)して饗應(きやうおう)する事と云々。〔72ウ八、73オ三・四〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)▲官使大奏饗膳ハ或説(あるせつ)に官使ハ新任(しんにん)の国司(くにつかさ)を指(さ)す。在廳人(さいちやうにん)より国司を請待(しやうだい)して饗應(きやうおう)する事と云々。〔130ウ五、131オ三・四〕
くヮん-し〔名〕【官使】人を、官に任じて、使ふこと。漢書、薫仲舒傳「天下之士、可二得而官使一也」〔585-1〕
くヮん-し〔名〕【官使】太政官の使。類聚三代格、七、天長二年、太政官府、定詔使官使事「賑給檢損田地溝疫死等使、猶爲二官使一」保元物語、一、内府意見事「召しまゐらすべき由の宣旨を、官使に持たせて、宇治に行き向かひて」〔585-1〕
着府(フ) 。〔元亀二年本66四〕〔静嘉堂本77八〕〔天正十七年本上39オ五〕〔西來寺本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「着府」と表記し、訓みは文明四年本に「チヤクフ」と記載する。
着府(チヤクフ・アラワス/キル・ツク、コウ)[去・上] 。〔態藝門174二〕
着府(チヤクフ) 。〔弘・時節門53七〕
着裳(シヤウ) ―袴(クハ)。―陣(チヤクヂン)。―岸(ガン)舩。―述(チヨジユツ)詩歌之――。―任(チヤクニン)。―府(フ)。―到(タウ)軍箕人数云記之。―姓。〔永・言語門53七〕
着(チヤク) ―誇。―陣。―岸。―述詩歌――。―任/―姓。―府。―到軍時――。〔堯・天地門48八〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「着府」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
736被官ノ輩形勢(アリサマ)着府儀式官使大奏之饗(キヤウ)膳厨(クリヤ)規式兩樣ノ 饗膳厨ノ二也。年貢ト与饗也。〔謙堂文庫蔵六三右A〕
とあって、標記語「着府」の語を収載する。
在廳(ザイチヤウ)ノ官人(クハンニン)等(トウ)所行府邊(フヘン)被官(ヒクハン)ノ輩(トモガラ)形勢(ケイせイ)ノ着任( ヤクニン)着府(チヤクフ)ノ儀式(ギシキ)官使(クハンシ)大奏(タイソウ)ノ饗膳(キヤウぜン)厨(クリヤ)ノ規式(キシキ)在廳(サイテウ)人ハ奉公(ホウコウ)せズ国ノ長(ヲト)ナシキ人ナリ。〔下39ウ二・三〕
着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)/着任着府ノ儀式着任ハ上より任せられたる職(しよく)に附(つく)事也。着府ハ役所に附事也。着任着府の時いろ/\式(しき)あるゆへ義式といへる也。〔98ウ四・五〕
とあって、この標記語「着府」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰▲府邊ハ府中(ふちう)と云に同じ。府ハ將軍(しやうぐん)の幕府(ばくふ)也。〔72ウ八、73オ二〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)▲府邊ハ府中(ふちう)と云に同じ。府ハ將軍(しやうぐん)の幕府(ばくふ)也。〔130ウ三、131オ一〕
Chacufu.チャクフ(着府) Cunino funi tcuqu.(国の府に着く)その国の首府に到着すること.たとえば,豊後(Bungo)の国であれば,府内(Funai)に到着するなど.〔邦訳117l〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「着任」と表記し、訓みは山田俊雄藏本に「チヤクワウ」、経覺筆本・文明四年本に「チヤクニン」と記載する。
着任同(判史部)。チヤクニン 。〔黒川本・畳字門上56オ一〕
着到 〃任。〃府。〃座。〃衣。〃〓。〃鞄。〃用。〃駄。〃陳。〔卷第二・畳字門472二〕
着任(チヤクニン・アラワス、マカス/キル・ツク、ジン・タヘタリ)[去・平] 。〔態藝門174三〕
着任(チヤクニン) 。〔弘・時節門53七〕
着裳(シヤウ) ―袴(クハ)。―陣(チヤクヂン)。―岸(ガン)舩。―述(チヨジユツ)詩歌之――。―任(チヤクニン)。―府(フ)。―到(タウ)軍箕人数云記之。―姓。〔永・言語門53七〕
着(チヤク) ―誇。―陣。―岸。―述詩歌――。―任/―姓。―府。―到軍時――。〔堯・天地門48八〕
著任( ニン) 。〔言語門54三・天理図書館蔵上27ウ三〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「着任」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
736被官ノ輩形勢(アリサマ)着府儀式官使大奏之饗(キヤウ)膳厨(クリヤ)規式兩樣ノ 饗膳厨ノ二也。年貢ト与饗也。〔謙堂文庫蔵六三右A〕
とあって、標記語「着任」の語を脱落未収載にする。
在廳(ザイチヤウ)ノ官人(クハンニン)等(トウ)所行府邊(フヘン)被官(ヒクハン)ノ輩(トモガラ)形勢(ケイせイ)ノ着任( ヤクニン)着府(チヤクフ)ノ儀式(ギシキ)官使(クハンシ)大奏(タイソウ)ノ饗膳(キヤウぜン)厨(クリヤ)ノ規式(キシキ)在廳(サイテウ)人ハ奉公(ホウコウ)せズ国ノ長(ヲト)ナシキ人ナリ。〔下39ウ二・三〕
着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)/着任着府ノ儀式着任ハ上より任せられたる職(しよく)に附(つく)事也。着府ハ役所に附事也。着任着府の時いろ/\式(しき)あるゆへ義式といへる也。〔98ウ四・五〕
とあって、この標記語「着任」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰▲着任ハ上の仰(あふせ)を蒙(かうふ)つて任(にん)に着(つ)くをいふ。〔72ウ八、73オ三〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)▲着任ハ上の仰(あふせ)を蒙(かうふ)つて任(にん)に着(つ)くをいふ。〔130ウ三、131オ二・三〕
形勢(ケイセイ) 。〔元亀二年本217四〕〔静嘉堂本246六〕
形勢(ケハイ) 。〔天正十七年本中54ウ三〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、経覺筆本は「氣勢」、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・文明四年本に「景勢」と表記し、訓みは文明四年本に「ケイセイ」と記載する。※「景勢」は、ことばの溜め池(2004.01.16)を参照。
行状(アリサマ、アン・ヲコナウ/ユク、ジヤウ)[平去・去] 或作消息/形勢(アリサマ)。有樣。〔態藝門754一〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「形勢」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
736被官ノ輩形勢(アリサマ)着府儀式官使大奏之饗(キヤウ)膳厨(クリヤ)規式兩樣ノ 饗膳厨ノ二也。年貢ト与饗也。〔謙堂文庫蔵六三右A〕
とあって、標記語「形勢」の語を収載する。
在廳(ザイチヤウ)ノ官人(クハンニン)等(トウ)所行府邊(フヘン)被官(ヒクハン)ノ輩(トモガラ)形勢(ケイせイ)ノ着任( ヤクニン)着府(チヤクフ)ノ儀式(ギシキ)官使(クハンシ)大奏(タイソウ)ノ饗膳(キヤウぜン)厨(クリヤ)ノ規式(キシキ)在廳(サイテウ)人ハ奉公(ホウコウ)せズ国ノ長(ヲト)ナシキ人ナリ。〔下39ウ二・三〕
府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともから)の景勢(けいせい)/府邊被官ノ輩ノ景勢府ハ役所の事也。被官ハ家人(けにん)なり。景勢の注前に見へたり。役所近辺に住(すま)ひ居る家人等の有様といふ事なり。〔98ウ二〜四〕
とあって、この標記語「景勢」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰▲形勢ハ景勢(けいせい)とも書(か)くも同じ。八月十三日の状に見ゆ。〔72ウ八、73オ三〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)▲形勢ハ景勢(けいせい)とも書(か)くも同じ。八月十三日の状に見ゆ。〔130ウ三、131オ二〕
けい-せい〔名〕【形勢】ありさま。ありかた。史記、劉敬傳「非二其コ簿一也、而形勢弱也」運歩色葉集「形勢(ケイセイ)」「世の形勢」「天下の形勢」「國の形勢」〔598-2〕
被官(ヒクワン) 。〔元亀二年本342四〕
被官 。〔静嘉堂本410五〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「被官」と表記し、訓みは経覺筆本・文明四年本に「ヒクワン」と記載する。
被管 ヒクワン。〔黒川本・畳字門下94オ七〕
被管 〃盗。〃服/〃衾。〔卷第十・畳字門368六〕
被官(ヒクハン/カウフル、ツカサ)[上去・平] 。〔態藝門1032三〕
被官(ヒクワン) 。〔弘・人倫門251八〕
被官(ヒクハン) 。〔永・人倫門215六〕
披官(ヒクワン) 。〔堯・人倫門200九〕
被官(ヒクワン) 。〔人倫門222四・天理図書館蔵下44オ四〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「被官」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
736被官ノ輩形勢(アリサマ)着府儀式官使大奏之饗(キヤウ)膳厨(クリヤ)規式兩樣ノ 饗膳厨ノ二也。年貢ト与饗也。〔謙堂文庫蔵六三右A〕
とあって、標記語「被官」の語を収載する。
在廳(ザイチヤウ)ノ官人(クハンニン)等(トウ)所行府邊(フヘン)被官(ヒクハン)ノ輩(トモガラ)形勢(ケイせイ)ノ着任( ヤクニン)着府(チヤクフ)ノ儀式(ギシキ)官使(クハンシ)大奏(タイソウ)ノ饗膳(キヤウぜン)厨(クリヤ)ノ規式(キシキ)在廳(サイテウ)人ハ奉公(ホウコウ)せズ国ノ長(ヲト)ナシキ人ナリ。〔下39ウ二・三〕
府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともから)の景勢(けいせい)/府邊被官ノ輩ノ景勢府ハ役所の事也。被官ハ家人(けにん)なり。景勢の注前に見へたり。役所近辺に住(すま)ひ居る家人等の有様といふ事なり。〔98ウ二〜四〕
とあって、この標記語「被官」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰▲府邊ハ府中(ふちう)と云に同じ。府ハ將軍(しやうぐん)の幕府(ばくふ)也。〔72ウ八、73オ二〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)▲府邊ハ府中(ふちう)と云に同じ。府ハ將軍(しやうぐん)の幕府(ばくふ)也。〔130ウ三、131オ一〕
Fiquan.ヒクハン(被官) 家来.〔邦訳241r〕
ひ-くヮん〔名〕【被管・被官】〔被官は、被管の誤〕(一)附屬の官。支配下。省(シヤウ)の下に管せらるる寮(レウ)、司(シ)等の稱。太政官式「凡被管諸司解由、及不興解由状、禝官押署進レ之」職原抄、上「凡八省被官諸寮(一本作レ司)助者、内藏、陰陽、玄蕃、諸陵、典藥等者、所レ任已有二其道一」(二)武家時代に、大小名の家臣の稱。陪臣の武士。白河文書(興國二年十二月カ)、親房卿事書「當城(常陸關城)下妻(城)事正員(城主)は、共に幼少、就レ中、下妻は被管輩、面面不レ和、去比も數輩引分、出二城中一了」諺草、「被官は職原に附屬の官を云ふ、其人に附て官職を被る義なり、武家の組子、與力の如し」〔1656-5〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「府邊」と表記し、訓みは山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「フヘン」と記載する。
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「府邊」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
735所行府邊 府中之義也。〔謙堂文庫蔵六三右@〕
とあって、標記語「府邊」の語を収載し、語注記に「府中の義なり」と記載する。
在廳(ザイチヤウ)ノ官人(クハンニン)等(トウ)所行府邊(フヘン)被官(ヒクハン)ノ輩(トモガラ)形勢(ケイせイ)ノ着任( ヤクニン)着府(チヤクフ)ノ儀式(ギシキ)官使(クハンシ)大奏(タイソウ)ノ饗膳(キヤウぜン)厨(クリヤ)ノ規式(キシキ)在廳(サイテウ)人ハ奉公(ホウコウ)せズ国ノ長(ヲト)ナシキ人ナリ。〔下39ウ二・三〕
府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともから)の景勢(けいせい)/府邊被官ノ輩ノ景勢府ハ役所の事也。被官ハ家人(けにん)なり。景勢の注前に見へたり。役所近辺に住(すま)ひ居る家人等の有様といふ事なり。〔98ウ二〜四〕
とあって、この標記語「府邊」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰▲府邊ハ府中(ふちう)と云に同じ。府ハ將軍(しやうぐん)の幕府(ばくふ)也。〔72ウ八、73オ二〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)▲府邊ハ府中(ふちう)と云に同じ。府ハ將軍(しやうぐん)の幕府(ばくふ)也。〔130ウ三、131オ一〕
所行(ギヤウ) 。〔元亀二年本309六〕
所行 。〔静嘉堂本361五〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「所行」と表記し、訓みは文明四年本に「シヨキヤウ」と記載する。
所行(シヨギヤウ・ヲモシ/トコロ、カウ・ユク)[上・平] 。〔態藝門932六〕
所望(シヨマウ) ―行(ギヤウ)。―職(シヨク)。―為(イ)。―課(クワ)。―勘(カン)。―務(ム)年貢。―帯(タイ)/―領(リヤウ)。―役(ヤク)。―當(タウ)。―労(ラウ)。―作(サク)。―詮(セン)。〔弘・言語進退門245二〕
所職(シヨシヨク) ―行。―為。―課。―望。―勘。―領。―務(ム)/―役。―當。―労。―詮。―帯。―作。〔永・言語門210四〕
所職(シヨシヨク) ―行。―為。―課。―務。―役。―労。―望。―勘/―領。―當。―詮。―帯。―作。―持。―存。―用。〔堯・言語門194五〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「所行」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
735所行府邊 府中之義也。〔謙堂文庫蔵六三右@〕
とあって、標記語「所行」の語を収載する。
在廳(ザイチヤウ)ノ官人(クハンニン)等(トウ)所行府邊(フヘン)被官(ヒクハン)ノ輩(トモガラ)形勢(ケイせイ)ノ着任( ヤクニン)着府(チヤクフ)ノ儀式(ギシキ)官使(クハンシ)大奏(タイソウ)ノ饗膳(キヤウぜン)厨(クリヤ)ノ規式(キシキ)在廳(サイテウ)人ハ奉公(ホウコウ)せズ国ノ長(ヲト)ナシキ人ナリ。〔下39ウ二・三〕
在廳(ざいちやう)の官人(くわんにん)等(とう)の所行(しよぎやう)/在廳官人等ノ所行在廳ハ役所(やくしよ)にあるなり。官人ハ役人也。所行とハ其行跡(ぎやうせき)ふるまひをいふなり。〔98ウ一・二〕
とあって、この標記語「所行」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰▲廰ハまんどころと訓(くん)ず。国政(こくせい)を行(おこな)ふ役所(やくしよ)也。〔72ウ八、73オ二〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)▲廰ハまんどころと訓(くん)ず。国政(こくせい)を行(おこな)ふ役所(やくしよ)也。〔130ウ三、131オ一〕
Xoguio<.ショギャウ(所行) Vocono< tocoro.(行ふ所)すなわち,Vaza.(業)いろいろな道徳的な行ない.例,Cono vazauaino deqita cotoua cano fitono xoguio< gia.(この禍の出来たことはかの人の所行ぢや)この災厄は,あの人の行ないによって生じた.〔邦訳791l〕
しょ-ぎゃう〔名〕【所行】おこなひ。ふるまひ。しわざ。所爲。行爲。法苑珠林(釋道世)「所行惡事」源平盛衰記、三十四、公朝時成關東下向事「壹岐判官が所行、返す返す、不思議に候」〔1011-1〕
官人(ニン) 。〔元亀二年本190一〕〔静嘉堂本214二〕〔天正十七年本中36ウ二〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「官人」と表記し、訓みは経覺筆本・文明四年本に「クワン(ニン)」と記載する。
官人(クハンニン/ツカサ、シン・ヒト)[平・平] 。〔態藝門500八〕
官人(クワンニン) ―僧。〔人倫門29二・天理図書館蔵上65オ二〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「官人」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』が収載しているのである。
734兼日被∨示者可∨止‖他行|也。旦任国之際在廳人等 自‖京都|下居‖政所|人也。言ハ任国ノ人ノ廳。〔謙堂文庫蔵六二左H〕
とあって、標記語「官人」の語を収載する。
在廳(ザイチヤウ)ノ官人(クハンニン)等(トウ)所行府邊(フヘン)被官(ヒクハン)ノ輩(トモガラ)形勢(ケイせイ)ノ着任( ヤクニン)着府(チヤクフ)ノ儀式(ギシキ)官使(クハンシ)大奏(タイソウ)ノ饗膳(キヤウぜン)厨(クリヤ)ノ規式(キシキ)在廳(サイテウ)人ハ奉公(ホウコウ)せズ国ノ長(ヲト)ナシキ人ナリ。〔下39ウ二・三〕
在廳(ざいちやう)の官人(くわんにん)等(とう)の所行(しよぎやう)/在廳官人等ノ所行在廳ハ役所(やくしよ)にあるなり。官人ハ役人也。所行とハ其行跡(ぎやうせき)ふるまひをいふなり。〔98ウ一・二〕
とあって、この標記語「官人」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰▲廰ハまんどころと訓(くん)ず。国政(こくせい)を行(おこな)ふ役所(やくしよ)也。〔72ウ八、73オ二〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)▲廰ハまんどころと訓(くん)ず。国政(こくせい)を行(おこな)ふ役所(やくしよ)也。〔130ウ三、131オ一〕
Quannin.クヮンニン(官人) すなわち,Teiuo<no xinca.(帝王の臣下) 国王の家来.〔邦訳519l〕
くヮん-にん〔名〕【官人】(一)つかさびと。官に仕ふる人。官員。官吏。有司。役人。後漢書、和帝紀「惟官人、不レ得二於下一」謡曲、天鼓「いづくか王地ならねば、官人を以て探し出だし」(二)令(りやう)には、特に、初位以上、六位以下、官位ある人の稱とす。大祓詞「親王、諸王、諸臣、百官人」〔589-1〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「在廳」と表記し、訓みは山田俊雄藏本に「ザイチヤウ」、経覺筆本に「(サイ)チヤウ」、文明四年本に「サイチヤウ」と記載する。
在廳人(ザイチヤウニン) 。〔官位門177一・天理図書館蔵下21ウ一〕
このように、上記当代の古辞書においては、易林本『節用集』に標記語「在廳人」の語を収載し、これを下記真字本が収載しているのである。
734兼日被∨示者可∨止‖他行|也。旦任国之際在廳人等 自‖京都|下居‖政所|人也。言ハ任国ノ人ノ廳。〔謙堂文庫蔵六二左H〕
とあって、標記語「在廳」の語を収載する。
在廳(ザイチヤウ)ノ官人(クハンニン)等(トウ)所行府邊(フヘン)被官(ヒクハン)ノ輩(トモガラ)形勢(ケイせイ)ノ着任( ヤクニン)着府(チヤクフ)ノ儀式(ギシキ)官使(クハンシ)大奏(タイソウ)ノ饗膳(キヤウぜン)厨(クリヤ)ノ規式(キシキ)在廳(サイテウ)人ハ奉公(ホウコウ)せズ国ノ長(ヲト)ナシキ人ナリ。〔下39ウ二・三〕
在廳(ざいちやう)の官人(くわんにん)等(とう)の所行(しよぎやう)/在廳官人等ノ所行在廳ハ役所(やくしよ)にあるなり。官人ハ役人也。所行とハ其行跡(ぎやうせき)ふるまひをいふなり。〔98ウ一・二〕
とあって、この標記語「在廳」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰▲廰ハまんどころと訓(くん)ず。国政(こくせい)を行(おこな)ふ役所(やくしよ)也。〔72ウ八、73オ二〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)▲廰ハまんどころと訓(くん)ず。国政(こくせい)を行(おこな)ふ役所(やくしよ)也。〔130ウ三、131オ一〕
Zaicho<nin.ザイチャウニン(在庁人) 官職につかないで,自分の領地の在所に閑居している領主や貴族など.〔邦訳840l〕
ざい-ちャう〔名〕【在廳】次條を見よ。庭訓往來、十二月「御上洛之處、不レ預二音信一候條、密契無二其甲斐一、在廳之至」〔496-2〕
ざいちャう-くヮんにん〔名〕【在廳官人】古へ、國司の廰に在勤して、事務を執り行へる官人、多くは略にして、在廳人、又、單に、在廳とも云ひき。中古以來、國司は、京に居て、赴任せず、目代以下、在廳の官人に、國務を執らしめたり。これを留守所とも云ひ、下僚に至るまで、多くは、世襲したりき。(留守所の條を見よ)吾妻鏡、一、治承四年十月「武藏國諸雜事等、仰二在廳官人、并、諸郡司等、可レ令二沙汰一」同、十、文治六年十月「御目代不二下向一之閨A隨二留守家景、并、在廳之下知一、可レ致二沙汰一」(此留守は、鎌倉幕府の留守職なり)平家物語、一、鵜川合戰事「師光は、阿波の國の在廳、云云、宿根賤しき下臈なり」太平記、十六、船坂合戰事「備前國、一宮の在廳に、美濃權介佐重と云ひける者、云云」〔760-1〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本にいずれも「住国」とせず、「任国」と表記し、訓みは山田俊雄藏本・経覺筆本に「ニン(コク)」、文明四年本に「ニンコク」と記載する。※ニンコク【任国】は、ことばの溜め池(2005.09.29)を参照。
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「住国」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
734兼日被∨示者可∨止‖他行|也。旦任国之際在廳人等 自‖京都|下居‖政所|人也。言ハ任国ノ人ノ廳。〔謙堂文庫蔵六二左H〕
とあって、標記語「任国」の語を収載する。
旅籠(ハタコ)振(ブルヒ)等云(イヒ)∨袷(カレ)ト云(イヒ)∨恰(コレ)ト點(テン)兎∨日ヲ何比(イツコロ)候ソ哉兼日(ケンジツ)被(ラレ)∨示(シメシ)者可シ∨止(ヤム)‖他行(タキヤウ)ヲ|且ハ任國(コク)之(ノ)際(アヒタ)旅篭振舞(マイ)等ハ常ノ事也。〔下39ウ一〜二〕
且(かつ)住国(ぢうこく)之(の)間(あいた)/且住国之間住国ハ己か国に居るを云。任国(にんこく)之間と書たる本ハあやまりなり。是より下ハ在国中(さいこくちう)の事を尋る也。〔98オ八〜ウ一〕
とあって、この標記語「住国」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰。〔72ウ四〜六〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)。〔130オ五〜130ウ三〕
Giu<cocu.ヂュウコク(住国) Cunini sumu.(国に住む) 国に落ちついて居ること.〔邦訳320l〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着府儀式官使大奏之饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示賜也〔至徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官輩景勢着任着符((府))儀式官使大奏之饗膳厨現((規))式兩樣納法郡司判官代等沙汰爲才覺可示給也〔宝徳三年本〕
且任國之際在廳官人等所行府邊被官之輩景勢着任着府儀式官使大奏饗膳厨規式兩樣納法郡司判官代等沙汰為才覚可示給也〔建部傳内本〕
且ハ任國(ニン )ノ之間在廳(ザイチヤウ)官人等所行ノ府邊(フヘン)ノ被官ノ輩景勢着任(チヤクワウ)着府ノ儀式官使( ヂウ)大奏( さウ)之(ノ)饗膳(キヨウぜン)厨(クリヤ)ノ規式兩樣ノ納法郡司判官代等ノ沙汰爲ニ二才覚ノ一可示シ給一也〔山田俊雄藏本〕
且ハ任國(ニン )之間在廳( チヤウ)ノ官人(クワン )等ノ所行府邊(フヘン)被官(ヒクワン)ノ輩ノ氣勢着任(チヤクニン)着府ノ儀式官使( シ)大奏ノ饗膳厨ノ規式兩樣ノ納法郡司( シ)判官代等ノ沙汰為ニ二才覚ノ一可キ二示(シメシ)給ル一也〔経覺筆本〕
旦任国(ニンコク)之(ノ)際。在廳(サイチヤウ)官人(クワン )等ノ所行(シヨキヤウ)。府邊(フヘン)。被官(ヒクワン)ノ輩(トモカラ)景勢(ケイセイ)。着任(チヤクニン)。着府(チヤクフ)ノ儀式(キシキ)。官使(クワンジ)大奏( ソウ)之(ノ)饗膳(キヤウせン)。厨(クリヤ)ノ規式(ギ )兩樣(リヤウヤウ)。納法(ナツハウ)。郡司(グンシ)。判官代(ハウクワン )等ノ沙汰。爲(タメ)ニレ才覚(サイカク)ノ一可レ示(シメシ)給一也〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「且」と表記する。
且(シバラク/シヤ・カツ)[上] 。姑(同/コ・シウトメ)[平] 。〔態藝門1024二〕
且(カツ)開(サク) 且〃(カツ/\)。―以(モテ)。〔言語門83六・天理図書館蔵上42オ六〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「且」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
734兼日被∨示者可∨止‖他行|也。旦任国之際在廳人等 自‖京都|下居‖政所|人也。言ハ任国ノ人ノ廳。〔謙堂文庫蔵六二左H〕
とあって、標記語「旦」の語を収載する。
旅籠(ハタコ)振(ブルヒ)等云(イヒ)∨袷(カレ)ト云(イヒ)∨恰(コレ)ト點(テン)兎∨日ヲ何比(イツコロ)候ソ哉兼日(ケンジツ)被(ラレ)∨示(シメシ)者可シ∨止(ヤム)‖他行(タキヤウ)ヲ|且ハ任國(コク)之(ノ)際(アヒタ)旅篭振舞(マイ)等ハ常ノ事也。〔下39ウ一〜二〕
且(かつ)住国(ぢうこく)之(の)間(あいた)/且住国之間住国ハ己か国に居るを云。任国(にんこく)之間と書たる本ハあやまりなり。是より下ハ在国中(さいこくちう)の事を尋る也。〔98オ八〜ウ一〕
とあって、この標記語「且」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)(あいだ)在廳(ざいちやう)の官人(くハんにん)等(ら)の所行(しよぎやう)府邊(ふべん)被官(ひくハん)乃輩(ともがら)の形勢(ぎやうせい)着任(ちやくにん)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くハんし)大奏(だいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)乃納烹(なつぼふ)郡司(ぐんし)判官(はんくハん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)/且住國之間。在廳ノ官人等所行府邊被官ノ輩ノ形勢。着任着府儀式。官使大奏之ノ饗膳。厨規式。兩樣ノ納法。郡司判官代等ノ沙汰。〔72ウ四〜六〕
且(かつ)住國(ぢうこく)之(の)間(あひだ)在廳(ざいちやう)官人(くわんにん)等(らの)所行(しよぎやう)府邊(ふへん)被官(ひくわん)の輩(ともがら)形勢(ぎやうせい)着府(ちやくふ)の儀式(ぎしき)官使(くわんし)大奏(たいそう)の饗膳(きやうぜん)厨(くりや)の規式(きしき)兩樣(りやうやう)納法(なつほふ)郡司(ぐんし)判官(はんくわん)代(だい)等(とう)の沙汰(さた)。〔130オ五〜130ウ三〕
Fabacari.カツ(且) .〔邦訳r〕
かつ〔副〕【且】〔片(かた)と通ず、(寵(カタマ)、かつみ。熱海(あつみ)、あたみ)對(むか)ひたるもの片方の意(鐘の響、中)〕片一方(かたいつぱう)より。~代紀、下3「且喜、且働」古今集、序「かつハ人の耳に恐り、かつは歌の心に恥ぢ思へど」(此用法、かつうはともなる、其條を見よ)同、二、春、下「うつせみの、世にも似たるか、花櫻、咲くと見し聞に、かつ散りにけり」同、五、秋、下「霜の經(たて)、露の緯(ぬき)こそ、弱からし、山の錦の織ればかつ散る」千載集、六、冬、「駒の痕は、かつ降る雪に、うづもれて、おくるる人や、路惑ふらむ」かつがつ―重ねて云ふ時は、片の又片となり、いよいよちぢまりて、わづかにの意となる。はつはつ。纔。拾遺集、五、賀「君が歴(へ)む、八百萬代を、數ふれば、かつがつ今日ぞ、七日なりける」源氏物語、十三、明石23「思ふこと、かつがつかなひぬる心地して」「かつがつ閧ノ合ふ」〔386-3〕
止(ヤム)。休(同)。息(同)。輟(同)―耕。〔元亀二年本205四〕〔静嘉堂本232八〕
止(ヤム)。休(同)。息(同)。輟(同)レ耕。〔天正十七年本中45ウ七〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比乎兼日被示者可止他行〔至徳三年本〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比畢(乎カ)兼日被示者可止他行〔宝徳三年本〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比候乎兼日被示者可止他行〔建部傳内本〕
然レトモ而國ノ土産旅籠(ハタコ)振(フルマイ)等云レ袷(カレ)ト云レ恰(コレ)ト點兎レ日ヲ何レノ比ソ哉(ヤ)兼日ニ被シハレ示者可レ止(ヤム)二他行ヲ一〔山田俊雄藏本〕
然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)旅籠振(ハタコフルイ)等云イレ袷(カレ)ト云イレ恰(コレ)ト點レ日ヲ何ノ比候ゾ哉(ヤ)兼日被レレ示メ者(ハ)可シレ止(ヤム)二他行ヲ一〔経覺筆本〕
然而(シカレトモ)シカウ兎国(クニ)ノ歛産(トサン)旅籠(ハタコ)振(フルマイ)フルイ等云(イヒ)レ袷(カ )ト云レ恰(コレ)ト點(テン)スレ日ヲ何比(イツコロ)乎(ソヤ)兼日ニ被レ示(シメ)サ者可レ止(トヽム)ヤム二他行ヲ一〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「止」と表記し、訓みは山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「やむ」と記載する。ただし、文明四年本には「とどむ」の訓も記載する。
罷(ヤムル/ハイ)[上]。休(同/キウ)[平]。止(同/シ、トヾマル)[上] 。〔態藝門565六〕
留(トヾムル/リウ)[平]。認(同/ジン)[去]。住(同/チウ)[去]。止(同/シ)[上]。逗(同/トウ)[去]。停(同/テイ)[平]。〔態藝門151三〕
罷(ヤム)。止(同)。〔弘・言語進退門167三〕
止(ヤム) 風雨。罷(同)。已(同)。休(ヤスム)ヤム。息(同)。憩(同)。停(ヤム)。〔言辞門138六・天理図書館蔵下2オ六〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「止」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
734兼日被∨示者可∨止‖他行|也。旦任国之際在廳人等 自‖京都|下居‖政所|人也。言ハ任国ノ人ノ廳。〔謙堂文庫蔵六二左H〕
とあって、標記語「止」の語を収載する。
旅籠(ハタコ)振(ブルヒ)等云(イヒ)∨袷(カレ)ト云(イヒ)∨恰(コレ)ト點(テン)兎∨日ヲ何比(イツコロ)候ソ哉兼日(ケンジツ)被(ラレ)∨示(シメシ)者可シ∨止(ヤム)‖他行(タキヤウ)ヲ|且ハ任國(コク)之(ノ)際(アヒタ)旅篭振舞(マイ)等ハ常ノ事也。〔下39ウ一〜二〕
兼日(けんじつ)示(しめ)し給(たまは)被(ら)者(バ)他行(たぎやう)を止(やむ)可(べし)/兼日被レ示者可シレ止二他行ヲ一日限を前廣に知らせ玉ハゝくり合せて宿に居らんと也。兼日他行の注前に見へたり。 〔98オ七・八〕
とあって、この標記語「止」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
然(しか)ふ而(して)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)ひ等(とう)袷(かれ)と云(い)ひ恰(これ)と云(い)ひ日(ひ)を點(てん)すること何比(いつごろ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)示(しめ)し給(たま)は被(ら)者(バ)他行(たぎやう)を止(や)む可(べ)し/然而國土産旅籠振等云レ袷ト云レ恰ト點兎レ日ヲ何比候ソ乎兼日被レ示者可シレ止二他行ヲ一。〔72ウ四〜六〕
然而(しかうして)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)等(とう)云(いひ)レ袷(かれ)と云(いひ)レ恰(これ)と點(てん)ずることレ日(ひ)を何比(いつごろ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)被(ら)レ示(しめし)給(たまハ)者(バ)可(べし)∨止(やむ)二他行(たぎやう)を一。〔130オ五〜130ウ三〕
Yame,uru,eta.ヤメ,ムル,メタ(止め,むる,めた) 物事を中止させる,または,するのをやめる.¶Togauo yamuru.(科を止むる)罪悪をやめる.→Cat;Cugai;Nicujiqu;Tanqi.〔邦訳809r〕
Todomari,u.トドメ,ムル,メタ(止・留・停め,むる,めた) 中止させる,または,引き留める.¶Todomeuo sasu.(止むを刺す)のど笛だけを切るか,首を全体切り離すかして,首を刎ねる.→Matcudai;Namida;Taqeri,u.〔邦訳655r〕
や・む・ムル・ムレ・メ・メ・メヨ〔他動、下二〕【止・罷】(一){とどむ。やめる。絶つ。廢(す)つ。安康即位前紀「大前、小前宿禰が、かなとかげ、かく立ち寄らね、雨たち夜梅む」(二)癒す。治(なほ)す。落窪物語、二「醫師なり、御病もふとやめ奉りてん」〔2057-5〕
とど・む・ムル・ムレ・メ・メ・メヨ〔他動、下二〕【留・止・停】〔取り止める意か〕(一){抑へて遣らず。行かしめず。止む。萬葉集、十八6「いかにせる、ふせの浦ぞも、ここだくに、君が見せむと、吾を等登牟流」(二){着くる。注意する。源氏物語、二、帚木34「思あがれる氣色に、ききおき給へるむすめなれば、ゆかしくて、耳とどめ給へるに」伊勢物語、四十四段「この歌は、あるがなかに、おもしろければ、心とどめてよまずば、はらにふかきあぢはひもいでこじ」「氣をとどむ」「目をとどむ」(三){後に遺(のこ)す。留。遣。竹取物語、下「かぐや姫をとどめて、歸り給はむことを、あかず口惜しく思しければ」源氏物語、二、帚木12「忍ばるべきかたみをとどめて、深き山里、世ばなれたるうみづらなどに、はひかくれぬかし」(四)止(とど)めを刺す。しとむ。曾我物語、八、源太重保鹿論事「鹿は保重が矢一つにて留めたる鹿を、誰人が主あるべき」〔1412-2〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比乎兼日被示者可止他行〔至徳三年本〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比畢(乎カ)兼日被示者可止他行〔宝徳三年本〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比候乎兼日被示者可止他行〔建部傳内本〕
然レトモ而國ノ土産旅籠(ハタコ)振(フルマイ)等云レ袷(カレ)ト云レ恰(コレ)ト點兎レ日ヲ何レノ比ソ哉(ヤ)兼日ニ被シハレ示者可レ止(ヤム)二他行ヲ一〔山田俊雄藏本〕
然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)旅籠振(ハタコフルイ)等云イレ袷(カレ)ト云イレ恰(コレ)ト點レ日ヲ何ノ比候ゾ哉(ヤ)兼日被レレ示メ者(ハ)可シレ止(ヤム)二他行ヲ一〔経覺筆本〕
然而(シカレトモ)シカウ兎国(クニ)ノ歛産(トサン)旅籠(ハタコ)振(フルマイ)フルイ等云(イヒ)レ袷(カ )ト云レ恰(コレ)ト點(テン)スレ日ヲ何比(イツコロ)乎(ソヤ)兼日ニ被レ示(シメ)サ者可レ止(トヽム)ヤム二他行ヲ一〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「何比」と表記し、訓みは山田俊雄藏本に「(いつ)れの(ころ)」、経覺筆本に「(いつ)の(ころ)」、文明四年本に「いつころ」と記載する。
何比(イツゴロ/カ、ヒ・ナニ、ナラブ・タクイ)[○・去] 。〔態藝門26四〕
何比(イツコロ) 。〔弘・時節門4五〕
何比(イツコロ) 。〔永・言語進退門8七〕
何鹿(イツシカ) ―篇。又作辺。―体。―比。―迄。〔堯・言語門6八〕
何鹿(イツシカ) ―体(イカテイ)。―比(イツコロ)。何為(イカヽせン)/―迄(イツマテ)。〔両・言語門8五〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「何比」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
733云∨袷(カレ)ト云∨恰(コレ)ト点日何比ソ哉 点日言ハ猶‖指日ト|也。〔謙堂文庫蔵六二左G〕
とあって、標記語「何比」の語を収載する。
旅籠(ハタコ)振(ブルヒ)等云(イヒ)∨袷(カレ)ト云(イヒ)∨恰(コレ)ト點(テン)兎∨日ヲ何比(イツコロ)候ソ哉兼日(ケンジツ)被(ラレ)∨示(シメシ)者可シ∨止(ヤム)‖他行(タキヤウ)ヲ|且ハ任國(コク)之(ノ)際(アヒタ)旅篭振舞(マイ)等ハ常ノ事也。〔下39ウ一〜二〕
袷(かれ)と云(い)ひ恰(これ)と云(い)ひ日(ひ)を點(てん)すること何比(いつごろ)乎(そや)/云ヒレ袷ト云ヒレ恰ト點兎レ日ヲ何比ソヤ乎日を點すとハ何時(いつ)/\ハ隙(ひま)入りあり幾日(いくか)にせんと日を定るを云。こゝに云こゝろハミやけなとを所々にくはり又旅籠ふるまひなと彼是(あれこれ)の隙入を除(のぞ)きて何比我等方へ来りて物語りせられんやとなり。 〔98オ五〜七〕
とあって、この標記語「何比」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
然(しか)ふ而(して)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)ひ等(とう)袷(かれ)と云(い)ひ恰(これ)と云(い)ひ日(ひ)を點(てん)すること何比(いつごろ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)示(しめ)し給(たま)は被(ら)者(バ)他行(たぎやう)を止(や)む可(べ)し/然而國土産旅籠振等云レ袷ト云レ恰ト點兎レ日ヲ何比候ソ乎兼日被レ示者可シレ止二他行ヲ一。〔72ウ四〜六〕
然而(しかうして)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)等(とう)云(いひ)レ袷(かれ)と云(いひ)レ恰(これ)と點(てん)ずることレ日(ひ)を何比(いつごろ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)被(ら)レ示(しめし)給(たまハ)者(バ)可(べし)∨止(やむ)二他行(たぎやう)を一。〔130オ五〜130ウ三〕
Itcugoro.イツゴロ(何時ごろ) いつ,あるいは,どの時期に.〔邦訳345r〕
いつ-ごろ〔副〕【何時頃】いつばかり(何時許)に同じ。〔184-3〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比乎兼日被示者可止他行〔至徳三年本〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比畢(乎カ)兼日被示者可止他行〔宝徳三年本〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比候乎兼日被示者可止他行〔建部傳内本〕
然レトモ而國ノ土産旅籠(ハタコ)振(フルマイ)等云レ袷(カレ)ト云レ恰(コレ)ト點兎レ日ヲ何レノ比ソ哉(ヤ)兼日ニ被シハレ示者可レ止(ヤム)二他行ヲ一〔山田俊雄藏本〕
然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)旅籠振(ハタコフルイ)等云イレ袷(カレ)ト云イレ恰(コレ)ト點レ日ヲ何ノ比候ゾ哉(ヤ)兼日被レレ示メ者(ハ)可シレ止(ヤム)二他行ヲ一〔経覺筆本〕
然而(シカレトモ)シカウ兎国(クニ)ノ歛産(トサン)旅籠(ハタコ)振(フルマイ)フルイ等云(イヒ)レ袷(カ )ト云レ恰(コレ)ト點(テン)スレ日ヲ何比(イツコロ)乎(ソヤ)兼日ニ被レ示(シメ)サ者可レ止(トヽム)ヤム二他行ヲ一〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「點日」と表記し、訓みは文明四年本に「(ひ)をテンず」と記載する。
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「點日」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
733云∨袷(カレ)ト云∨恰(コレ)ト点日何比ソ哉 点日言ハ猶‖指日ノ|也。〔謙堂文庫蔵六二左G〕
とあって、標記語「點日」の語を収載し、語注記に「点日と言は、猶日の指すのごときなり」と記載する。
旅籠(ハタコ)振(ブルヒ)等云(イヒ)∨袷(カレ)ト云(イヒ)∨恰(コレ)ト點(テン)兎∨日ヲ何比(イツコロ)候ソ哉兼日(ケンジツ)被(ラレ)∨示(シメシ)者可シ∨止(ヤム)‖他行(タキヤウ)ヲ|且ハ任國(コク)之(ノ)際(アヒタ)旅篭振舞(マイ)等ハ常ノ事也。〔下39ウ一〜二〕
袷(かれ)と云(い)ひ恰(これ)と云(い)ひ日(ひ)を點(てん)すること何比(いつごろ)乎(そや)/云ヒレ袷ト云ヒレ恰ト點兎レ日ヲ何比ソヤ乎日を點すとハ何時(いつ)/\ハ隙(ひま)入りあり幾日(いくか)にせんと日を定るを云。こゝに云こゝろハミやけなとを所々にくはり又旅籠ふるまひなと彼是(あれこれ)の隙入を除(のぞ)きて何比我等方へ来りて物語りせられんやとなり。 〔98オ五〜七〕
とあって、この標記語「點日」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
然(しか)ふ而(して)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)ひ等(とう)袷(かれ)と云(い)ひ恰(これ)と云(い)ひ日(ひ)を點(てん)すること何比(いつごろ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)示(しめ)し給(たま)は被(ら)者(バ)他行(たぎやう)を止(や)む可(べ)し/然而國土産旅籠振等云レ袷ト云レ恰ト點兎レ日ヲ何比候ソ乎兼日被レ示者可シレ止二他行ヲ一。〔72ウ四〜六〕
然而(しかうして)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)等(とう)云(いひ)レ袷(かれ)と云(いひ)レ恰(これ)と點(てん)ずることレ日(ひ)を何比(いつごろ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)被(ら)レ示(しめし)給(たまハ)者(バ)可(べし)∨止(やむ)二他行(たぎやう)を一。〔130オ五〜130ウ三〕
云レ袷(カレ)ト云レ恰(コレ)ト。〔元亀二年本102七〕
云レ袷(カレトイヽ)云レ恰(コレトイヽ)。〔静嘉堂本129一〕
云(ユイ)レ袷(カレ)ト云(ユイ)レ恰(コレ)ト。〔天正十七年本上63オ七〕〔西來寺本〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比乎兼日被示者可止他行〔至徳三年本〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比畢(乎カ)兼日被示者可止他行〔宝徳三年本〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比候乎兼日被示者可止他行〔建部傳内本〕
然レトモ而國ノ土産旅籠(ハタコ)振(フルマイ)等云レ袷(カレ)ト云レ恰(コレ)ト點兎レ日ヲ何レノ比ソ哉(ヤ)兼日ニ被シハレ示者可レ止(ヤム)二他行ヲ一〔山田俊雄藏本〕
然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)旅籠振(ハタコフルイ)等云イレ袷(カレ)ト云イレ恰(コレ)ト點レ日ヲ何ノ比候ゾ哉(ヤ)兼日被レレ示メ者(ハ)可シレ止(ヤム)二他行ヲ一〔経覺筆本〕
然而(シカレトモ)シカウ兎国(クニ)ノ歛産(トサン)旅籠(ハタコ)振(フルマイ)フルイ等云(イヒ)レ袷(カ )ト云レ恰(コレ)ト點(テン)スレ日ヲ何比(イツコロ)乎(ソヤ)兼日ニ被レ示(シメ)サ者可レ止(トヽム)ヤム二他行ヲ一〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「云レ袷云レ恰」と表記し、訓みは山田俊雄藏本「かれと(いひ)これ(いひ)」、経覺筆本に「かれと(い)いこれ(い)い」、文明四年本に「カ(れ)と(いひ)これ(いひ)」と記載する。
云レ袷ト云レ恰ト(イヒ、カレト。イフ、コレト/ウンカウ。―カウ)[○・入・○・入] 。〔態藝門281一〕
彼此(カレコレ/ヒシ) 又作二袷恰(カレコレ)ト一。〔態藝門281一〕
云(ユイ)レ袷(カレ)ト云レ恰(コレ)ト。〔弘・言語進退門88六〕
云(イヽ)レ袷(カレ)ト云(イヽ)レ恰(コレ)ト。〔永・言語門85八〕〔両・言語門93八〕
云(イヒ)レ袷(カレ)ト云(イヒ)レ恰(コレ)ト。〔言語門84一・天理図書館蔵上42ウ一〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「云レ袷云レ恰」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
733云∨袷(カレ)ト云∨恰(コレ)ト点日何比ソ哉 点日言ハ猶‖指日ト|也。〔謙堂文庫蔵六二左G〕
とあって、標記語「云レ袷云レ恰」の語を収載する。
旅籠(ハタコ)振(ブルヒ)等云(イヒ)∨袷(カレ)ト云(イヒ)∨恰(コレ)ト點(テン)兎∨日ヲ何比(イツコロ)候ソ哉兼日(ケンジツ)被(ラレ)∨示(シメシ)者可シ∨止(ヤム)‖他行(タキヤウ)ヲ|且ハ任國(コク)之(ノ)際(アヒタ)旅篭振舞(マイ)等ハ常ノ事也。〔下39ウ一〜二〕
袷(かれ)と云(い)ひ恰(これ)と云(い)ひ日(ひ)を點(てん)すること何比(いつごろ)乎(そや)/云ヒレ袷ト云ヒレ恰ト點兎レ日ヲ何比ソヤ乎日を點すとハ何時(いつ)/\ハ隙(ひま)入りあり幾日(いくか)にせんと日を定るを云。こゝに云こゝろハミやけなとを所々にくはり又旅籠ふるまひなと彼是(あれこれ)の隙入を除(のぞ)きて何比我等方へ来りて物語りせられんやとなり。 〔98オ五〜七〕
とあって、この標記語「云レ袷云レ恰」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
然(しか)ふ而(して)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)ひ等(とう)袷(かれ)と云(い)ひ恰(これ)と云(い)ひ日(ひ)を點(てん)すること何比(いつごろ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)示(しめ)し給(たま)は被(ら)者(バ)他行(たぎやう)を止(や)む可(べ)し/然而國土産旅籠振等云レ袷ト云レ恰ト點兎レ日ヲ何比候ソ乎兼日被レ示者可シレ止二他行ヲ一。〔72ウ四〜六〕
然而(しかうして)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)等(とう)云(いひ)レ袷(かれ)と云(いひ)レ恰(これ)と點(てん)ずることレ日(ひ)を何比(いつごろ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)被(ら)レ示(しめし)給(たまハ)者(バ)可(べし)∨止(やむ)二他行(たぎやう)を一。〔130オ五〜130ウ三〕
Carecore.カレコレ(彼此) 一つの事と他の事,これとあれ,などの意.〔邦訳102l〕
かれ-これ[一]〔代名〕【彼此】(一){彼(かれ)と、此(これ)と。これかれ。古今集、序「よめる歌、多く聞こえねば、かれこれを通はして、よく知らず」(二){彼人、此人。たれかれ。人人。土左日記、十二月廿一日「かれこれ、知る知らぬ、送りす」(土佐の守、任滿ちて、京へ出發せむとすなり)(三)彼事、此事。「かれこれして居る内に、時刻過ぎたり」かれこれ、むづかしく言ふ」〔448-3〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比乎兼日被示者可止他行〔至徳三年本〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比畢(乎カ)兼日被示者可止他行〔宝徳三年本〕
然而國土産旅籠振等云袷云恰點日何比候乎兼日被示者可止他行〔建部傳内本〕
然レトモ而國ノ土産旅籠(ハタコ)振(フルマイ)等云レ袷(カレ)ト云レ恰(コレ)ト點兎レ日ヲ何レノ比ソ哉(ヤ)兼日ニ被シハレ示者可レ止(ヤム)二他行ヲ一〔山田俊雄藏本〕
然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)旅籠振(ハタコフルイ)等云イレ袷(カレ)ト云イレ恰(コレ)ト點レ日ヲ何ノ比候ゾ哉(ヤ)兼日被レレ示メ者(ハ)可シレ止(ヤム)二他行ヲ一〔経覺筆本〕
然而(シカレトモ)シカウ兎国(クニ)ノ歛産(トサン)旅籠(ハタコ)振(フルマイ)フルイ等云(イヒ)レ袷(カ )ト云レ恰(コレ)ト點(テン)スレ日ヲ何比(イツコロ)乎(ソヤ)兼日ニ被レ示(シメ)サ者可レ止(トヽム)ヤム二他行ヲ一〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「旅籠振」と表記し、訓みは経覺筆本に「はたこふるい」、山田俊雄藏本・文明四年本に「はたこふるまい」と記載する。
畆(トウ)ハタコ。馬籠同。旅籠同 俗用也。〔黒川本・雜物門上22オ六〕
畆ハタコ。馬籠。旅籠已上同 俗用之。〔両・言語門150二〕
旅籠(ハタコ) 。〔態藝門80七〕
旅籠(ハタゴ/リヨロウ・タビ、コムル)[○・上] 旅宿ノ食也。〔飲食門58四〕
旅籠(ハタゴ) 旅食。〔弘・財宝門21五〕 畆(ハタゴ) 俗用旅篭。〔弘・財宝門24二〕
旅篭(ハタゴ) 旅食。〔永・財宝門19三〕〔堯・財宝門17六〕〔両・言語門21七〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「旅籠」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
732旅籠(ハタコ)振ルイ等 言ハ皈ルノ∨於∨旅之義歟。〔謙堂文庫蔵六二左G〕
とあって、標記語「旅籠」の語を収載し、語注記に「言(いふこゝろ)は、旅より皈るの義か」と記載する。そして、古辞書の語注記とは異なっている。
旅籠(ハタコ)振(ブルヒ)等云(イヒ)∨袷(カレ)ト云(イヒ)∨恰(コレ)ト點(テン)兎∨日ヲ何比(イツコロ)候ソ哉兼日(ケンジツ)被(ラレ)∨示(シメシ)者可シ∨止(ヤム)‖他行(タキヤウ)ヲ|且ハ任國(コク)之(ノ)際(アヒタ)旅篭振舞(マイ)等ハ常ノ事也。〔下39ウ一〜二〕
旅籠(はたご)振(ふるひ)等(とう)/旅籠振等舊注(ふるきちう)に云はたこふるひハはたこふるまいの事也。 〔98オ四・五〕
とあって、この標記語「旅籠」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
然(しか)ふ而(して)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)ひ等(とう)袷(かれ)と云(い)ひ恰(これ)と云(い)ひ日(ひ)を點(てん)すること何比(いつごろ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)示(しめ)し給(たま)は被(ら)者(バ)他行(たぎやう)を止(や)む可(べ)し/然而國土産旅籠振等云レ袷ト云レ恰ト點兎レ日ヲ何比候ソ哉兼日被レ示者可シレ止二他行ヲ一。〔72ウ四〜六〕
然而(しかうして)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)等(とう)云(いひ)レ袷(かれ)と云(いひ)レ恰(これ)と點(てん)ずることレ日(ひ)を何比(いつごろ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)被(ら)レ示(しめし)給(たまハ)者(バ)可(べし)∨止(やむ)二他行(たぎやう)を一。〔130オ五〜130ウ三〕
Fatago.ハタゴ(旅篭) 旅宿の食事・食物.¶Fatagouo cu<.(旅籠を食ふ)旅宿で食事をする.〔邦訳211l〕
はた-ご〔名〕【旅籠】〔泊籠(はてこ)の轉〕(一){食物を入るる籠。竹の皮(はた)にて編める籠。馬糧籠。倭名抄、十四18、行旅具「畆、波太古、俗用二旅籠二字一、飼レ馬籠」宇津保物語、吹上、下42「しろがねのはたごうまは左大將に」今昔物語集、廿八、第三十八語「旅籠に繩を長く付て」萬葉集、二31「八多籠良(はたごうま)(馬カ)家(が)(我カ)夜晝と云はず、行く路を、吾はことごと、宮ぢにぞする」蜻蛉日記、上、下16「はたごどころとおぼしき方より、切大根(きりおほね)、柚(ゆ)の汁(し)なして、あへしらひて、まづ出したり」夫木抄、廿七、馬「旅人の、はたごの馬の、行きずりに、夏野の草を、すさめやはせぬ」宇治拾遺物語、七、第五條「近く水やあると、はしりさわぎ求むれども水もなし、こはいかがせんずる、云云御はたご馬など參りたらんに、物など食ひてまかれと云へば、承りぬとゐたるほどに、はたご馬、革籠馬など來つきたり、などかく遙におくれては參るぞ、御はたご馬などは、常にさきだつこそよけれ、頓の事などあるに、かく後るるはよき事かは等云ひて」兼盛集、旅人の行くあひだに、盜人にあひたり「旅人は、痲(すり)もはたごも、空しきを、早く往ましね、山のとねたち」(二)旅人の食物を入るる器。止宿に用ゐる容器(いれもの)。宇津保物語、吹上、下30「はたごふた掛に、路の程の物入れて、好き馬に負せたり」今昔物語集、廿六、第十九語「宿をかり、はたご開きて物など食ひ」(三)旅の茶屋にて飯食ふこと。轉じて、今、はたご錢と云ふは、旅中の食料の錢なり。旅館の賃食。旅人の食を取りまかなひ、宿せしむること。昨日は今日の物語(天正)「やがて十月十三日(會式)になるぞ、百はたご食ひに連れて行くぞ」(百文の布施にて、寺の齋(とき)につくこと)丹波與作(寳永、近松作)中「帳面は忘れぬ旅籠が六(む)かたけ、酒が四升五合十文、もりが七十杯、芋とくじら煮賣が八十五杯、くらひもくらふた蒟蒻の田樂を百五十串」(四)次條、及、次次條の語の略。〔1585-2〕
国(クニ) 。州(同)。邦(同)。〔元亀二年本198五〕
國 。州(同)。邦(同)。〔静嘉堂本225三〕
國(クニ) 。州(同)。邦(同)。〔天正十七年本中42オ二〕〔西來寺本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔至徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔宝徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔建部傳内本〕
隔(キヤク)心之(ノ)至雖レ存トレ憚ヲ試ニ及二推望(スイバウ)ニ一御氣色如何然レトモ而國ノ土産〔山田俊雄藏本〕
隔心(キヤクシン)之(ノ)至リ雖モレ存トレ憚(ハヽカリ)ヲ試ニ及テ二推(スイ)望ニ一御氣色(キシヨク)如何( ン)然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)〔経覺筆本〕
隔心之至リ雖レ存ストレ憚(ハヽカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイハウ)ニ一御氣色(キソク)如何(イカン)然(シカレトモ)シカウシテ而国(クニ)ノ土産(トサン)〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本に「國」、文明四年本には「国」と表記し、訓みは経覺筆本・文明四年本に「くに」と記載する。
邦(クニ/ハウ)[○] 。州(同/シユウ)[平] 。國(同/コク)[入] 。〔天地門497三〕
國(クニ) 国。圀/同。州(同)。邦(同)。〔弘・天地門156二〕
國(クニ) 桴。圀/同。州(同)。邦(同)。〔永・天地門127四〕
國(クニ) 国。圀。州/邦。郡。〔堯・天地門116四〕
國(クニ) 圀。国。州/邦。郡。〔両・天地門141一〕
國(クニ) 。邦(同)。州(同)。刹(同)。〔乾坤門128三・天理図書館蔵上64ウ三〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「國」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
731隔心之至リ雖∨存∨憚ヲ誠ニ及‖推望ニ|御氣色如何然ルニ国ノ土産 和_讀ニ土産(ツト)讀ム也。〔謙堂文庫蔵六二左F〕
とあって、標記語「國」の語を収載する。
密契(ミツケイ)無ク二其甲斐(カイ)一隔心(キヤクシン)ノ之至(イタリ)雖トモレ存ズトレ憚(ハヾカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイバウ)ニ一御(ゴ)氣色(キシヨク)如何(イカヽ)然(シカル)ニ國(クニ)ノ土産(トサン)密契トハ。隱(カク)シテ契(チギ)ル詞(コトバ)ナリ。〔下39オ六〜八〕
然而(しかふして)兎国(くに)之(の)土産(とさん)/然而兎国之土産土産とハ元其の土地より出る品を云。今其所より来りたるか。帰りたる時其所のといえるかことし。氣ハ志氣(しき)。色ハ顔色(かんしよく)なり。人憂(うれ)ひ煩(わつら)ふ事あれハ氣おとろへて顔色あしく悦(よろこ)ひ勇(いさ)む事あれハ気盛(さか)んにして顔色うるハし。一身(いつしん)の盈虚(ゑいきよ)皆この二ツあらハるゞゆへ氣(き)と色(いろ)とをあげて樣躰と云義になる也。此二句ハ越中守の安否(あんひ)をたつねたるなり。 〔97ウ八〜98オ二〕
とあって、この標記語「国」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
然(しか)ふ而(して)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)ひ等(とう)袷(かれ)と云(い)ひ恰(これ)と云(い)ひ日(ひ)を點(てん)すること何比(いつごろ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)示(しめ)し給(たま)は被(ら)者(バ)他行(たぎやう)を止(や)む可(べ)し/然而。國ノ土産。旅籠振ヒ等。云レ袷ト云レ恰ト。點スルコトレ日ヲ何比ソ乎。兼日被二示シ給ハ一者。可シレ止ム二他行ヲ一。〔72ウ四〜五〕
然而(しかうして)國(くに)の土産(とさん)旅籠振(はたごぶる)等(とう)云(いひ)レ袷(かれ)と云(いひ)レ恰(これ)と點(てん)ずることレ日(ひ)を何比(いつころ)ぞ乎(や)兼日(けんじつ)被(ら)二示(しめ)し給(たま)ハ一者(バ)可(べ)しレ止(や)む二他行(たぎやう)を一。〔130オ五〜130ウ一〕
Cuni.クニ(国) 国.¶Cuniuo tairaguru.(国を平ぐる)国を打ち滅ぼす.¶Cuniuo nabicasu.(国を靡かす)国を自分の意に従わせる.または,自分の方へ味方させる.¶Cuniga xizzumaru.(国が鎮まる)国が平穏になる.¶Cuniuo araso>.(国を争ふ)二人,または,それ以上の人々が国を奪い合う.¶Cuniuo motcu.(国を持つ)国を領する.または,国を統治する.→Catamuqe,uru;Catamuqu,u;Curui,u.〔邦訳167l〕
く-に〔名〕【國】(一){大小、廣狹、に拘はらず、境を立てて、人の住む地の稱。古事記、上5「熊曾(クマソノ)國」繼體紀、七年九月、長歌「春日(カスガ)ノ倶斎(クニ)」萬葉集、一18長歌「吉野ノ國」同、十三24長歌「泊瀬(ハツセ)ノ國」倭姫命世記「鈴鹿ノ國」~武紀3「吉備(キビノ)國」景行紀、四十年十月「越(コシノ)國」(二){孝コ天皇、日本全國を區劃したまひて、次第に、畿内、七道、を立てられ、又、其内を區劃して、國司をして治めしめたまひし、其一地方の稱。分合、?なりしが、嵯峨天皇の御代に、六十六國、二島(壹岐、對馬)と定まりぬ、山城國、伊勢國、武藏國、陸奥國、近江國、丹波國、など云ふ、是れなり、明治に至りて、陸奥國、出羽國を分ちて、七國となされ、蝦夷島を北海道と建て、十一國に分たれ、全國、畿内、八道、八十五國となる。(三){轉じて、國衙、國府、の稱となり、又、國司の任、國司の政令の意となる。續日本紀、三十四、寳龜七年五月「出羽國(國司申ス)志波ノ村(陸奥)賊、叛逆、與レ國(國衙ノ兵)相戰、官軍不レ利」竹取物語「くに(國司)に告げたれば、國の司(つかさ)、參(まう)で訪(とぶら)ふ」宇津保物語、藤原君31「くに一ツ賜はらむと申す、云云、美濃の國を賜ひつ」(國司に任ぜられる)倭名抄、五5「和泉郡、國(クニ)分(ワカチテ)置二泉南郡一」(國司、使を量りて分置し、朝制に拘はらぬなり)陸奥話記、陸奥守頼義「康平五年七月廿六日發レ國(陸奥國府)八月九日到二栗原郡盛岡一」宇治拾遺物語、三、十四條「尾張守、云云、尾張に下りて、國行ひけるに」(四){國司の、都より、地方に赴任するを、縣(あがた)の任と云ひ、ゐなかわたらひなど云ふより、國は、地方、田舎、の意となる。萬葉集、十三19長歌「大君の、任(まけ)のまにまに、雛離(ひなさか)る、國治めにと、むらどりの、朝立ち行けば」「國人」國風(くにぶり)」國の絹」國侍」國訛」(五){地方より、都へ出でて居る者の、其生地を指して云ふ語となり、又、故郷の意となる。郷國。古事記、下(仁コ)3「摩佐豆子(まさづこ)吾妹(わぎも)、玖邇(くに)へ下らす」(吉備國の婦人の、難波の都より、生國へ歸るなり)仁コ紀、三十年九月、皇后の御長歌「吾が見が欲し區珥(くに)は、葛城(かつらぎ)高宮、吾家(わぎへ)のあたり」(御本郷の遠望)萬葉集、十九9「燕(つばめ)來る、時になりぬと、雁(かりがね)は、本郷(くに)思(しぬ)びつつ、雲隱(くもがく)り鳴く(六)大名などの、江戸に居て、其領地を稱する語。封國。「國表」國詞」國替」〔537-1〕
何如(イカン)ガヽ 。〔元亀二年本12七〕
何如(イカヽ) 。〔静嘉堂本4八〕〔天正十七年本上4ウ六〕〔西來寺本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔至徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔宝徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔建部傳内本〕
隔(キヤク)心之(ノ)至雖レ存トレ憚ヲ試ニ及二推望(スイバウ)ニ一御氣色如何然レトモ而國ノ土産〔山田俊雄藏本〕
隔心(キヤクシン)之(ノ)至リ雖モレ存トレ憚(ハヽカリ)ヲ試ニ及テ二推(スイ)望ニ一御氣色(キシヨク)如何( ン)然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)〔経覺筆本〕
隔心之至リ雖レ存ストレ憚(ハヽカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイハウ)ニ一御氣色(キソク)如何(イカン)然(シカレトモ)シカウシテ而国(クニ)ノ土産(トサン)〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「如何」と表記し、訓みは経覺筆本に「イカ(ン)」、文明四年本に「イカン」と記載する。
如何イカン 。云何同 。奈何同 。其奈同 。〔黒川本・畳字門上11ウ四〕
如何イカン 。云何 。奈何 。其奈已上同 。〔巻第一・畳字門71六〜72一〕
如何(イカン/ジヨ・ゴトシ、カ・ナニ)[○・平] 若何。何如。奈何。〔態藝門26六〕
如何(イカン) 。〔弘・言語進退門14一〕〔永・言語門9一〕〔両・言語門8五〕
如何(イカン) ――樣。〔堯・言語門6八〕
如何(イカン) 。奈何(同) 。〔言語門8七・天理図書館蔵上4ウ七〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「如何」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
731隔心之至リ雖∨存∨憚ヲ誠ニ及‖推望ニ|御氣色如何然ルニ国ノ土産 和_讀ニ土産(ツト)讀ム也。〔謙堂文庫蔵六二左F〕
とあって、標記語「如何」の語を収載する。
密契(ミツケイ)無ク二其甲斐(カイ)一隔心(キヤクシン)ノ之至(イタリ)雖トモレ存ズトレ憚(ハヾカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイバウ)ニ一御(ゴ)氣色(キシヨク)如何(イカヽ)然(シカル)ニ國(クニ)ノ土産(トサン)密契トハ。隱(カク)シテ契(チギ)ル詞(コトバ)ナリ。〔下39オ六〜八〕
御(ご)氣色(きしよく)如何(いかゞ)/御氣色如何氣色とハ樣躰(やうたい)といえるかことし。氣ハ志氣(しき)。色ハ顔色(かんしよく)なり。人憂(うれ)ひ煩(わつら)ふ事あれハ氣おとろへて顔色あしく悦(よろこ)ひ勇(いさ)む事あれハ気盛(さか)んにして顔色うるハし。一身(いつしん)の盈虚(ゑいきよ)皆この二ツあらハるゞゆへ氣(き)と色(いろ)とをあげて樣躰と云義になる也。此二句ハ越中守の安否(あんひ)をたつねたるなり。 〔97ウ八〜98オ二〕
とあって、この標記語「如何」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつ)り遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)頗(すこぶる)往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるが如(ごと)し。随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)音信(いんしん)に預(あづか)ら不(ず)候(さふら)ふ條(てう)密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く隔心(ぎやくしん)の至(いた)り憚(はゞかり)存(ぞん)ずと雖(ゐへども)試(こゝろミ)に推望(すいばう)に及(およ)ぶ。御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)/御任國之後。烏兎押シ移リ遙ニ不ルレ遂ン二面拝ヲ一候間。頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一随而御上洛之處不レ預ラ二音信ニ一候フ條。密契無ク二其甲斐一。隔心之至リ雖二憚リ存ズト一。試ミニ及ブ二推望ニ一御氣色如何。〔72オ八〕
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつり)遙(はるか)に不(ざる)レ遂(とげ)二面拝(めんはい)を一之(の)間(あひだ)頗(すこぶる)如(ごとし)レ忘(わする)るゝが二往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を一随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)不(ず)レ預(あつから)二音信(いんしん)に一候(さふらふ)條(でう)密契(ミつけい)無(なく)二其(その)甲斐(かひ)一隔心(ぎやくしん)之(の)至(いたり)雖(いへども)二憚(はゞかり)存(そんず)と一試(こゝろミ)に及(をよぶ)二推望(すゐばう)に一御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)。〔129ウ三〕
Icaga.イカガ(如何) どんなに,または,どのように,例,Icaga aro<zuru?(如何あらうずる)どのようで,または,どんなふうであるだろうか.〔邦訳322l〕
Ican.イカン(如何) どんな具合にして,または,どうして.文書語.¶Icanto nareba.(如何となれば)すなわち,Najenito yu<ni.(何故にと言ふに)このことの意味は…である.〔邦訳322l〕
い-かん〔副〕【如何】いかにの音便。名義抄「何、イカム」「いかんとす」〔136-1〕
い-かが〔副〕【如何】〔いかにかの音便、いかんがの約〕(一)疑ひ、又、危ぶみ思ふ意を云ふ語。何(なん)と。どのやうに。いかに。天治字鏡、十二26「何作、伊加加世牟」「いかがあらむ」(二)疑ひ問ふ意を云ふ語。「いかが思へる」(三)いかで。いかでか。源氏物語、二、帚木8「はかなく爲出でたる言業(コトワザ)も、故なからず見えたらむ片かどにても、いかが思ひの外に、をかしからざらむ」〔133-1〕
氣色(シキ) 。〔元亀二年本213七〕〔静嘉堂本242八〕〔天正十七年本中50ウ八〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔至徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔宝徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔建部傳内本〕
隔(キヤク)心之(ノ)至雖レ存トレ憚ヲ試ニ及二推望(スイバウ)ニ一御氣色如何然レトモ而國ノ土産〔山田俊雄藏本〕
隔心(キヤクシン)之(ノ)至リ雖モレ存トレ憚(ハヽカリ)ヲ試ニ及テ二推(スイ)望ニ一御氣色(キシヨク)如何( ン)然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)〔経覺筆本〕
隔心之至リ雖レ存ストレ憚(ハヽカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイハウ)ニ一御氣色(キソク)如何(イカン)然(シカレトモ)シカウシテ而国(クニ)ノ土産(トサン)〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「氣色」と表記し、訓みは経覺筆本に「キシヨク」、文明四年本に「キソク」と記載する。この古写本には、下記に示す『日国』の語誌にいう漢文体古訓が用いられている。
氣色 人躰部/キソク。〔黒川本・畳字門下51オ一〕
氣色 人躰部/ケシキ。〔黒川本・畳字門中99オ三〕
氣色 〃調。〃味。〃序。〃力。〃假。〃驗。〔巻第八・畳字門527二〕
氣色 〃分。〃力。〃上。〃装。〔巻第七・畳字門22一〕
氣色(キシヨク/イキ、イロ)[去・入] 。〔態藝門818七〕
氣色(キシヨク) 。〔弘・支体門218四〕 氣色(シヨク) 。〔弘・言語進退門221五〕
氣力(キリヨク) ―概(ガイ)。―(ケ)色(シヨク)シキ。〔永・言語門185一〕
氣力(キリヨク) ―概(カイ)。―色。〔堯・天地門174四〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「氣色」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
731隔心之至リ雖∨存∨憚ヲ誠ニ及‖推望ニ|御氣色如何然ルニ国ノ土産 和_讀ニ土産(ツト)讀ム也。〔謙堂文庫蔵六二左F〕
とあって、標記語「氣色」の語を収載する。
密契(ミツケイ)無ク二其甲斐(カイ)一隔心(キヤクシン)ノ之至(イタリ)雖トモレ存ズトレ憚(ハヾカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイバウ)ニ一御(ゴ)氣色(キシヨク)如何(イカヽ)然(シカル)ニ國(クニ)ノ土産(トサン)密契トハ。隱(カク)シテ契(チギ)ル詞(コトバ)ナリ。〔下39オ六〜八〕
御(ご)氣色(きしよく)如何(いかゞ)/御氣色如何氣色とハ樣躰(やうたい)といえるかことし。氣ハ志氣(しき)。色ハ顔色(かんしよく)なり。人憂(うれ)ひ煩(わつら)ふ事あれハ氣おとろへて顔色あしく悦(よろこ)ひ勇(いさ)む事あれハ気盛(さか)んにして顔色うるハし。一身(いつしん)の盈虚(ゑいきよ)皆この二ツあらハるゞゆへ氣(き)と色(いろ)とをあげて樣躰と云義になる也。此二句ハ越中守の安否(あんひ)をたつねたるなり。 〔97ウ八〜98オ二〕
とあって、この標記語「氣色」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつ)り遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)頗(すこぶる)往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるが如(ごと)し。随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)音信(いんしん)に預(あづか)ら不(ず)候(さふら)ふ條(てう)密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く隔心(ぎやくしん)の至(いた)り憚(はゞかり)存(ぞん)ずと雖(ゐへども)試(こゝろミ)に推望(すいばう)に及(およ)ぶ。御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)/御任國之後。烏兎押シ移リ遙ニ不ルレ遂ン二面拝ヲ一候間。頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一随而御上洛之處不レ預ラ二音信ニ一候フ條。密契無ク二其甲斐一。隔心之至リ雖二憚リ存ズト一。試ミニ及ブ二推望ニ一御氣色如何シ。〔72オ八〕
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつり)遙(はるか)に不(ざる)レ遂(とげ)二面拝(めんはい)を一之(の)間(あひだ)頗(すこぶる)如(ごとし)レ忘(わする)るゝが二往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を一随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)不(ず)レ預(あつから)二音信(いんしん)に一候(さふらふ)條(でう)密契(ミつけい)無(なく)二其(その)甲斐(かひ)一隔心(ぎやくしん)之(の)至(いたり)雖(いへども)二憚(はゞかり)存(そんず)と一試(こゝろミ)に及(をよぶ)二推望(すゐばう)に一御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)。〔129ウ三〕
Qexiqi.ケシキ(氣色) 顔つき.例,Tcuuamonodo-mo firumu qexiqini miyetari qeru.(兵ども怯む気色に見えたりける)Taif.(太平記)巻三十二.兵士らは恐れる様子を見せていた.¶Qexiqiga cauaru.(気色が変る)顔つきが変わる.※太平記,三十二,~南合戦事.ただし,原本文には“兵共進兼テ少シ白ウデゾ…”とある.→Iromeqi,u.〔邦訳491l〕
Qixocu.キショク(氣色) 顔色・表情.¶Goqixocuga yoi,l,varui.(御気色が良い,または,悪い)ある尊敬すべき人が,気分の良い,あるいは,悪い顔色をしている.¶Qixocuuo tcucuro>.(気色をつくろふ)ある人を喜ばせ,歓心を得るように努める.〔邦訳513r〕
け-しき〔名〕【氣色】〔けはひに、氣色(キシヨク)の字を充てて、氣色(ケシキ)と讀む語〕(一)けはひ。きざし。みえ。ありさま。やうす。竹取物語「なほ、物思へるけしきなり」後撰和歌集、十二、戀、四「人の娘に、いと忍びて通ひ侍りけるに、けしきを見て、親の守りければ」枕草子、八、八十三段、心もとなきもの「子生むべき人の、程過ぐるまで、さるけしきのなき」玉葉集、四、秋、上「秋のけしきに、世はなりにけり」(二)顔のけはひ。かほいろ。顔色。源氏物語、廿一、少女6「時に從ふ世の人の、心(した)には鼻まじろぎをしつつ、追從し、けしき取りつつ從ふほどに」同(源氏物語)、四十九、東屋6「しかじかなむと、申しけるに、けしき惡しうなりぬ」顔色を正しくするにも云ふ。平治物語、一、光頼參内事「衣文(エモン)つくろひ、笏取りなほし、氣色して」(三)心のけはひ。氣色(キシヨク)。機嫌。(好きにも、惡しきにも云ふ)伊勢物語、百十四段「おほやけ(帝)の御けしき惡しかりけり」保元物語、一、新院御謀叛露顯事「被レ修二無双深祕法一事、尤~妙之由、御氣色所レ候也」源平盛衰記、十七、謀反不レ遂二素懷一事「入道の氣色に入らむとて、時の才人共申しけるは、云云」吾妻鏡、三、壽永三年三月六日「蒲冠者蒙二御氣色一事免許、日來頻依レ愁二申之一也」」(四)こころもち。意中。落窪物語、三、「越前守、殿に參りて、御けしきたまはりつれば、しかじかなむ仰せられつる」源平盛衰記、十一、靜憲熊野詣事「右衞門佐と申す女房、云云、法皇、近く召仕はせましましければ、臣下も、君の御氣色に依て、尼御前と、かしづき呼ばれける」〔609-2〕
き-しょく〔名〕【氣色】(一)けはひ。おももち。意向(こころばせ)の、面色に現るること。氣色(キソク)。氣色(けしき)。顔色。太平記、二、長崎新左衞門意見事「以の外に、氣色を損じて」「氣色を伺ふ」(二)轉じて、ここち。こころもち。狂言記、料理聟「氣色がわるいと云うて、唯、梅漬ばかり食はれます」〔466-1〕
き-そく〔名〕【氣色】きしょく(氣色)に同じ。續古今和歌集、七、~祇「白河院の御時、あらざる外の事によりて、御きそく心よからず侍りける時」〔468-2〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔至徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔宝徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔建部傳内本〕
隔(キヤク)心之(ノ)至雖レ存トレ憚ヲ試ニ及二推望(スイバウ)ニ一御氣色如何然レトモ而國ノ土産〔山田俊雄藏本〕
隔心(キヤクシン)之(ノ)至リ雖モレ存トレ憚(ハヽカリ)ヲ試ニ及テ二推(スイ)望ニ一御氣色(キシヨク)如何( ン)然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)〔経覺筆本〕
隔心之至リ雖レ存ストレ憚(ハヽカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイハウ)ニ一御氣色(キソク)如何(イカン)然(シカレトモ)シカウシテ而国(クニ)ノ土産(トサン)〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「推望」と表記し、訓みは山田俊雄藏本に「スイバウ」、経覺筆本に「スイ(バウ)」、文明四年本に「スイハウ」と記載する。
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「推望」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
731隔心之至リ雖∨存∨憚ヲ誠ニ及‖推望ニ|御氣色如何然ルニ国ノ土産 和_讀ニ土産(ツト)讀ム也。〔謙堂文庫蔵六二左F〕
とあって、標記語「推望」の語を収載する。
密契(ミツケイ)無ク二其甲斐(カイ)一隔心(キヤクシン)ノ之至(イタリ)雖トモレ存ズトレ憚(ハヾカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイバウ)ニ一御(ゴ)氣色(キシヨク)如何(イカヽ)然(シカル)ニ國(クニ)ノ土産(トサン)密契トハ。隱(カク)シテ契(チギ)ル詞(コトバ)ナリ。〔下39オ六〜八〕
試(こゝろミ)に推量(すいりやう)に及(およ)ふ/試ニ及フ二推量ニ一推量ハいからしてあるやと心に思ひはかりて忘れさるこゝろ也。 〔97ウ七・八〕
とあって、この標記語「推量」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつ)り遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)頗(すこぶる)往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるが如(ごと)し。随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)音信(いんしん)に預(あづか)ら不(ず)候(さふら)ふ條(てう)密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く隔心(ぎやくしん)の至(いた)り憚(はゞかり)存(ぞん)ずと雖(ゐへども)試(こゝろミ)に推望(すいばう)に及(およ)ぶ。御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)/御任國之後。烏兎押シ移リ遙ニ不ルレ遂ン二面拝ヲ一候間。頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一随而御上洛之處不レ預ラ二音信ニ一候フ條。密契無ク二其甲斐一。隔心之至リ雖二憚リ存ズト一。試ミニ及ブ二推望ニ一御氣色如何シ▲推望ハ推(をし)かけに向(むか)ひ望(のぞ)む也。〔72オ八、72ウ三〕
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつり)遙(はるか)に不(ざる)レ遂(とげ)二面拝(めんはい)を一之(の)間(あひだ)頗(すこぶる)如(ごとし)レ忘(わする)るゝが二往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を一随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)不(ず)レ預(あつから)二音信(いんしん)に一候(さふらふ)條(でう)密契(ミつけい)無(なく)二其(その)甲斐(かひ)一隔心(ぎやくしん)之(の)至(いたり)雖(いへども)二憚(はゞかり)存(そんず)と一試(こゝろミ)に及(をよぶ)二推望(すゐばう)に一御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)▲推望ハ推(をし)かけに向(むか)ひ望(のぞ)む也。〔129ウ三〕
試(コヽロムル) 。〔元亀二年本242一〕〔静嘉堂本279二〕
× 欠語。〔天正十七年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔至徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔宝徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔建部傳内本〕
隔(キヤク)心之(ノ)至雖レ存トレ憚ヲ試ニ及二推望(スイバウ)ニ一御氣色如何然レトモ而國ノ土産〔山田俊雄藏本〕
隔心(キヤクシン)之(ノ)至リ雖モレ存トレ憚(ハヽカリ)ヲ試ニ及テ二推(スイ)望ニ一御氣色(キシヨク)如何( ン)然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)〔経覺筆本〕
隔心之至リ雖レ存ストレ憚(ハヽカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイハウ)ニ一御氣色(キソク)如何(イカン)然(シカレトモ)シカウシテ而国(クニ)ノ土産(トサン)〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「試」と表記し、訓みは文明四年本に「こゝろみ-に」と記載する。
試(コヽロム/シ)[去] 。〔態藝門696二〕
試(コヽロム) 。〔弘・言語進退門189一〕〔永・言語門156八〕〔堯・天地門146三〕
試(コヽロム) 。〔言語門160七・天理図書館蔵下13オ七〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「試」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
731隔心之至リ雖∨存∨憚ヲ誠ニ及‖推望ニ|御氣色如何然ルニ国ノ土産 和_讀ニ土産(ツト)讀ム也。〔謙堂文庫蔵六二左F〕
とあって、標記語「試」とせずに、字形相似の「誠」の語を収載する。
密契(ミツケイ)無ク二其甲斐(カイ)一隔心(キヤクシン)ノ之至(イタリ)雖トモレ存ズトレ憚(ハヾカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイバウ)ニ一御(ゴ)氣色(キシヨク)如何(イカヽ)然(シカル)ニ國(クニ)ノ土産(トサン)密契トハ。隱(カク)シテ契(チギ)ル詞(コトバ)ナリ。〔下39オ六〜八〕
試(こゝろミ)に推量(すいりやう)に及(およ)ふ/試ニ及フ二推量ニ一推量ハいからしてあるやと心に思ひはかりて忘れさるこゝろ也。 〔97ウ七・八〕
とあって、この標記語「試」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつ)り遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)頗(すこぶる)往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるが如(ごと)し。随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)音信(いんしん)に預(あづか)ら不(ず)候(さふら)ふ條(てう)密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く隔心(ぎやくしん)の至(いた)り憚(はゞかり)存(ぞん)ずと雖(ゐへども)試(こゝろミ)に推望(すいばう)に及(およ)ぶ。御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)/御任國之後。烏兎押シ移リ遙ニ不ルレ遂ン二面拝ヲ一候間。頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一随而御上洛之處不レ預ラ二音信ニ一候フ條。密契無ク二其甲斐一。隔心之至リ雖二憚リ存ズト一。試ミニ及ブ二推望ニ一御氣色如何シ。〔72オ八〕
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつり)遙(はるか)に不(ざる)レ遂(とげ)二面拝(めんはい)を一之(の)間(あひだ)頗(すこぶる)如(ごとし)レ忘(わする)るゝが二往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を一随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)不(ず)レ預(あつから)二音信(いんしん)に一候(さふらふ)條(でう)密契(ミつけい)無(なく)二其(その)甲斐(かひ)一隔心(ぎやくしん)之(の)至(いたり)雖(いへども)二憚(はゞかり)存(そんず)と一試(こゝろミ)に及(をよぶ)二推望(すゐばう)に一御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)。〔129ウ三〕
Cocoromi,uru.コヽロミ,ムル,ミタ(試み,むる,みた) 実験する,または,ためす,やってみる.¶また,食物などの味をみる.※iruの誤りではない.当時上一段活用形に並んで,上二段活用に転じた例も存する.“サラバトテチツトコヽロムルソ”(史記抄,八,12).羅葡日のAttentoその他の条にも見える.→Agiuai,uo<;Fiqi〜;Meacu.〔邦訳136l〕
こころみ〔名〕【試】(一)こころみること。ためし。古今集、十二、戀、二「死ぬる命、生きもやすると、心みに、たまのをばかり、逢はむと言はなむ」和泉式部日記「こころみに、雨も降らなむ、宿過ぎて、空行く月の、影やとまると」名義抄「嘗、試、ココロミニ」(二)試驗。明經道、經書直講の試、五節、舞姫、帳臺の試などあり。宇津保物語、吹上、上13「こころみの題、賜はりて」枕草子、八、七十九段「五節のこころみ」〔675-3〕
憚(ハヾカル) 。〔元亀二年本36一〕
憚(ハヽカリ) 。〔静嘉堂本38五〕
憚(ハヽカル) 。〔天正十七年本上20オ二〕〔西來寺本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔至徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔宝徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔建部傳内本〕
隔(キヤク)心之(ノ)至雖レ存トレ憚ヲ試ニ及二推望(スイバウ)ニ一御氣色如何然レトモ而國ノ土産〔山田俊雄藏本〕
隔心(キヤクシン)之(ノ)至リ雖モレ存トレ憚(ハヽカリ)ヲ試ニ及テ二推(スイ)望ニ一御氣色(キシヨク)如何( ン)然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)〔経覺筆本〕
隔心之至リ雖レ存ストレ憚(ハヽカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイハウ)ニ一御氣色(キソク)如何(イカン)然(シカレトモ)シカウシテ而国(クニ)ノ土産(トサン)〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「憚」と表記し、訓みは経覺筆本・文明四年本に「はゝかり」と記載する。
其憚(ソノ、ハヾカリ/キ・タン)[入・去] 。〔態藝門390四〕
憚存(ハヾカリ・ソンズル/タン―)[去・平] 。〔態藝門77一〕
憚(ハヽカル) 。〔弘・言語進退門22四〕 所難(ハヽカル) 。〔弘・言語進退門26五〕
所難(ハヽカル) 。憚(同) 。〔永・言語門23九〕〔両・言語門27三〕
憚(ハヾカル) 。〔言語門23六・天理図書館蔵上12オ六〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「憚」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
731隔心之至リ雖∨存∨憚ヲ誠ニ及‖推望ニ|御氣色如何然ルニ国ノ土産 和_讀ニ土産(ツト)讀ム也。〔謙堂文庫蔵六二左F〕
とあって、標記語「憚」の語を収載する。
密契(ミツケイ)無ク二其甲斐(カイ)一隔心(キヤクシン)ノ之至(イタリ)雖トモレ存ズトレ憚(ハヾカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイバウ)ニ一御(ゴ)氣色(キシヨク)如何(イカヽ)然(シカル)ニ國(クニ)ノ土産(トサン)密契トハ。隱(カク)シテ契(チギ)ル詞(コトバ)ナリ。〔下39オ六〜八〕
憚(はゞかり)存(そん)ずと雖(いへと)も/雖二憚リ存スト一こゝまてハ越中守か上洛してありなから隼人佐へおとつれさるを少しく恨(うらミ)て云る也。 〔97ウ七〕
とあって、この標記語「憚」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつ)り遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)頗(すこぶる)往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるが如(ごと)し。随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)音信(いんしん)に預(あづか)ら不(ず)候(さふら)ふ條(てう)密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く隔心(ぎやくしん)の至(いた)り憚(はゞかり)存(ぞん)ずと雖(ゐへども)試(こゝろミ)に推望(すいばう)に及(およ)ぶ。御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)/御任國之後。烏兎押シ移リ遙ニ不ルレ遂ン二面拝ヲ一候間。頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一随而御上洛之處不レ預ラ二音信ニ一候フ條。密契無ク二其甲斐一。隔心之至リ雖二憚リ存ズト一。試ミニ及ブ二推望ニ一御氣色如何シ。〔72オ八〕
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつり)遙(はるか)に不(ざる)レ遂(とげ)二面拝(めんはい)を一之(の)間(あひだ)頗(すこぶる)如(ごとし)レ忘(わする)るゝが二往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を一随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)不(ず)レ預(あつから)二音信(いんしん)に一候(さふらふ)條(でう)密契(ミつけい)無(なく)二其(その)甲斐(かひ)一隔心(ぎやくしん)之(の)至(いたり)雖(いへども)二憚(はゞかり)存(そんず)と一試(こゝろミ)に及(をよぶ)二推望(すゐばう)に一御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)。〔129ウ三〕
Fabacari.ハヾカリ(憚) 気おくれ.羞恥,畏敬.〔邦訳191r〕
はばかり〔名〕【憚】{はばかること。畏れ愼むこと。源氏物語、十二、須磨6「にごりなき心にまかせて、つれなく過し侍らんも、いと憚おほく」(二)東京婦人の語に、人目を憚る意より、廁に上ることの隱語。上廁。〔1611-1〕
× 脱落語。〔元亀二年本〕
隔心(キヤクシン) 。〔静嘉堂本327二〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔至徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔宝徳三年本〕
隔心之至雖存憚試及推望御氣色如何然而國土産〔建部傳内本〕
隔(キヤク)心之(ノ)至雖レ存トレ憚ヲ試ニ及二推望(スイバウ)ニ一御氣色如何然レトモ而國ノ土産〔山田俊雄藏本〕
隔心(キヤクシン)之(ノ)至リ雖モレ存トレ憚(ハヽカリ)ヲ試ニ及テ二推(スイ)望ニ一御氣色(キシヨク)如何( ン)然ルニ國(クニ)ノ土産(トサン)〔経覺筆本〕
隔心之至リ雖レ存ストレ憚(ハヽカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイハウ)ニ一御氣色(キソク)如何(イカン)然(シカレトモ)シカウシテ而国(クニ)ノ土産(トサン)〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「隔心」と表記し、訓みは山田俊雄藏本に「キヤク(シン)」、経覺筆本に「キヤクシン」と記載する。
隔心(キヤクシン) 。〔態藝門87七〕
隔心(キヤクシン/ヘダテ、コヽロ)[入・平] 。〔態藝門834八〕
隔心(キヤクシン) 。〔弘・言語進退門222三〕〔永・言語門185六〕〔堯・言語門174八〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「隔心」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
731隔心之至リ雖∨存∨憚ヲ誠ニ及‖推望ニ|御氣色如何然ルニ国ノ土産 和_讀ニ土産(ツト)讀ム也。〔謙堂文庫蔵六二左F〕
とあって、標記語「隔心」の語を収載する。
密契(ミツケイ)無ク二其甲斐(カイ)一隔心(キヤクシン)ノ之至(イタリ)雖トモレ存ズトレ憚(ハヾカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイバウ)ニ一御(ゴ)氣色(キシヨク)如何(イカヽ)然(シカル)ニ國(クニ)ノ土産(トサン)密契トハ。隱(カク)シテ契(チギ)ル詞(コトバ)ナリ。〔下39オ六〜八〕
密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(なく)/密契無ク二其ノ甲斐一密契ハ朋友(ほうゆう)の好身(よしミ)をゑてしたしく結(むす)ひたるをいふ。 〔97ウ五・六〕
とあって、この標記語「隔心」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつ)り遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)頗(すこぶる)往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるが如(ごと)し。随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)音信(いんしん)に預(あづか)ら不(ず)候(さふら)ふ條(てう)密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く隔心(ぎやくしん)の至(いた)り憚(はゞかり)存(ぞん)ずと雖(ゐへども)試(こゝろミ)に推望(すいばう)に及(およ)ぶ。御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)/御任國之後。烏兎押シ移リ遙ニ不ルレ遂ン二面拝ヲ一候間。頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一随而御上洛之處不レ預ラ二音信ニ一候フ條。密契無ク二其甲斐一。隔心之至リ雖二憚リ存ズト一。試ミニ及ブ二推望ニ一御氣色如何シ。〔72オ八〕
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつり)遙(はるか)に不(ざる)レ遂(とげ)二面拝(めんはい)を一之(の)間(あひだ)頗(すこぶる)如(ごとし)レ忘(わする)るゝが二往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を一随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)不(ず)レ預(あつから)二音信(いんしん)に一候(さふらふ)條(でう)密契(ミつけい)無(なく)二其(その)甲斐(かひ)一隔心(ぎやくしん)之(の)至(いたり)雖(いへども)二憚(はゞかり)存(そんず)と一試(こゝろミ)に及(をよぶ)二推望(すゐばう)に一御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)。〔129ウ三〕
Qiacuxin.キャクシン(隔心) Fedataru cocoro.(隔たる心)多少よそよそしくて,親しみの薄い心.¶Qiacuxinni zonzuru.(隔心に存ずる)心中に幾分かよそよそしい気持ちを抱く.¶Qiacuxingamaxij iy yo<.(隔心がましい言ひ樣)多少よそよそしくて,しっくりしない話し方.〔邦訳492r〕
きャく-しん〔名〕【隔心】へだつるこころ。打解けぬ心。交わりの中に、障のあること。隔意(カクイ)。庭訓往來、十二月「御上洛之處、不レ預二音信一候條、密契無二其甲斐一、隔心之至」〔496-2〕
甲斐(カイ) 。〔元亀二年本98三〕〔静嘉堂本123一〕
随而御上洛之處不預御音信候条密契無其甲斐〔至徳三年本〕
隨而御上洛之處不預音信候條密契無其甲斐〔宝徳三年本〕
随而御上洛之處不預御音信候之条密契無其甲斐〔建部傳内本〕
随而(テ)御上洛之(ノ)処不レ預ラ二御音信ニ一候之條密契(ミツケイ)無シ二其甲斐一〔山田俊雄藏本〕
随而御上洛之(ノ)處ニ不レ預二音信ニ一之条密契(ケイ)无シ二其甲斐一〔経覺筆本〕
随而(テ)御上洛之處ニ不レ預二音信ニ一候条密契(ミツケイ)無(ナシ)二レ其甲斐一〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「甲斐」を記載する。
甲斐无 カイナシ。〔黒川本・畳字門上90オ八〕
甲斐無 。〔巻第三・畳字門272一〕
無二甲斐一(ナシ、カイ/フ、――) 。〔態藝門286五〕
甲斐(カイ) 甲(カウ)州四郡、山梨(ヤマナシ)、八代(ヤツシロ)、巨摩(コマ)。都留(ツル)。〔弘・東海道289一〕
甲斐(カイ) 甲(カウ)州四〔永・東海道262七〕
甲斐 上甲州山梨(ヤマ )、八代(ヤツシロ)、四郡、巨摩(コマ)。都留(ツル)。〔堯・天地門232二〕
無(ナシ)二甲斐(カイ)一 。〔言語門84五・天理図書館蔵上42ウ五〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「無甲斐」の語をもって収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本は「無其甲斐」として収載しているのである。
730如シ∨忘‖往日之昵近|随而御上洛之処不∨預‖音信|候条密契无シ‖其甲斐| 々々ハ自‖神代|起ル辞也。分ル∨斐ヲ則非∨反ニ也。言ハ甲ヲ非∨反云心也。只无曲之義也。神代ニ東海道甲斐ノ国ヲ用要害ニ。故云∨爾也。〔謙堂文庫蔵六二左C〕
○日本鬼王。神ト戦箕。甲斐国ニ集。鬼王ト戦也。神甲ヲヌカズ兎鬼王ト戦ヨリ兎甲斐ト云也。神ハ鹿島ヨリ起。又祝常陸筑波山黙。神之住処也。〔国会図書館藏『左貫注』冠頭書込〕
とあって、標記語「甲斐」の語を収載し、語注記に「甲斐ハ自‖神代|起ル辞也。分ル∨斐ヲ則非∨反ニ也。言ハ甲ヲ非∨反云心也。只无曲之義也。神代ニ東海道甲斐ノ国ヲ用要害ニ。故云∨爾也」と記載する。また、甲斐国の名称起源譚については上記に示した『左貫注』冠頭書込がある。
密契(ミツケイ)無ク二其甲斐(カイ)一隔心(キヤクシン)ノ之至(イタリ)雖トモレ存ズトレ憚(ハヾカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイバウ)ニ一御(ゴ)氣色(キシヨク)如何(イカヽ)然(シカル)ニ國(クニ)ノ土産(トサン)密契トハ。隱(カク)シテ契(チギ)ル詞(コトバ)ナリ。〔下39オ六〜八〕
密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(なく)/密契無ク二其ノ甲斐一密契ハ朋友(ほうゆう)の好身(よしミ)をゑてしたしく結(むす)ひたるをいふ。 〔97ウ五・六〕
とあって、この標記語「甲斐」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつ)り遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)頗(すこぶる)往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるが如(ごと)し。随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)音信(いんしん)に預(あづか)ら不(ず)候(さふら)ふ條(てう)密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く隔心(ぎやくしん)の至(いた)り憚(はゞかり)存(ぞん)ずと雖(ゐへども)試(こゝろミ)に推望(すいばう)に及(およ)ぶ。御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)/御任國之後。烏兎押シ移リ遙ニ不ルレ遂ン二面拝ヲ一候間。頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一随而御上洛之處不レ預ラ二音信ニ一候フ條。密契無ク二其甲斐一。隔心之至リ雖二憚リ存ズト一。試ミニ及ブ二推望ニ一御氣色如何シ。〔72オ八〕
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつり)遙(はるか)に不(ざる)レ遂(とげ)二面拝(めんはい)を一之(の)間(あひだ)頗(すこぶる)如(ごとし)レ忘(わする)るゝが二往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を一随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)不(ず)レ預(あつから)二音信(いんしん)に一候(さふらふ)條(でう)密契(ミつけい)無(なく)二其(その)甲斐(かひ)一隔心(ぎやくしん)之(の)至(いたり)雖(いへども)二憚(はゞかり)存(そんず)と一試(こゝろミ)に及(をよぶ)二推望(すゐばう)に一御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)。〔129ウ三〕
Cai.カヒ(甲斐) 利益・有用,または,よくする手だて.例,Iqite caimo nai.(生きて甲斐もない)たとい生きていても,それが何の役に立とうか.¶Mo<xita caiga nai.(申した甲斐がない)たとい私が彼にそのことをどんなに申したとしても、何ともしかたのないことである.〔邦訳79r〕
か-ひ〔名〕【詮・甲斐】物事のききめ。しるし。詮(セン)。効驗。竹取物語「彼の家に行きて、ただずみありきけれども。かひあるべくもあらず」宇津保物語、忠杜33「かくおもほさん人は、よろづの事思ふとも、かひもあらじとて」〔403-3〕
密契(ケイ) 。〔元亀二年本300九〕〔静嘉堂本350二〕
随而御上洛之處不預御音信候条密契無其甲斐〔至徳三年本〕
隨而御上洛之處不預音信候條密契無其甲斐〔宝徳三年本〕
随而御上洛之處不預御音信候之条密契無其甲斐〔建部傳内本〕
随而(テ)御上洛之(ノ)処不レ預ラ二御音信ニ一候之條密契(ミツケイ)無シ二其甲斐一〔山田俊雄藏本〕
随而御上洛之(ノ)處ニ不レ預二音信ニ一之条密契(ケイ)无シ二其甲斐一〔経覺筆本〕
随而(テ)御上洛之處ニ不レ預二音信ニ一候条密契(ミツケイ)無(ナシ)二レ其甲斐一〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「密契」と表記し、訓みは経覺筆本に「(ミツ)ケイ」、山田俊雄藏本・文明四年本に「ミツケイ」と記載する。
密契(ミツケイ/ヒソカ、チギル)[入・去] 。〔態藝門894三〕
このように、上記当代の古辞書においては、広本『節用集』に標記語「密契」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
730如シ∨忘‖往日之昵近|随而御上洛之処不∨預‖音信|候条密契无シ‖其甲斐| 々々ハ自‖神代|起ル辞也。分ル∨斐ヲ則非∨反ニ也。言ハ甲ヲ非∨反云心也。只无曲之義也。神代ニ東海道甲斐ノ国ヲ用要害ニ。故云∨爾也。〔謙堂文庫蔵六二左C〕
とあって、標記語「密契」の語を収載する。
密契(ミツケイ)無ク二其甲斐(カイ)一隔心(キヤクシン)ノ之至(イタリ)雖トモレ存ズトレ憚(ハヾカリ)ヲ試(コヽロミ)ニ及二推望(スイバウ)ニ一御(ゴ)氣色(キシヨク)如何(イカヽ)然(シカル)ニ國(クニ)ノ土産(トサン)密契トハ。隱(カク)シテ契(チギ)ル詞(コトバ)ナリ。〔下39オ六〜八〕
密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く/密契無ク二其ノ甲斐一密契ハ朋友(ほうゆう)の好身(よしミ)を至てしたしく結(むす)ひたるをいふ。 〔97ウ五・六〕
とあって、この標記語「密契」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつ)り遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)頗(すこぶる)往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるが如(ごと)し。随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)音信(いんしん)に預(あづか)ら不(ず)候(さふら)ふ條(てう)密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く隔心(ぎやくしん)の至(いた)り憚(はゞかり)存(ぞん)ずと雖(ゐへども)試(こゝろミ)に推望(すいばう)に及(およ)ぶ。御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)/御任國之後。烏兎押シ移リ遙ニ不ルレ遂ン二面拝ヲ一候間。頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一随而御上洛之處不レ預ラ二音信ニ一候フ條。密契無ク二其甲斐一。隔心之至リ雖二憚リ存ズト一。試ミニ及ブ二推望ニ一御氣色如何シ▲密契ハこま/゛\と契(ちぎ)りうらなく語(かた)らふ意(ゐ)也。〔72オ八、72ウ三〕
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつり)遙(はるか)に不(ざる)レ遂(とげ)二面拝(めんはい)を一之(の)間(あひだ)頗(すこぶる)如(ごとし)レ忘(わする)るゝが二往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を一随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)不(ず)レ預(あつから)二音信(いんしん)に一候(さふらふ)條(でう)密契(ミつけい)無(なく)二其(その)甲斐(かひ)一隔心(ぎやくしん)之(の)至(いたり)雖(いへども)二憚(はゞかり)存(そんず)と一試(こゝろミ)に及(をよぶ)二推望(すゐばう)に一御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)▲密契ハこま/゛\と契(ちぎ)りうらなく語(かた)らふ意(い)也。〔129ウ三〕
Micqei.ミッケイ(密契) Fisocani chiguiru.(密かに契る)友好関係やその他の事に関する秘密の契約.文書語.〔邦訳402r〕
みッ-けい〔名〕【密契】人に知らさず、互にちぎること。書言字考節用集、九、言辭門「密契、ミツケイ」庭訓徃來、十二月「不レ預二音信一候條、密契無二其甲斐一、隔心之至」〔1934-2〕
昵近(ヂツキン) 。〔元亀二年本67六〕
眤近(ヂツキン) 。〔静嘉堂本79六〕
昵近(チツキン) 。〔天正十七年本上39オ四〕〔西來寺本〕
御任國之後烏菟押移遙不遂面拝之間頗如忘徃日之昵近〔至徳三年本〕
御任國之後烏兎押移遙不遂面拝候間頗如忘往日之昵近〔宝徳三年本〕
御任國之後烏菟押移遙不遂面拝之間頗如忘徃日之昵近〔建部傳内本〕
御任國ノ之後烏兎(ウド)押移(ヲシウツテ)遙ニ不ルレ遂二面拝ヲ一候間頗ル如シレ忘ルヽカ二往日ノ之昵(ジツ)近ヲ一〔山田俊雄藏本〕
御任(ニン)國之後烏兎(ウト)推移(オシウツヽテ)遙ニ不レ遂ゲ二面拝ヲ一之條頗(スコフル)如レ忘ルガ二往日ノ昵近(ヂツキン)ヲ一〔経覺筆本〕
御任(ニン)国ノ之後。烏兎(ウト)。押移(ヲシウツテ)遙(ハルカ)ニ不ルレ遂ケ二面拝ヲ一間頗(スコフ)ル如シレ忘(ワスルヽカ)ワスレタルカ二往日之(ノ)昵近(チツキン)ヲ一。〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・経覺筆本・文明四年本に「押移」、に「昵近」と表記し、訓みは山田俊雄藏本に「ジツ(キン)」、経覺筆本に「ヂツキン」、文明四年本に「チツキン」と記載する。
昵近 近習分/チツキン。〔黒川本・畳字門上56オ二〕
昵近 。〔巻第二・畳字門478四〕
昵近(ヂツキン) 。〔態藝門74四〕
昵近(ヂツキン) 近習奉公。〔弘・人倫門49三〕〔弘・言語進退門54六〕〔堯・天地門49四〕〔両・言語門58五〕
昵近(チツキン) 近習(キンシウ)奉公。〔永・言語門54九〕
昵近(ヂツキン) 。〔言語門54六・天理図書館蔵上27ウ六〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「昵近」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
730如シ∨忘‖往日之昵近|随而御上洛之処不∨預‖音信|候条密契无シ‖其甲斐| 々々ハ自‖神代|起ル辞也。分ル∨斐ヲ則非∨反ニ也。言ハ甲ヲ非∨反云心也。只无曲之義也。神代ニ東海道甲斐ノ国ヲ用要害ニ。故云∨爾也。〔謙堂文庫蔵六二左C〕
とあって、標記語「昵近」の語は未収載にする。
烏兎(ウト)押移(ヲシウツリテ)遙(ハルカニ)不ルレ遂(トゲ)二面(メン)拝ヲ一之間(アヒタ)頗(スコブル)如シレ忘(ワスル)ヽカ二徃日(ワウジツ)之(ノ)昵近(チツキン)ヲ|隨(シタカツ)而(テ)御(ゴ)上洛(シヤウラク)之處(トコロ)不ルノレ預(アツカラ)二音(イン)信ニ一条(テウ)烏兎押移ルト云事深キ心得有宜ク外典ニ見ヘタリ。月ノ内ニ三眼(ゲン)六足ノ兎(ウサキ)有。日ノ内ニ三足ノ烏有。是ヲ烏兎(ウト)推移(ヲシウツ)ルト云也。月日ノ立ヲ加様ニ云也。押移ト云事月宮殿ニハ十五人ノ童子アリ。一日ヨリ十五日マデ白裝束ニテ月宮殿ニ入リ給フ也。押ト云事。大事也。彼(カノ)童子達ノ宮殿ヲ照(テラ)ス也。十六日ヨリ。黒(クロキ)裝束(シヤウゾク)ニテ入テ遊戯(ユゲ)スルナリ。〔下39オ二〜六〕
頗(すこふ)る往日(わうじつ)の眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるか如(こと)し/頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一徃日ハ過し日也。昵近ハ至て親(した)しき事也。こゝに云こゝろハ其元越中(ゑつちう)の国主(こくしゆ)に任せられたる後ハ遠路(ゑんろ)ゆへ空(むな)しく月日を送りて相見る事も打絶たるゆへ日頃の親(した)しミをも忘れたる故に思ハるゝと也。是ハ至て相見さる事をなげきたる詞也。〔97ウ一〜三〕
とあって、この標記語「昵近」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつ)り遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)頗(すこぶる)往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるが如(ごと)し。随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)音信(いんしん)に預(あづか)ら不(ず)候(さふら)ふ條(てう)密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く隔心(ぎやくしん)の至(いた)り憚(はゞかり)存(ぞん)ずと雖(ゐへども)試(こゝろミ)に推望(すいばう)に及(およ)ぶ。御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)/御任國之後。烏兎押シ移リ遙ニ不ルレ遂ン二面拝ヲ一候間。頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一随而御上洛之處不レ預ラ二音信ニ一候フ條。密契無ク二其甲斐一。隔心之至リ雖二憚リ存ズト一。試ミニ及ブ二推望ニ一御氣色如何シ▲昵近ハむつびちかづくと訓(くん)ず。至(いたつ)て親(したし)きをいふ。〔72オ七、72ウ二・三〕
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつり)遙(はるか)に不(ざる)レ遂(とげ)二面拝(めんはい)を一之(の)間(あひだ)頗(すこぶる)如(ごとし)レ忘(わする)るゝが二往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を一随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)不(ず)レ預(あつから)二音信(いんしん)に一候(さふらふ)條(でう)密契(ミつけい)無(なく)二其(その)甲斐(かひ)一隔心(ぎやくしん)之(の)至(いたり)雖(いへども)二憚(はゞかり)存(そんず)と一試(こゝろミ)に及(をよぶ)二推望(すゐばう)に一御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)▲昵近ハむつびちかづくと訓(くん)ず。至(いたつ)て親(したし)きをいふ。〔129ウ五、130オ三・四〕
Gicqin.ヂッキン(眤近) Mutcumaxu< chicaxi.(昵ましう近し)すなわち,Qimino sobani iru fito.(君の傍に居る人)主君の気に入りの人,または,いつもその御前にいる人.〔邦訳315r〕
ぢッ-きん〔名〕【昵近】したしみ、ちかづくこと。なれしたしむこと。なじむこと。又其人。韓非子「伊尹身執二鼎俎一、爲二庖宰一、昵近習親」北齊書、安コ王傳「殺二其昵近九人一」〔1269-5〕
遂(トグル) 。〔元亀二年本62一〕〔静嘉堂本71四〕
遂(トクル) 。〔天正十七年本上36オ六〕〔西來寺本〕
御任國之後烏菟押移遙不遂面拝之間頗如忘徃日之昵近〔至徳三年本〕
御任國之後烏兎押移遙不遂面拝候間頗如忘往日之昵近〔宝徳三年本〕
御任國之後烏菟押移遙不遂面拝之間頗如忘徃日之昵近〔建部傳内本〕
御任國ノ之後烏兎(ウド)押移(ヲシウツテ)遙ニ不ルレ遂二面拝ヲ一候間頗ル如シレ忘ルヽカ二往日ノ之昵(ジツ)近ヲ一〔山田俊雄藏本〕
御任(ニン)國之後烏兎(ウト)推移(オシウツヽテ)遙ニ不レ遂ゲ二面拝ヲ一之條頗(スコフル)如レ忘ルガ二往日ノ昵近(ヂツキン)ヲ一〔経覺筆本〕
御任(ニン)国ノ之後。烏兎(ウト)。押移(ヲシウツテ)遙(ハルカ)ニ不ルレ遂ケ二面拝ヲ一間頗(スコフ)ル如シレ忘(ワスルヽカ)ワスレタルカ二往日之(ノ)昵近(チツキン)ヲ一。〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・文明四年本に「押移」、経覺筆本に「不遂」と表記し、訓みは山田俊雄藏本・文明四年本に「ヲシウツス」と記載する。
遂(トグル/スイ)[去] 。〔態藝門151四〕
五者(イツヽノモノ)不(ズンバ)レ遂(トゲ)災(ワザワイ)及(ヲヨボサン)二於親(シン)ニ一敢(アヱテ)不(ザラム)レ敬(ケイ)せ乎(ヤ)礼記。〔態藝門401一〕
遂(トグル) 。〔弘・言語進退門44七〕
遂(トグ) 果。極。究。盡/散。思也。〔永・言語門46四〕〔堯・言語門43三〕
遂(トグ) 。〔両・言語門51四〕
遂(トグル) 。〔言語門47一・天理図書館蔵上24オ一〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「遂」「不遂」の語を収載し、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
729御任国之後烏兎推移不∨遂‖面拝|候間 烏ハ日也。兎ハ月也。尭ノ時卞ノ日並出命シテ∨廻ヲ使ルニ∨射∨之。即射落ニ九ノ烏也。又昔シ釈迦菩薩ノ行ノ砌、鳥類草木ニ至マテ仰心アリ。中ニモ猿ハ奉ル‖菓子ヲ|。狐ハ献‖川魚ヲ|。兎ハ无調法ニシテ不∨能ハ∨献ルコト‖一物ヲ|。其時集‖草木ヲ|焼∨身ヲ欲∨成‖佛ノ食ニ|。帝尺ハ感シテ∨之ヲ、天ニ上テ被∨載∨月出也。故ニ云∨尓也云々。〔謙堂文庫蔵六二左A〕
とあって、標記語「不遂」の語は未収載にする。
烏兎(ウト)押移(ヲシウツリテ)遙(ハルカニ)不ルレ遂(トゲ)二面(メン)拝ヲ一之間(アヒタ)頗(スコブル)如シレ忘(ワスル)ヽカ二徃日(ワウジツ)之(ノ)昵近(チツキン)ヲ|隨(シタカツ)而(テ)御(ゴ)上洛(シヤウラク)之處(トコロ)不ルノレ預(アツカラ)二音(イン)信ニ一条(テウ)烏兎押移ルト云事深キ心得有宜ク外典ニ見ヘタリ。月ノ内ニ三眼(ゲン)六足ノ兎(ウサキ)有。日ノ内ニ三足ノ烏有。是ヲ烏兎(ウト)推移(ヲシウツ)ルト云也。月日ノ立ヲ加様ニ云也。押移ト云事月宮殿ニハ十五人ノ童子アリ。一日ヨリ十五日マデ白裝束ニテ月宮殿ニ入リ給フ也。押ト云事。大事也。彼(カノ)童子達ノ宮殿ヲ照(テラ)ス也。十六日ヨリ。黒(クロキ)裝束(シヤウゾク)ニテ入テ遊戯(ユゲ)スルナリ。〔下39オ二〜六〕
遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)/遙ニ不レ遂二面拝ヲ一之間遙とハへたたりたる也。面拝の注前に見えたり。 〔97オ八〜ウ一〕
とあって、この標記語「不遂」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつ)り遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)頗(すこぶる)往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるが如(ごと)し。随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)音信(いんしん)に預(あづか)ら不(ず)候(さふら)ふ條(てう)密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く隔心(ぎやくしん)の至(いた)り憚(はゞかり)存(ぞん)ずと雖(ゐへども)試(こゝろミ)に推望(すいばう)に及(およ)ぶ。御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)/御任國之後。烏兎押シ移リ遙ニ不ルレ遂ン二面拝ヲ一候間。頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一随而御上洛之處不レ預ラ二音信ニ一候フ條。密契無ク二其甲斐一。隔心之至リ雖二憚リ存ズト一。試ミニ及ブ二推望ニ一御氣色如何シ。〔71オ六〕
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつり)遙(はるか)に不(ざる)レ遂(とげ)二面拝(めんはい)を一之(の)間(あひだ)頗(すこぶる)如(ごとし)レ忘(わする)るゝが二往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を一随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)不(ず)レ預(あつから)二音信(いんしん)に一候(さふらふ)條(でう)密契(ミつけい)無(なく)二其(その)甲斐(かひ)一隔心(ぎやくしん)之(の)至(いたり)雖(いへども)二憚(はゞかり)存(そんず)と一試(こゝろミ)に及(をよぶ)二推望(すゐばう)に一御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)。〔129ウ三〕
と・ぐ・グル・グレ・ゲ・ゲ・ゲヨ〔他動、下二〕【遂】成し果(はた)す。行ひ終ふ。成就せさす。萬葉集、四、33「なかなかに、黙もあらましを、何すとか、相見そめけむ、遂ぐとはなしに」源氏物語、十七、繪合3「其の御心ざしをも、とげ給ふべきほどに」後拾遺集、廿、釋教「常ならぬ、わが身は水の、月なれば、世を住みとげん、こともおぼえず」〔1395-5〕
遙(ハルカ也) 緬(同)。燥(同)。遼(同)。杳(同)。〔元亀二年本35七〕〔静嘉堂本38一〕
遙 緬(同)。燥(同)。遼(同)。杳(同)。〔天正十七年本上19ウ六〕〔西來寺本〕
御任國之後烏菟押移遙不遂面拝之間頗如忘徃日之昵近〔至徳三年本〕
御任國之後烏兎押移遙不遂面拝候間頗如忘往日之昵近〔宝徳三年本〕
御任國之後烏菟押移遙不遂面拝之間頗如忘徃日之昵近〔建部傳内本〕
御任國ノ之後烏兎(ウド)押移(ヲシウツテ)遙ニ不ルレ遂二面拝ヲ一候間頗ル如シレ忘ルヽカ二往日ノ之昵(ジツ)近ヲ一〔山田俊雄藏本〕
御任(ニン)國之後烏兎(ウト)推移(オシウツヽテ)遙ニ不∨遂ゲ‖面拝ヲ|之條頗(スコフル)如レ忘ルガ二往日ノ昵近(ヂツキン)ヲ一〔経覺筆本〕
御任(ニン)国ノ之後。烏兎(ウト)。押移(ヲシウツテ)遙(ハルカ)ニ不ル∨遂ケ二面拝ヲ一間頗(スコフ)ル如シレ忘(ワスルヽカ)ワスレタルカ二往日之(ノ)昵近(チツキン)ヲ一。〔文明四年本〕
と見え、至徳三年本・宝徳三年本・建部傳内本・山田俊雄藏本・文明四年本に「押移」、経覺筆本に「遙」と表記し、訓みは山田俊雄藏本・文明四年本に「ヲシウツス」と記載する。
遙 ハルカ/ハルカ也。玄眇遠曠懸遼(レウ)擯創燭晶弑幽核遜徃迅…娠捏梢昭迫希…壅晴縣…虚燥(シヤ)廻冥迩綿闊緬杳已上遙。〔黒川本・辞字門上24オ三〜五〕
遙 ハルカナリ/ハカルナリ。晴燭眇燥悠緬玄寂也幽遠也閑涌反遠曠達懸擯創晶弑幽達核遜徃…捏梢娠相昭迫希…壅迅虚迩綿闊緬杳已上同。〔巻第一・言語門195二〜196六〕
遙(ハルカ/ヨウ)燭(同/ケイ)杳(同/ケイ)[上]悠(ハルカ/ユウ)緬(同/メン)[上] 。〔態藝門83八〕
遙(ハルカ) 玄(同)。遠(同)。眇(同)。幽(同)/悠(同)。緬(同)。栴(同)。〔弘・言語進退門23二〕
遙(ハルカ) 玄。遠。眇。幽/悠。緬。〔永・言語門24六〕
遙(ハルカ) 玄。遠。眇/悠。緬。幽。〔堯・言語門21七〕
遼(ハルカナリ) 。晶(同) 。燥(同) 。〔言語門24四・天理図書館蔵上12ウ四〕
このように、上記当代の古辞書においては、標記語「遙」の語は未収載にあって、これを古写本『庭訓徃來』及び下記真字本が収載しているのである。
729御任国之後烏兎推移不∨遂‖面拝|候間 烏ハ日也。兎ハ月也。尭ノ時卞ノ日並出命シテ∨廻ヲ使ルニ∨射∨之。即射落ニ九ノ烏也。又昔シ釈迦菩薩ノ行ノ砌、鳥類草木ニ至マテ仰心アリ。中ニモ猿ハ奉ル‖菓子ヲ|。狐ハ献‖川魚ヲ|。兎ハ无調法ニシテ不∨能ハ∨献ルコト‖一物ヲ|。其時集‖草木ヲ|焼∨身ヲ欲∨成‖佛ノ食ニ|。帝尺ハ感シテ∨之ヲ、天ニ上テ被∨載∨月出也。故ニ云∨尓也云々。〔謙堂文庫蔵六二左A〕
とあって、標記語「遙」の語は未収載にする。
烏兎(ウト)押移(ヲシウツリテ)遙(ハルカニ)不ル∨遂(トゲ)‖面(メン)拝ヲ|之間(アヒタ)頗(スコブル)如シレ忘(ワスル)ヽカ二徃日(ワウジツ)之(ノ)昵近(チツキン)ヲ|隨(シタカツ)而(テ)御(ゴ)上洛(シヤウラク)之處(トコロ)不ルノレ預(アツカラ)二音(イン)信ニ一条(テウ)烏兎押移ルト云事深キ心得有宜ク外典ニ見ヘタリ。月ノ内ニ三眼(ゲン)六足ノ兎(ウサキ)有。日ノ内ニ三足ノ烏有。是ヲ烏兎(ウト)推移(ヲシウツ)ルト云也。月日ノ立ヲ加様ニ云也。押移ト云事月宮殿ニハ十五人ノ童子アリ。一日ヨリ十五日マデ白裝束ニテ月宮殿ニ入リ給フ也。押ト云事。大事也。彼(カノ)童子達ノ宮殿ヲ照(テラ)ス也。十六日ヨリ。黒(クロキ)裝束(シヤウゾク)ニテ入テ遊戯(ユゲ)スルナリ。〔下39オ二〜六〕
遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)/遙ニ不レ遂二面拝ヲ一之間遙とハへたたりたる也。面拝の注前に見えたり。 〔97オ八〜ウ一〕
とあって、この標記語「遙」の語を収載し、語注記は上記の如く記載する。これを頭書訓読『庭訓徃來精注鈔』『庭訓徃來講釈』には、
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつ)り遙(はるか)に面拝(めんはい)を遂(と)げ不(ざ)る之(の)(あいだ)頗(すこぶる)往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を忘(わす)るるが如(ごと)し。随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)音信(いんしん)に預(あづか)ら不(ず)候(さふら)ふ條(てう)密契(ミつけい)其(その)甲斐(かひ)無(な)く隔心(ぎやくしん)の至(いた)り憚(はゞかり)存(ぞん)ずと雖(ゐへども)試(こゝろミ)に推望(すいばう)に及(およ)ぶ。御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)/御任國之後。烏兎押シ移リ遙ニ不ルレ遂ン二面拝ヲ一候間。頗如シレ忘ルヽガ二往日之眤近ヲ一随而御上洛之處不レ預ラ二音信ニ一候フ條。密契無ク二其甲斐一。隔心之至リ雖二憚リ存ズト一。試ミニ及ブ二推望ニ一御氣色如何シ。〔71オ六〕
御(ご)任國(にんこく)之(の)後(のち)。烏兎(うと)押移(おしうつり)遙(はるか)に不(ざる)レ遂(とげ)二面拝(めんはい)を一之(の)間(あひだ)頗(すこぶる)如(ごとし)レ忘(わする)るゝが二往日(わうじつ)之(の)眤近(ぢつきん)を一随(したがつ)而(て)御(ご)上洛(じやうらく)之(の)處(ところ)不(ず)レ預(あつから)二音信(いんしん)に一候(さふらふ)條(でう)密契(ミつけい)無(なく)二其(その)甲斐(かひ)一隔心(ぎやくしん)之(の)至(いたり)雖(いへども)二憚(はゞかり)存(そんず)と一試(こゝろミ)に及(をよぶ)二推望(すゐばう)に一御(ご)氣色(けしき)如何(いかん)。〔129ウ三〕
はる-か-に〔副〕【遙】〔はるかハ開處(はるか)の義〕(一){距離、遠く隔りて。甚だ離れて。はるに。字鏡17「悠、長也、遐也、波留加爾」千載集、十、賀「白雲に、羽うちかけて、飛ぶ鶴の、はるかに千世の、思ほゆるかな」續拾遺集、四、秋、上「伏見山、麓の霧の、絶え閧謔閨Aはるかに見ゆる、宇治の川浪」玉葉集、四、秋、上「色色に、ほむけの風を、吹きかへて、はるかにつづく、秋の小山田」「遙に遠し」遙に隔つ」(二)時、甚だ過ぎて。久しく。太平記、二、阿新殿事「はるかに御湯も召され候はぬに、御行水候へ」平家物語、七、一門都落事「泣泣遙に掻口説き、骨をば高野へ送り」「時遙に過ぎて」(三)甚だ違ひて。「遙に勝る」遙に劣る」遙に善し」〔1639-3〕
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