醒睡笑 上 序 ころはいつ。 元和九癸亥の年。 天下泰平人民豊楽の折から。 某小僧の時より耳にふれておもしろくおかしかりつる事を。 反故の端にとめをきたり。 是年七十にして柴の扉の明暮れ心をやすむるひまひま。 こしかたしるせし筆の跡を見れは。 をのつから睡をさましてわらふ。 さるまゝにや是を醒睡笑と名付。 かたはらいたき草紙を八巻となして残スのみ。 巻之一 名津希親方 一 いろはをもしらぬ。 こさかしき俗ある。 東堂の座下にまいり。 我/\年もなか半ふけ。 我名にてあらんもいかゝに候。 何とそ。 左衛門か右衛門と。 名をつきたきよし望しかは。 東堂大かたそちのつきたひと。 おもひよりたるを。 いふてきかせよとあれは。 さらは日本左衛問と。 つきたきよし申しけり。 東堂あさわらつて。 さやうの大いなる名は。 めつらし過て。 愚僧まて。 人のほうへんせんするは。 いかにとあれは。 くたんのおとこ。 いやあまり大なる名とは存候はす。 とう左衛門とつきたるさへ御座候は。 一 かたのことく人のもてはやす侍有しか。 いろはよりほかには。 かなかきの文をさへ。 よむ事なし。 ある時地下人参りて。 我名をかへたきよし望ければ。 れいの。 いろはをかたはらにをき。 い兵衛とつけうかやいやそれならは。 ろ兵衛とやつけんいや。 は兵衛。 に兵衛。 ほ兵へとつくれもいやたゝ今すこしなかうてはねた名をつきたふ御座あると申たれはさらは。 へとち左衛門とつけうすといへり。 一 心うきたる侍のひくはんに。 五十にあまるものあり名を弥十郎とそいひける。 有時主たる人。 かの弥十郎をよひ出し。 そちは年よりもあまりに。 名かわかひほとに。 けふからは右馬丞になれやと。 ありしとき。 ゑみをふくみ。 いひいひと。 わらひけれは。 きやつを馬丞とつけたれは。 いさみてはやいなゝいたよと 一 佐渡に本覚坊といふ山伏あり。 冶部卿とて弟子を持しか。 あるとし名代と号し。 峰入させけり。 雲に臥岩を枕の難行事終り。 本国にかへりぬ。 師の本覚たいめんのとき。 冶部卿申けるやう。 今度は先達憐愍を加へられ名をくはへ大夫になされて候とかたりけれは。 なにと大夫になつた曲事なり。 われさへさやうに。 大なる名をはつかぬに。 中中の事也さりなから。 本山にてつきたる名をよはぬも又いかゝなるでう。 たゝ中夫になれとそなをしける 一 禅門になりたる者にむかひ。 名をは道見といふへし。 人ありてよみをとはゝ。 道はみち。 みはみるとよむとこたへよ。 かしこまりて候有難しみるといふものは。 そのまゝひしきに似たるものゝ事て御座あるほとに中中忘は仕まひといひしに。 そちか名は道はみちてあらふす。 見はととへは。 みはひじき 一 小性の名を。 かけがねとつけてよふ人あり。 なんの遊へそやとあるしにとひけれは。 たゝの時は。 わかまへに居るやうなるか。 少なりとも用のあるときなれは。 はづすといふ心なりと 貴人之行跡 一 信長公に対し。 公方御謀叛の時節。 御出馬ありて。 上京放火なされしことありし後。 連一検校御前に候て。 今度御陣洛中のさはき。 上下おちおそれたる事。 前代未聞と申上けれは。 さあらふする。 さてそのおそれたるやうすはと仰あれは。 上京に火かゝるとみて。 二条に候ひし者の妻。 まつ我子をさへ。 つれてのけはすむと思ひ。 三つ四つなる子をせなかにおひ。 はしりふためき。 四条の橋のもとまてにけきたり。 あまりくゝ[る]しし。 ちと子をおろして。 やすまんとおもひ。 地のうへにたうとをいて見れは。 石うすにてぞ候ける 一 大名の世にすくれて。 物見なる大鬚を持給るあり。 あまりにひけをまんし。 くる程のものに。 [世の人]わか鬚をはなにといふそととひ給ふ。 世上に殿様の御ひけをみるものごとに。 からものと申さぬ者は。 御座ないと申あへり。 大名うちゑませたまひ。 けに誰もさいふよとひけをなてなてして。 そこなる者こえよと。 まねかせたまひ。 身ちかくよせ。 さゝやきて。 みつから鬚をとらへ。 弓矢八幡日本ものぢゃ 一 大名のもとへ客あり。 振舞に湯漬出たり。 其席へまた客あり。 それにも膳をすへたり。 又客来あり。 膳を出せとあれ共つゐに出かぬる時。 物まかなふ者をよひ出し何とててまをいらぬ事のをそきや。 湯をえわかさぬかと。 はをぬかるゝ時。 手をつかねて。 湯は御座るか。 つけか御さなひと申たるにそ。 とつとわらひになりにける。 〔身+空〕 一 腑のぬけたる仁に。 ゑびをふるまひけるか。 赤を見て。 これはむまれつきか。 又朱にてぬりたるものかととふ。 生得は色かあをけれと。 かまにていりて。 あかふなるといふをかてんしゐけり。 ある時侍の馬にのりたる先へ二間半柄の朱鑓二十本はかりもちたる中間とものはしるを。てをうつて扨も世はひろし。 奇特なる事やと感する。 なにをそなたはかんするやととひたれは。 其事よ今の鑓のえのいろは。 火をたひてむいたものちやか。 あれほとながひなべか。 よふあつた事やと 一 藤五郎とてこさかしき者と。 専十郎とてうつけとともに在京するにおなしやと也。 二人つれたち。 講堂の風呂にいらんとす。 藤五郎此程専十郎かうつけをおかしく見つけ。 幸の事や。 小風呂にてあたまをはらんとたくみ。 かまへて専十郎。 京のならひに。 風呂に入ものは。 必あたまをはるそ。 腹をたつるをいなか人といふ。 はられてもこらゆるか。 都人そといひをしへ。 小風呂にともなひ入。 おもふさま目とはなの間をはりけり。 専十郎いふ。 はやくはせたはとさたするなするなとて。 又一つはりてけり。 藤五郎またくはせたはと。 専十郎おもふやう。 我計はられてかへらんは。 本意なしとあんし。 老人のよほよほと入ものをまちて。 おつおつ一つはりたれは。 かのあひて。 大に腹を立。 いつくのうつけめそ。 是非はりかへさんとわめく時。 専十郎いふやう。 藤五郎いかひいなかものかあるは。 初心ものちやと 風呂たきの我身はすゝになりはてゝ人の垢をはおとすものかな 一 有人銭をうつむ時。 かまへて人の目には。 蛇にみえて身かみる時斗。 銭になれよといふを。 内の者聞居て。 そと銭をほりてとりかへ。 蛇をいれてをきたり。 件の亭主。 後にほりてみれは蛇あり。 やれおれしや。 見わすれたかかと。 幾度もなのりつるこそ聞事なれ 一 男子一人あり。 親のとふらひとて。 神子を請し口よする時に。 神子いふ親者人は。 ふなになり水にあそふそ。 心やすくおもへと。 さらは池をほり鮒をたくさんにはなし。 毎日食を投あはれむ事年久し朋友よりあふたひに。 汁にせよかしとすゝむれとも。 かつてゆるさす。 かゝりしか主人を。 うつけとみなし。 ある時をして。 ふなをとり汁にするさへおかしきに。 子にむかひまつ汁をすふてみよといふに。 うけとり一口すふて。 あつたら親ちや人に。 しほかなひと申事は 一 十人計つれたちて。 北野へ夜ふかに参詣しけり。 廿五日くんしゆなれはをしおされ。 下かうする道すから。 夜もほのかにあけぬ。 友達の中に。 一人腰のまはりをみれは。 脇差のさやはかりに。 刀をそへてさしたり。 こは何としたそといふに。 肝をつふしたり。 さやをぬきふいてみつ。 たゝいて見つすれともなし。 あけくにいふ事は。 おれなれはこそ。 さやをとられね 一 少たくらたのありしか。 人にむかひて。 我は日本一の事をたくみだいたわと。 何事をかととふ。 されはよ。 うすにて米をつくをみるに。 勿論したへさかるきねはやくにたつか。 上へあかる杵かいたつらなり。 所詮上にも臼を。 かひさまにつり。 米を入てつかは。 両ともに米しろみ。 杵のあけさけそつになるまひと。 思案したりといひもはてぬに。 扨つりさけたるうすに。 米の入やうはととへは。 実に其思案はせなんたに 一 石州に板持といふ侍あり板持のかたへ客ある。 家のおとなの若狭守出合て。 座敷へ請し。 主人は他行に候ともてなし。 よきにあひはからふなかはふと障子をあけ。 みつから顔をたゝいて。 若狭よ若狭よ。 我は留守の分そと とらへてをかんやうもあるまひ 一 七月風流を他郷にかくる。 太良左衛門といふ地下のとしよりなれは。 かれかもとに集りならしけり。 狂言をするもの。 うつけたつ土民に。 此烏帽子風流に入ものそ。 うちにわたすといひをしへ。 即 彼てゐにをきぬ。 かくて一両日も過風流をかくるみちみちにてえほしはあるかととふに。 中中あるとこたふ。 唯今狂言に出るとき。 えほしをこひけれは。 太良左衛門殿の。 土居にあるとの返事は  いつれも時の筈にあはぬをは太良左衛門か出居のえほしとそ 吝太郎 一 すくれてしはき者。 たまたまえたる客あり。 何をかなとおもひて。 在郷の風情なれは。 心斗やなとゝいふ所へ。 とふふはとふふはとうりに来れリ。 亭主とうふをかはんさりなから。 小豆のとうふか。 いやいつもの大豆のて候と。 それならはかふまひ。 めつらしふあるまひ程にと。 亭主の口上作意あるやうにて。 とかくきたなし。  人 性 欲 平 嗜 欲 害 之 と 淮南子にも書たり 一 客来るに亭主て。 飯はあれとも。 麦飯ちやほとに。 いやてあらふすといふ。 我は生得麦飯かすきちや。 麦飯ならは三里も行てくはふといふ。 さらはとてふるまひけり。 又有時件の人来る。 そちは麦飯かすきちや程に。 米のめしはあれとも。 出さぬといふにいや。 米の食ならは。 五里もゆかふとて。 又くふた 一 ある芸者の親子つれたちて。 貴人の前に侍しか。 子にて候十四五歳なる者。 大名の御座ある。 まはりにありし。 わきさしののしつけをとりて見。 ひたものほめけれは。 親かいひける様。 さやうにおこしのものなとをむさとほめぬものそよ大名はひよくとくたさるゝ事か。 あるものちやにと 一 われは増水きらひなりと。 つねにいふ者あり。 晩かた増水なかはへきたる。 ちと申さんすれと。 おきらひなるまゝ。 是非なしとあれは。 何とこのそうすいに。 胡椒はいらぬか。 いやいらぬ。 それならは。 ちとたべふと 賢達て 一 ぬからぬかほしたる男。 大名のもとへ参る。 何とて久しくみえなんたそ手をついて此一両月は。 癲癇気に取紛。 不参仕 候と申上候。 友達と座を出るに。 そちは咳気をこそわつらひつれ。 ありのまゝ申さすして。 いらぬ病の名をいひつる事よ。 いやがいきは。 初心に誰も知たり。 ちとこばかし。 てんかんといはひては 一 古道三。 洛中歩行の折節ある棚のかたはらに。 青磁の香炉。 おもはしきあり。 立よりうつけたるふりに。 此かうろんいくらと。 とはれし。 内よりなにとはねても。 銀二枚と 一 ある僧小者を一人つれて。 銭湯に行。 帯ときふためきて。 頭巾かつきなから小風呂に入りぬつねに何事も。 利口をいふかにくさに。 小者もみぬふりし。 二風呂めに頭巾をとりたうはてといひけれは。 さはかぬていにあたまをさくり。 もはやとらふかなと 一 花見の興のかへるさも。 暮かれ時になりぬ。 道のほとりに。 人のたちたるすかた有けれは。 あたまをさけ。 手をあはせて礼をする。 つれの者。 あれは石塔なりといへは。 彼人いふ。 当世はあれていの人にも。 礼をしたるかよいと 一 力はさのみなふて手のきいたるを頼みにして。 相撲をすく男あり。 又手をとる心はすこしもなくて。 たゝちからのあるをうでにして。 相撲をこのむ坊主あり。 双方名乗あひ。 僧と俗といくたひとれとも。 力のつよきにより。 手をやくにたてす。 坊主かちとをしけれは。 俗腹をたち。 見物のおほき時。 まけてのき様に。 高高と声をあけ。 いかほとの坊主ともすまひをとりたるか。 あの入道ほと。 すしくさいやつに。 あふたことかないと悪口はかりにかちしおかしさよ 一 かわさうりをはきてありくもの。 あやまちに足をけやふり。 ことのほか血なかるゝをみて。 笑止やいかにといふものあれは。 いやくるしからす。 むかしよりかわをにぬるちとある程に。 さてよいさくやと人人ほめけれは。 われもほめられんは。 やすき事也とたくみ。 足をやふり。 血をなかす。 何としてと。 人のとふとき。 いや是は大事なし。 昔もいろはにほへととあるほとに 巻之二 謂 被 謂物之由来 一 いつれもおなし事なるをつねにたくをは風呂といひたてあけの戸なきを。 石榴風呂とは。 なんそいふや。 かゝみゐる。 いるとのこころ也 一 隋八百とは何をいふ。 婿か舅のもとにゆき。 いんきんに一礼ありて後。 しうとのいふやう。 今まては公界むきの由。 此後は隋をいたいて。 あそはれ給へと。 婿きゝて肝をつふし。 京へ俄かに隋をかひにのほする。 高声にすいをかはんとよふ。 利口なる者行合。 石亀の子をいきすい是なりとて。 八百にうりたり。 婿悦ひ座敷へもちて出。 隋を出しまいらするとて。 あゆませたり。 それより隋八百とはいふたとおかしや 一 いそかはまはれといふ事は。 ものことにあるへき。 遠慮なり。 宗長のよめる  武士のやはせのわたりちかくともいそかはまはれ瀬田の長はし 一 物を無用といふ詞のかはりに。 よしにせよと云は  あら塩も戸さしもよしやするかなる清見か関は三保の松はら  此歌にて心得ぬへし。 三保の松原の面白景を詠ゐは。 関にをよはす。 えゆくまひほとに。 清見か関はよしにせよとよめり 一 なへて上臈かたには。 さゝらんといふを禁中には。 まちかねとかや。 もてあつかひ給ふ事。 こぬかといふ。 言葉のえんにや 一 わらんへは風の子としるしらす世にいふは何事そ。 夫婦のあひたの子なれはなり 一 理をは非になし。 非をは理になし。 顔をあかめ興をさまし。 むさと物毎よこさまにわめく者を。 なへて世の人あれは。 いかひとろふみよといふ事。 はたしちやとのえんこなり  春雨の風にしたかふかひとうは  しるくなれともはやかはきけり 一 京にて乗物をかき。 あるひは庭にてはたらくおとこを。 六尺とはなといふならんさる事候。 屋敷につき。 家につけたゝみに付。 一切竪横間をさたむるに。 田舎のは一間を六尺にとる法なり。 都のは間尺を六尺三寸にとつて。 一間とする法なり。 されは亭主をは都六尺三寸の間にとりつかはるゝ。 男をは田舎六尺の間にとる。 其故は主人たる人の心と。 ものことはらりとちかひて。 まにあはぬゆへに。 かの下人を六尺とはいふと也 落書 一 田中の真宗とかや云者。 ちいさき茄子の茶入を所持し。 けしからす秘蔵して出しけれは  二服さへいらぬ茶入の生茄子あへて其身のかほよこしかな 一 摂津国高槻の城主たりし。 和田といふ侍。 信長公御前。 世に越出頭かほあり  信長のきくはやふるゝ京小袖わたかさしてゝみられさりけり 一 山門より。 三井寺を打やふり。 鐘を叡山へとりし時  三井寺の児ははしろになりぬらんつくへきかねを山へとられて 一 越中の大守神保殿は美濃土岐殿の婿にてありし其御台我意にまかせてよろつ作法みたりなりけれは  神保か家はやふれの窓障子みのうすかみのはり異見かな 一 甲斐の国。 武田信虎公の息女を。 菊亭殿へ契約ありしか。 いまた婿入もなきさきに。 信虎公菊亭殿へおはしける時  むこいりをまたせぬさきの舅入きくていよりもたけた入道 一 諸行無常を。 無常諸行と書たる。 そとはのわきに  無常とはいかなる人の諸行そやそとははつかし内にたてをけ 一 奈良の春日山に。 朽木のしたゝかころひて。 いくらともなくあり。 それを禰宜衆の中より。 しのひしのひにとるなとゝ。 沙汰しけるに  風ふけはをきつころひつ禰宜達の夜はにやきみにひとり行覧 一 将軍様対し。 石田治部少将心かはり仕関か原陣にかけまけ捕人となり。 頭をはねられし時  雄長老  大かきの陣のはりやうへたけにてはやまくれたるしふのせうかな 一 慶長十九年の冬。 将軍様大坂の城へ。 よせさせ給ふ時。 日本六十余州の軍兵。 一騎ものこらす出陣ある。 本陣は天王寺の。 茶磨山にてありしを。 何ものやらん  大将はみなもとうぢの茶磨山引まはされぬ武士そなき 婦者とのる 一 仁物らしき男。 〓〔木+力(ざる)〕の前後に鯛を入になひ。 たいはたいはとうりけるを。 ある家のぬしよひいれて。 けしからす寒き日なり。 まつちと火にもあたり。 茶をものみておとをりあれ。 ちらと一目みしより。 是はたゝならぬいにしへはさもありし。 御身なりしか。 思はすも。 世におちふれて。 かゝるわさをもし給ふにやと。 涙をこほし候ぬといひけれは。 しつかに火にあたり。 茶なとのみて。 たちさまに大なる鯛を一つ。 亭か前にさし出したり。 こは何としたる事をし給ふと。 しんしやくしけれは。 いやけふは心さす。 せんその頼朝の日なりと 一 壁に耳ありといふ事をわすれ。 そんてうそれは。 中中人てはないといひ出しけるかうしろをみれは。 其仁ゐたり。 肝をけして。 たゝいきほとけちやといふ。 そしらるゝ人ほむるを聞てよろこひ。 そのまゝあみたの印をむすひたる事よ 一 奉公人のはてとおほしきか宿をかり。 四方山の事をかたりつくしけり亭ほめていかさま。 たゝの人はみえ候はす。 もはややすみ給へ。 夜着をまいらせんやといふ。 いやいかほとの野陣山陣をせうせうさむき事をはしらす。 無用といふて。 きのまゝいねけるか。 夜ふくるにしたかひ。 ひたものさむし時に亭主亭主是のねすみには。 あしをあらはせたかととふ。 いやさやうの事はなしとこたふ。 それならはむしろを一二枚きせられよ。 鼠かきた物をふまは。 さむかろふすにと 一 ある人連歌の席に句を出し。 けしからす慢したる顔を見つけ。 わきからいき天神天神といふて。 膝をつきけれは。 あまりなつかれそ。 社壇かゆるくにと。 申され事は 鈍副子 一 小性をおきて。 心みに茶をひかする。 事の外あらし。 是はとしかりたる時。 ちと座をしさり。 それはまつあらびきて御座ると。 さてさてをのれは。 日本にまたふたりともあるまひ。 うつけやとあれは。 又きつと手をつき。 いや日本もひろふ御座る程に。 御尋あらはまたも御さらふと 一 病癒て後よろこひ事のふるまひあり。 さかもりのなかは。 台のものに鶴のつくりたるをとりあけ。 鶴の舞を見はやなとはやされ。 よきふりにまひ収しをみ。 一腑ぬけたるおかた。 立て床にたてたる矢を取。 手にもち。 やまひをみはやなとはやされ。 また矢を一つとりそへ。 二つのやのねをつき合。 羽のかたを左右へなし。 なかやまひを。 みはやなと。 舞おさめふりは 一 石州銀山にての事そとよ。 常により合ぬる者。 一人入道し。 法名を芝恩とつく。 友達に鈍なる男ありて。 つゐに芝恩と云名をわすれ。 お禅門お禅門とよふ。 禅門腹立し。 しをんといふ草あり。 みられた事はなきか。 いやまたみぬと。 さらは見せんとてつれたち。 ある人の前栽へ行。 しをんと。 しやかと。 花さきてありしを。 これはしをん。 これはしやかといふとをしへ。 此しをんの花の名を。 よくおほゆれは。 わか名と同しことそ。 わすれ給ふなと。 いひふくめてかへりぬ。 件の男領掌しけるか。 又二三日ありて後よりあひし時。 しをんはうちわすれ。 さてもしやか。 お久しいと申たり 一 始て奉公する者あり。 お殿様。 おわかう様。 おかみさま。 何にもおをつくる。 主人閑れにむかひ。 むさとおの字をつけまひ。 聞にくしとあり。 其後膳をすへ跪ゐけるか。 主の鬚に飯粒つく。 右の男殿様の。 とかひに。 たひつふか。 ついたと 一 人くらひ犬のある処へは。 なにともゆかれぬ。 なとかたりけるに。 さる事あり虎といふ字を手のうちに書てみすれは。 くらはぬとをしゆる後犬をみ虎といふ字を書すまし。 手をひろけみせけるか。 なにの栓もなく。 ほかとくふたり。 かなしくおもひ。 ある僧にかたりけれは。 すいしたり。 其犬は一円蚊文盲に。 あつたものよ 一 越中に。 井見の庄殿と云大名あり。 世にすくれたるうつけなりしか。 母儀常にくやみ歎給ひしか。 ある時の見参に。 笑止やそなたは。 うちのものあなとり。 何事もいひたきまゝにいふて。 道なき作法ときく。 ちと折節は。 はをもぬき。 折檻もあらば。 さほとまでは有ましき物をと。 教訓あれは。 心得たりとうけごひ。 是非ともに。 一はぬかんものをと。 たくまれし。 去程に八朔の礼とて。 諸侍出仕ある。 家老の人申様。 今日の御祝儀。 千秋万歳。 ことに天気よくてと。 いはふなかはに。 彼大名なにと御祝儀てんきもよしと。 左右いひたきまゝには。 いはひせまひそ 一 洛陽にて浄土宗の寺へ。 尼公のまいられ。 一人の弟子をよひ出し。 十念をうけたき由。 披露してたひ候へとありしかは。 心得たるとて。 方丈に行。 下京にて。 なにといふの。 によにんの参りに候と。 申もあへぬに。 長老はをいたし。 上臈とか女房とこそ申へけれ。 によにんといふ事やあると。 大にしかられ。 弟子の返答に。 そなたは我に。 阿弥陀経ををしへて。 善男子善女子と。 いへといふておゐて。 今はまたさういはぬとは。 一事両様なる事をなと。 さんさんにからかひて。 おもてへ出ける時。 尼公赤面して。 せうしやお機嫌のあしきをとする。 下向せんやと申されたれは。 弟子いふいやくるしうも候はす。 ちと女房ことのいて入て御座あると 一 小僧あり小夜ふけて。 長棹をもち。 こなたにふりまはる。 坊主是をみつけ。 それは何事をするそととふ。 空のほしがほしさに。 うちをとさんとすれとも落ちぬと。 扨々鈍なるやつや。 それ程さくかなふてなる物か。 そこからは棹かとゝくまひ。 やねへあかれと。 おてしはとも候へ。 師匠の指南有かたし  星ひとつ見つけたる夜のうれしさは月にもまさる五月雨のそら 一 わかき男の婿入するといふに。 知音の者。 異見し。 かまへて時宣を出かせ心得たるよしにて行しか。 一円言のはなし。 あまりほゐなくおもひ。 立さまに手をきつとつき。 此中柱はこなたのて御座あるか。 とれからまいりたるそ 一 京にて口わきしろき男。 ちと出家をなふり。 りくつにつめて。 あそひたやと思ひつゝ。 さかしき人にむかひとふ。 やすき事なりをしへん。 なんち沙門にあふた時。 お僧はいつくへといふへし。 さためて風にまかせてと。 いはれんするその時。 風なきときはいかんといへ。 やかて閉口すへし。 此をしへをえ。 ある朝東寺の門前にて。 出家に行あふ。 あらお僧は。 風にはおまかせないよのと 無智之僧 一 大般若を転読の施主あり。 かたちはかりは出家の身。 よむへきあてはなけれと。 いかやうにも座をはり。 布施を得たき望あるゆへ。 法衣をまとひ膝をくみ。 人々大般若波羅密と。 声高によめは。 経をひろけおなし調子にあけ大たんな三蔵法しめか。 ようないものをもてきてをゐて。 人になんきをかくるはやといへとも。 人はきかなんたけな 一 千部購読の請状まはりけるに。 一文不知の経たつ坊あり。 つかふ小者を松若といふにむかいて。 此度の出仕生涯の大事とおほゆるそ。 をのれねふりをとゝめ。 我うしろの方にきつとゐよ。 もしよふに返事おそくは曲事ならんといひつけ。 かくて大衆の座につらなり。 読経すてにはしまり。 序品第一とつくるから。 彼経たつはう。 松若松若といかにもしつかにいふ。 連読少もちかはさりしか。 経しどろよみの時。 例の馨をひしとうちきる。 彼坊か唯一人松若とよみたり。 松若やつと返事するに。 お湯のまふと 祝すくるもいな物 一 けしからすものことにいはふ者ありて。 与三郎といふ中間に。 大晦日の晩いひをしへけるは。 今宵はつねより。 とくやとに帰やすみ。 あすは早々おきて来り。 門をたゝけ。 内よりたそやととふ時。 福の神にて候とこたへよ。 すなはち戸をあけて。 よひいれんとねんころにいひふくめてのち亭主は心にかけ。 鶏のなくと同やうにおきて。 門にまちゐけり。 あんのことく戸をたゝく。たそたそととふ。 いや与三郎とこたふる。 無興中中なから門をあけてよりそこもと火をともし。 若水をくみかんをすゆれとも。 亭主かほのさまあしくて。 さらに物いはす。 中間ふしんにおもひ。 つくつく思案しゐて。 よひにをしへし。 福の神を打わすれ。 やうやう酒をのむころに思ひ出し。 仰天し膳をあけ。 さしきを立さまに。 さらは福の神て御座ある。 おいとま申まいらするといふた 一 ある女房のもとに。 つかはるゝ下主の名を。 福といふありき。 大年のゆふへ。 下主にむかひ。 そちはよひから。 やとへゆきてやすみ。 あすはとくおききたり。 門をたゝけとひまをやりぬ。 夜もふけ過て。 五更にをよへともきたらす。 されとも門をたゝくをとせり。 すはやとおもひ。 たれそといふに。 返事なし。 あまりにたへかねて。 福かやれといひけれは。 いや与二郎て御さる。 なにしに福てあらふ。 福はよひからよそへ。 ゐたものをとて。 つふやきける 一 行暮て。 旅人立寄。 一夜の宿をかりし。 亭主出合物かたりのついてに。 客はいかなる芸能の候そと。 ちと歌道を心得てあり。 さらは幸の仕合也子をあまたもちたるに。 いはふて発句を。 さたあれかしと望時  むすこたちかしらかたかれ石仏 一 町人のものいはひするあり。 大晦日に薪を買。 庭なる棚につませけるか。 何とやらんくつてさうなり。 亭主あやうき事に思ひ。 下主にむかひて。 もし五ヶ日のうちに。 あれなる薪か。 くつれはくつるゝといふな。 薪かめてたるなるといへとをしへけるか。 はたして元三のかんをいはふとき崩かゝれり。 下主なふ与二郎。 たきゝかめてたふなるはとよふ。 与二郎はしりきたり。 まかせてをけ。 与二郎かをらふあひたは。 何ともあれ。 めてたふはなすまいそと 一 人にすくれて物いはふ侍。 今夜の夢に梟か家の内へ。 飛入たるとみたはとあれは。 被官の候てそれは目出し。 鬼はそとへ。 ふくろは内へと。 申ならはして候程にといへは侍大に悦喜し。 小袖を一重つかはしけり。 いかにも鈍なる傍輩是を見。 我にも夢物語せられよかし。 気にあふやうにいふて。 小袖をとらん物をとおもひゐつるか。 彼主人ある朝。 又此夕部われかあたま落るると。 夢みたはとかたるに。 かの鈍なる男ふと出て。 それこそめてたき。 まさ夢まさ夢とそ申ける 一 元三をいはひ膳部とりあつめ。 目出たひなといろいろいしたゝめてすはりぬ。 盃あなた此方と。 めくるなかは。 十計なる惣領。 ふと座を立。 親の汁に残れる。 鯛のかしらをとりて。 手かひの犬をよひ。 これはとゝのかしらそ。 くらへといふに。 又七つ八つなる娘のはしり行。 母のくいのこせる。 魚のほねをもちて出。 これはかゝのほねそ。 くれへといひし無興者 巻之三 文字知顔 一 六十はかりのいかにも分別かしこかほの禅門。 わか子に。 さいもくの注文かゝするとて先材木の事と。 口にかけとこのむ。 その時むすこ材の字何とかき申そといへは。 まつ木へんにかけ。 さてつくりはととへは。 つくりはかなてかけといふた。 あけくにそれほととんてはなに事も成まひと申された。 一 作意ある人のかふ犬有。 名を廿四とつけたり。 廿四廿四とよへはきたる。 なにとしたる子細にやととふ。 しろく候はさて実も実もとかんし家にかへり。 白犬をもとめ廿四とよふ。 いかなる心持そとたつねられしらうとは 一 武士たる人の殿殿といふか。 殿の字のこゑは。 てんとをしゆる。 又月といふ字のこゑはくわちとしゆる。 此二字をならひえて。 いかさまはれかましきところにて。 いひ出さんとたくまれけるかあるときやかたに座敷能の始りしを。 もの見のため。 人おほくあつまりゐけり。 其砌彼武士。 威儀をけたかくかいつくろひ。 てんはらよてんはらよ。 それにゐる者共を。 えんから下へくはちこかせと。 せんないたしなみさうな 一 脈とては。 浮中沈をも七表八裏九道とも。 四の名をさへ。 しらぬ程の医者有。 脈を取て後病者にとふ。 胸はいたむ心ありや。 中中あり左右てあらふ。 脈に左右候。 扨足はひゆる事ありや。 いやあたゝかな。 左右てあらふ脈にさうある。 頭痛ありやいやなし。 左右てあらふ脈にあふたと。 此作法にてもおくすし様てはある病人となりて薬を申うけんはこわ物ちやの 不文字 元日にかんをいはふ所へ。 数ならぬもの礼に来る。 亭主膳を出せといふに。 そのまゝすへたり。 亭うれしけに。 積善の余慶ちやなとかんするを聞。 さてはかやうに。 下には芋大根をもり。 中に餅。 上にとうふくゝたちをもるをは。 積善の余慶といふ事よとおほえてたち。 件の者。 又さるかたへ行善出たり。 みれは今度のは。 とうふとくゝたちを下にもり。 中にもち。 上にいも大根をもりたり。 箸をもちてほめけるは。 さても此余慶の積善は。 一段あたゝかに。 出来まいらせたよと申けり 一 おなしやうなるもの。 三人友なひて。 貴人のもとへ行。 先上座の者とく罷出候はんを。 我等の子持か乳に癰出来なをりては平癒し。 平癒してはなをり。 正月より此三月まて。 それに取粉参りをくれたりといひけれは。 次に座したるか膝つき爰な人は御前て左様のかたことを申ものか。 なをるとは平癒。 へいゆうとはなをる事也。 一つことはをくり返し何事そや。 さやうの丈尺は。 かさねてつかはしますなといふを。 其次の者きゝて。 さても御身の丈尺ことははなんそ。 大工やなとのうへにこそいふことはならめ。 御身たちかかたことをいふをきゐて。 おれかかほはそのまゝ。 せきはんしたよと 一 人皆歳末の礼とて。 持参しゆく。 たちさまに。 来春はおほしめすまゝの。 御祝儀申さんといふを聞。 文盲なる者口まねをし。 さきさきにて。 来処は思召まゝに御さらふと申せし 一 三人行合て一人かいふ。 さてさて昨日のなゆは。 又一人いふなゆてはなひ。 しゆしんかほんちや。 今一人かなゆやら。 しゆしんやらしらぬか。 世はねつするかとおもふた 一 物書者をたのみ。 文一つあつらへてあて所をとへは。 新のくと書て給れ。 新六とこそかゝるれ。 のくと云字はしらぬ。 扨そなたはあさましや。 六日市のむいの字をさへしらいでと 一 侍めきたる者の主にむかひ。 おかへの汁おかへのさいといふを。 さやうのことはは。 女房衆の上にいふ事そとしかられ。 けにもと思ひゐけるか。 ある時主の上臈にともして。 振舞よりかへりたるに。 主人座敷の始終をとはる。 朝食の上に。 はやしの候つると語。 うたひはなになになとゝありしかは。 聊は存せす候。 なにもとうふこしに。 うけたまはりてあるほとに 一 昨日は一日妙円寺といふ寺に。 あそひつるはとかたる。 つゐにきかぬ寺や。 妙は妙法の妙にてあらふす。 ゑんはぬれゑんちや。 いやとよかきやうは。 わらひなわのまはしかき。 こゝな人は字の事をとふにといへは。 字はすな地ちやと 一 ちとかなをもよむ人のいひけるは。 此程つれつれ草を。 さいさいみてあそふか。 おもしろふ候よとありしかは。 其座に居たる者さし出てかまへてくちあたりよしと思ふて。 おほくおまいるな。 つれつれ草のあへものも。 すくれはとくちやときいたに 一 永玄といふ禅門あり。 人来りてそちの名は。 ゑいはなかゐてあらふ。 玄はくろけんかといふ。 いやしろけんといひし。 知音する者聞伝へ笑止におもひ。 此後源をとはゝみなもとといへ。 かつてんかつてん案のことく。 源をとふ時。 むなもとゝこたへつるとそ 一 了有と名をつけて了はと人のとはゝみゝかき了とこたへよとこそこそおほえやすきよい字ちやとまてはほめつるか了はとゝはれみゝ閑きて御さるといひけり 一 ものはかゝねと利口なものに。 てんひんとはなにとかくそや。 継母とかくとこたふ。 それは不都合なる事といふ。 されはこそ唐から本の文字はあらふとまゝよ。 まゝ母とかくかよひ。 なせになれは。 くへとくはねとたゝきたかる 文之品々 一 根来にて岩室の梅松とかや。 聞えし若衆に。 きこつなき法師の。 おもひをよせなからいひよらんたよりもなけれは。 せゝりかきする人をかたらひ。 文を一つかきてくれられよ。 文章の事は。 われこのまんとなり。 ともかくもと。 筆をそめうかゝひ居けれは。 をれはそなたにほれたけな。 恋の心かかしらかいたひと 一 侍たる人右筆をよひて此程は久不御目満足仕候とかけと。 それは如何候はと。 筆を持居けるにそれならは。 よくきこゆるように。 此程は御めにかゝらす本望に存候 一 かせ侍の本より。 知音の方へ文あり。 ひらきてみれは。 筆たてに日の字ありて。 その下に四五計たまはり候へと書たり。 何とも合点ゆかぬとて文を返しぬ。 後に見参して。 以前の文の内。 なにやうのありつるを。 終によみえすして。 ほゐなきよしかたられけれは。 そなたは。 随分の人にてあるか。 七日のぬかといふ字さへ。 みしりあらぬかと 一 とかく当世は。 文章のみしかきか。 はやると云をきゝて。 侍たる人の方より。 知音の僧へ遺したるとなん 送進する十八本松茸恐惶謹言 圭侍者 平井伊賀入道 一 文盲なる人。 ゆかけをかりにやるとて。 紙をひろけ。 手のひらに墨をつけ。 ひたとをし。 うてくびのかたに。 ほそきすぢをまはし書て。 是をおかしあれといふて持せつかはしたり。 みるにうなつき。 ゆかけをかせといふことの返事せんといふまゝ。 皿と椀のなりを書てもとしけり。 かりにやりたる仁合点し。 さらはぬといふ事の。 是非にをよはぬ 自堕落 一 板かへしをせんと。 やねふき二三人雇出しすてに板をまくりけるか。 ふき師天井を。 のそけは。 すりはちになからほと。 なますの見ゆる。 お坊主ほこりがするに。 是なるなますをとり給へと。 坊主きいて。 それは門前の者か。 昨日もてきて質においたか。 またうけぬものちやよ 一 ひそかにつかはす使の小者。 久しくやまふにふしけり。 せんかたなくて。 坊主みつから。 魚屋に行。 いかにも夜更。 しつまりたるに。 門をたゝくをとせり。 うちより誰人そと。 高声にとかめけれは。 在家から魚かいにきた。 戸をあけよと 一 あるひとり坊主。 烏賊をくろあへにして。 たまはる処へ。 不斗人来れり。 口をぬぐはん料簡もなかりつるに。 そなたの口は。 何とてくろひそや。 かねをつけられたかととふ。 いやあまりさむさに。 たゝいまもゑさしを。 一口くふたと 一 昔よりやせの寺は禁酒なり。 寺中に酒をこのむ僧のたくみて。 経箱をさゝせ。 角をとりいかにも結構にぬらせ。 上に五部の大乗経と書付。 それをかよひにしけり。 酒をとりてくるに。 人それはととへは。 是五郎の大乗経也。 京にいたゝかん事を。 ねかふ旦那あり。 その故に折折もちて行。 かよふと答ふ。 あまり京かよひのしけけれは。 人あまねく。 推してんけり。 ある時うちのもの。 経箱をもちかへる途中にて酒の匂ひをきゝ。 のみたさやるせなし。 そと口をあけたまはりぬ。 そろそろ寺にかへるに。 それはなんそ。 常のことく経にて候といふ。 さらはちといたゝかんとて。 手にとりふりて見。 まことに御経やらん。 内に五ふ五ふといふ声かする 一 天に目なしと思ひ。 ぬたなますをくひぬる所へ。 たんな来り見付たれは。 少ものよみたる僧にやありけん。 よき砌の入堂なるかな。 こゝに暦劫不思議の法味あり。 先天地のあひたに。 七十二候とて。 時のうつるに応し。 ものゝかはりゆく奇特を申さん。 田鼠化して。 鶉となり。 雀海中に入て蛤となり。 鳩反して。 鷹となるといふ事あるか。 愚僧か菜にすはりたる。 あへもの反して。 ぬたなますと。 眼前になりたる。 此奇特を御覧せよ 清僧 一 人路絶たる山中に。 一字の堂あり。 甍やふれては。 霧不断の香をたく。 境界なれは。 世にあらん人の。 昼たにも立よるへきよしもなきに。 いかなる不惜身命の行者なれは。 此仏閣にはすめると。 憐むもの多かりし。 又悪性の者あり疑ひおもふ。 あれほとおそろしき所に。 なんとしてひとりはすまれん。 唯女房のあるものよと。 嵐冷しき冬の夜立聞をしけり。 彼僧終夜の語に。 そなたかゐれはこそ。 この寒夜にもあたゝかなれ。 いとをしの人やといひけり。 紛もなき夫婦にこそと。 人あまた押入れてみれは。 何もなし。 坊主の愛せらるゝものは。 何そととふに是なん我が伽なりといつて。 三升程入大とくりをそいたしつる 一 百三十年あまりの跡かとよ。 筑前のくに宰府の天神の飛梅。 天下にやけて二たひ花さかす。 こはそも浅ましき事やと。 人皆涙をなかし。 知もしらぬもあつまり。 おもひおもひの短冊をつけ参する中に権狡坊とて。 勇猛精進なる老僧の。 よめる歌こそ殊勝なれ  天をさへかけりし梅の根につかは土よりもなと花のひらけぬ 短冊を木の枝に結ひて。 足をひかれけれは。 すなはち緑の色めきわたり。 花咲春にかへりし事よ。 人人感に堪て。 かの沙門を神とも。 仏とも手を合せし  山の端にさそはゝいらんわれもたゝ憂世の空に秋の夜の月 解脱上人の世に随へは望あるににたり。 俗にそむけは狂人のことしあなうの世中や。 一身いつれのところにか。 かくさんとかゝれしを。 右の歌に引合て。 衣の袖をしほりにき 中 巻之四 聞多批判 一 西三条趙遥院殿。 御養生に有馬へ。 湯浴有し其時歌の点を望て。 まいらせあぐるとかくよろしからねは むかしよりきとくありまの湯ときけとこしをれうたはなをらさりける 一 比叡山にて。 北谷の児は。 雪にすきたるものやあらんと愛せられし。 又南谷の児は。 花にまされる詠やあらんと興せられし。 かゝりし程こそありけれ。 後にはあなたこなた心なきに心をつけ。 いさかひになり。 花をはあしくいひちらし。 雪をはいなものにいひけし。 雪のかたよりは。 花をほむる狼籍の類をよせてかたんといふ。 又花のかたよりは。 雪をほむるうつけものを。 たゝはたいてのけよと。 たかひにいかれる心たけく。 山のさはき事の外なりし。 西三条趙遥院殿。 つたへきこしめされ。 わさと山に御のほり有。 雪にめてられしもことはりあり 花ならはさかぬ梢もあるへきに何にたとへん雪のあけほの 花に心をそめられしも尤ゆへあり 雪ならは幾度袖をはらはまし はなのふゝきの志賀の山越 自今以後。 勝劣をあらそはす。 中をなをりて円入和合の床に。 勤学あれとしつめてこそ。 み帰りありけれ 一 将軍天下を治め給ふ。 此御代に賢臣義士多き中に。 京都の所司代として。 訴へをきゝ理非を決断せられるゝに。 富貴の人とても。 へつらふ色もなく。 貧賎の者とても。 くたせる体なし。 然間上下万民裁許を悦て。 奇なるかな。 妙なるかなと。 賛嘆する人。 ちまたにみてり。 一滴舌上に通して。 大海の塩味をしるとあれはその金語の端をいふに。 余は知ぬへきや。 しかる時越後にて。 山伏宿をかりぬ。 其節国主の迎に亭も罷出るに。 彼山臥のさしたる刀。 こしらへといひつくりといひ。 世にすくれたるものなるをかりて行。 いまた宿に帰らさるあひたに。 一国徳政の札立けり。 去程に。 亭主かへりても。 刀をかへす事なし。 山臥こらへかね。 しきりにこふ。 宿主返事するやう。 そちの刀かりたる処実正也。 されとも徳政の札立たる上は。 此刀もなかれたるなり。 さらさらかへすましきといふ。 出入になりけれは。 双方江戸に参り。 大相国御前の沙汰になれり。 其砌京の所司代下向あり。 御前に侍られし。 此裁許いかにと御諚有て。 謹而造作もなき儀と存候。 幸札の上にて。 亭主かかりたる刀をなかし候はゝ。 又山臥かかりたる家をも。 みな山臥かに仕へきものなりと申上られしかは。 大相国御感はなはなしかりし。 当意即妙の下知なるかな以正理之薬治訴訟之病排憲法之燈照愁嘆之闇といふ金言もよそならす 一 御所司代齢七旬にあまれは。 功名かなひとけて。 身をしりそき。 嫡子次て天下の所司代たりし。 上京にある家主あひはてけるに。 廿あまりの子あり。 母は継母。 其惣領には。 家を渡すまし。 我に跡をしれと夫の遺言なりといふ。 惣領は眼前の親子たる吾をのけ。 別に誰か家をしるへきやといかり。 所司代へ双方出けり。 互の意趣をいふ。 口上に妻の申様。 後家と書て何とよみ参らすると。 所司代。 のちの家とよむとあれは。 其儀ならは我等のしらて。 かなはぬ事にこそと申時。 先立て帰れ。 重てせんさくし。 すまさんとなり。 宿に戻公事かちたり。 さらは尼にならんと。 親類云合せぬ。 再裁許とて決断の座に出たるにそちは髪をそりたるかと尋らる。 なかなか二度夫をもち。 うき世の望あらはこそとおもひさため。 出家のすかたにまかりなりて候と。 其言下に。 所司代さらは出家とは。 家を出ると書たるまゝ。 此座敷より。 すくに家をいてよと 一 平安城にて。 質に具足ををき。 うけんとする時に。 みれは鼠か糸をくひたり。 うけ主難儀におもひ。 いろいろ理をいふてなけき。 さらは利足をなりとも。 すこしはゆるされよとわひけるに。 質屋さらにきかす。 剰鼠を一つころして。 これか蔵にゐて。 くそくをくらふたる。 科人なり。 然間成敗して候と。 もたせつかはす。 しちをき口惜事に存知。 所司代へ罷出。 始中後を具に申けれは。 多賀豊後下知せられけるやう。 扨は鼠は盗人也。 盗人の居たる家なる間。 闕所せよやとて。 家財をことことくとり質をきに出されけり 一 北野の神前にて。 祈祷連歌あり かくなるものか左遷のはて この神もかへり北野に跡たれて 此付句執筆書とむると。 同しく社頭震動し。 暫やまさりつるは。 神も大に納受し給ふにやと。 みな感し申たるよし 一 京にて。 銀子三拾貫目持たる者。 命終時妻にむかひ。 我か先腹の男子六歳なり。 十五まてはそたてて十五にならは。 銀子を五百目渡しいつくへも商に遺すへし。 残る銀子は皆そちまゝにせよと。 遺言して書物をし渡しぬ。 彼子既に十五になる時。 右の後家銀を五百目子にやり。 いつくはも出よといふ。 子さりとも難儀なる旨。 所司代へ申上る。 母と子とを呼出し。 委細にいはせる聞て。 其町の年寄ともに。 彼の親の行跡はとあれは。 一同に世に越たる理知儀者。 また才覚も有。 公儀の御用をとゝのへ。 町の重宝にて御座候へと。 所司代後家に問給ふ。 其銀子はもとのことくありや。 中中あり。 扨は汝か夫日本一の。 思案者なりしそかし。 其故は。 人の親として。 子にものゝおしからんや。 女房にとらするといはすは。 銀子をみなつかひすつへしと工夫の上にていひをきたるなり。 然間後家にとらするといひし。 三拾貫目をは。 子にやるへし。 子につかはすといふし。 五百目をは後家にわたし。 それをもって寺参の香花にあて。 そちは一円子に打かゝり。 心のまゝに馳走せられ。 安安と世ををくれ。 もし子かあひしらひあしく。 気にあはぬ事あらは。 こちへ知せよ曲事にをこなはんと。 下知有つれは。 聞者皆涙を流さぬはなかりき。 かくて座をたゝんとするに。 件の親かいとこたる老人とて。 書物を一通もちて出。 所司代へ捧て云。 さためて一度は。 子と後家と出入。 有らん事疑なし。 是をあけて申せ。 後家にいひわたしたるは。 始の日付なり。 そちへ書置は日つけ後なりと申せし。 今仰いたさるゝ御下知を謹而承らんため罷出たり。 親か存知たりし心底と。 御批判の趣すこしもたかはすと。 手を合礼して感したり 以屋那批判 一 母のむすめにむかひ。 そちははや年二十になれと。 苧をうむすへさへしらいて。 しかりけるを。 となりなる家主の。 女房居あわせて。 それやうにあひたてなさうに。 ものはいはぬものちや。 これのお五はことし廿にこそならるれ。 知恵もつく時分があるものそと。 いひなためけれは。 そなたよりわれか。 うみの母にてよくしりたり。 あれは二十になるにすふたといふ廿てこそあれといさかひはてす。 かゝる処へ年至極の姥来り。 何事をいふてからかひ給ふそ。 あのお五のとしならは。 何のまきれもない事か。 われか処にある。 とりてきてりをすまさんといそき内に行。 大なるふくへを一つとりて来れり。 こはなにものそやととふ時これてさつとすうたあのお五のむまれとしに。 このふくへかなりてあつたとうはか年代記にえいよいよしれぬ 一 一生よみかきの望もなく。 唯富貴して世を送る人あり。 名を福右衛門とつき。 惣領を市太郎弟を市二郎とて。 貧者あつまり手をつねひさをかゝめもてはやしけり。 有時市二郎を始てみたる者。 これはとなたにて候やととふに。 あれこそ市太郎殿の。 舎弟候よとかたる。 さらはかりそめみたる体。 あにこよりも舎弟の器量はましてなとほめけり。 其一座過て親にむかひ。 われに何とも名かなくは。 大事もないか。 幸てゝの市二郎と付てをかれたにやゝもすれは。 うつけ者かきたりては。 市太郎の舎弟舎弟といふ。 たうとこれか気の毒やと。 福右衛門といふ名をいはすして。 市太郎殿の。 御新父とさへいふ程にと 一 柘榴をみて。 ひとりはさくろといふ。 ひとりはしやくろといふ。 あらそひつゐにやます。 あたりのものしりにとひけれは。 二つなからかたことなり。 にやくろといふかほんの事 一 風呂に入て聞ゐたれは。 一人吟するやう。 山高きかゆへにたつとからすと。 一人耳をすまして心かけたる事や庭訓をよまるゝといへは。 一人あれは庭訓てはなひ。 式条といふ物ちやと 一 あるもの山路を行。 不思議に白鳥をひろふたり。 更に鳥の名をしらす。 人にむかひてかたる聞ものそれは郭公てあらふすと云。 いや大なる鳥なり。 中中ことりてはないさりとて時鳥にすうた。 たゝとるやまの郭公とてむかしからある事よと 曾而那以合点 一 何のとりえもなき者あり。 ほとちかにさすかなる侍のすまれけるへ明暮に出入する武蔵鐙の下の句。 心やとふもうるさき様なりしかは。 小性にいひをしへ件の男来りたらは。 長数珠といへとなり。 案のことく暮かたにきたれり。 小性出て殿のいつも噂仰ある。 何とやとたつねけれは。 そなたをは長数珠ちやとは。 くるにくたひれたといふ事なるを。 かのはうはさかさまに心得し。 さうてあらふくるか。 をそひといふ事のと 人の上ゆふつけとりのしたり尾のなか物かたり心あるへし 一 山中にて衣更着中旬に。 農夫二人つれたち出。 一人は山の北原。 一人は南原一町計を隔て。 畠をうちけるか。 南原にいたち一つはしり出たり。 見つけしを幸にやにはに棒をふりあけ。 うちころさんとしけるを。 北原よりやれひかんぢやにおけ。 ひらに彼岸そたすけよとよははる。 さらはとてたすけしか。 彼南原のおとこ。 さてさて終にひかんといふものをみなんたに。 けふはしめてみたよ。 ひかんかすかたは。 そのまゝのいたちちやと 一 折折柳原の道三へ出入の人あり。 病者に向ひ。 寫するか結するかと。 とはるゝを聞ゐて。 ある時その子細をとふ。 寫するとはくたる也。 結するとはくたらぬなり。 是はこびたる事やと思ふ砌。 親類の中なる商人来りて。 明朝芸州へ。 まかりくたるか。 御用の儀は候はぬやといふ時に。 なにと芸州へ寫する。 やかてけつせよと 一 児に髪をゆひて参らする。 寺従ある朝。 我をは何程。 ふひんに思召やととふ。 児櫛のはに水をつけ。 その雫を落し。 此露程たひせつなるよしあれは。 曲もなやなんほう奉公いたすも。 いたつら事やと。 ふかくうらみけるとき 露といふ心をしらぬはかなさよきゆる計におもふわか身を 僧都源信 人の身を露の命といひけるもつゐには野辺にをけはなりけり 神神の祭礼といふも。 仏閣の祈祷といふも。 主のとふらひ。 親の年忌いつれか祝言。 無祝言。 のむとくふとにもれたるやあると物かたりするをきいて。 されはこそ天照太神も。 ないくうけくうとたゝせられたと。 それは何たる子細そやととへは。 ないもくうけもくふといふ事よと。 それならは富貴の人くふむねはなきかや。 それこそ飯酒はをんそろかのけてくうとたちたまふた 天 平 三年皇太神於内宮南大 杉下行基持 念七日之夜神 殿自開大 声唱曰実 相真 如之日 輪照生死之長夜本 有常住之月輪櫟破煩脳之迷雲 一 一句出したるに。 執筆舟かちかひかちかひと云けるを。 とくと思案して 舟てなし中くりあけた木にのりて 一 日のあるあひたを昼といひ。 日の入て後を夜といふは。 いかさま子細あらんやと思ひ。 我か折角あんし。 ていとしあてたはとかたる。 何と工夫したそ。 たとへは朝になれはとくからおきて。 山にゆく者もあり。 海にうかふも有。 市にたつもあり。 奉公に出仕するあり。 日のくるれはいつれもみな。 我宿我宿へかへりよるほとに。 さてそよるとはいふなるへし又日ひんかしにかゝやけは。 そめやはそめてかけぬるものはぬりてほしきたなきものをもあらいてほすに。 いつれものこらすひる程に。 さてなんひるとはいふものよと物しらす労〓〔病+祭〕(ロウサイ)やみか 一 若輩なる者とも。 三人つれたち。 長谷寺へまいりしに。 宿のけす客に向ひ。 行水をとるへきや。 先入堂をめされんやととふ。 一人かかたかたに行。 手まねきし。 今下女の入堂を。 めさるゝかといふたは。 かてんゆかす。 つれかきいて。 それこそわれか。 よく知たる事よ。 このあと高野参りの時。 男の髪をそりて。 坊主になりたるを。 さてよき入道やとほめつるか。 今も入道になるものは。 ないかといふにてあらん。 又一人出てそれならは。 とかく入道は。 わかいものていらぬといへ。 無理になれとはいふまいそと。 さゝやけり 一 中風を煩者あり。 医者のもとに行。 脈をみせけれは。 薬計にては治しかたき証なり。 富士三里に灸をすへられよといふに。 いつれもかさねて。 談合候半と。 いそき宿にかへり。 さてさてうつけたる。 くすしの申されやうや。 富士は聞及たる大山也。 其ふし三里か間に。 灸をせよとは。 いかに病かなをるとてもそもそももくさかつゝくものかと 一 酢をおほくくへは。 皺かよる大毒也。 かまへてすをおまいるな。 左右もあらふ。 何としてしりたるそ。 鼻のさき成事を。 おしりあらぬか。 われも人もちとつゝくふとこそおもへ。 年のよりて見くるしうなるいはれに。 一年中のきわまり月を。 しはすとはいふならん 一 山家の者とて。 老たる姥の杖にすかり。 京に出たるを。 有者ゆきあひ。 そちのとしはいくつそ。 百に一つたらぬとかたるにそ。 つくつくめいじんやと。 いくたひもほめゐけるを。 始より道つれしたるもの。 何事あれは。 かんにたゆるされはよ。 いきめいしんとは。 あれをやいふらんと 一 人皆連歌をしならふとて。 一順の月次のなととてはやらかす。 浦山し我もちと。 稽古せんと。 おもひたち。 宗匠する人にむかひ。 大体一句のしたて。 いかなる心もちにて。 工夫いたし候はんや。 されはよ。 此道をまなはんとすれはいと。 ふかくもくつれよらぬ和歌の浦なれは。 ことはみしかうきゝたくは。 心をまかふものあはれに。 花奢風流につくやうに彼人聞と同しく。 はや合点参りて候。 一句申さん くひきはや二季の彼岸に茶香杵 心はととはれされは。 水をわたるに。 くひきはにをよふは。 ふかけれは也。 物の哀は二季の彼岸。 花奢風流なるは。 茶と香つくやうには。 餅つく杵 一 伊勢の桑名に。 本願寺とて。 一代の住持。 秀海長老は。 七日以前より死期を弁し。 春の時正法説の後。 十念をさつけ。 高座にありなから合掌して命終す。 秀海存日に。 報恩寺とて名ある侍の屈請せらるゝ。 其刻弟子祐光坊の長老にむかつて。 振舞とあれは。 何万も崇敬のあまり賞味を専とす。 しかはあれと一言の褒美もなけれは。 亭主気をうしなふ風情まゝあり。 明朝のもてなし超過ならん相構失念なくほめられ候へとあれは。 異儀なく合点し。 即彼殿に望めり歴々と座列す。 幕をあけ給仕殿膳を持て出。 きつとつくはいたれは長老報恩寺殿殿とよひかけ。 汁も菜も見もせいて。 御馳走と申されたり。 弟子祐光にらみけれは。 うなつひて。 わすれぬさきにと 一 途中にひとりの姥やすらひ。 ものあはれさうになきゐたり。 行あふたる者何事のかなしみありてそちは涙にむせふそやと。 とひけれは。 されはとよ。 あれへ行男をみれは。 かちんのかみしもを腰につけ。 傘を打かたけ。 ふところにさゝらのやうなるものゝみえたるは。 疑ひもなき。 説教とき也。 あの人のむねのうちに。 いかほとあはれに。 しゆしやうなる事のあらふすよと。 おもひやられて。 袂をしほると 唯ありの人をみるこそ仏なれ仏をみれはたゝありの人 一 富士の人穴の勧進といふて。 門門をありく者あり。 不思議や。 人穴の上に堂かたつか。 又常灯をも。 とほさんとの事やととふに。 彼聖おのれか口を。 かはとあけて。 此人穴のくはんしんなりと 一 親てある人おきゝあれ。 銭をせぬとはかたことなり。 もつともらしき異見なれと。 そちか銭をは。 うらかせぬかいはする事を。 おもへたゝ 一 母におくれたる者。 肖柏のもとに来れり。 愁傷の程をしはかりぬ。 わつらひはなにゝてなと。 とはれける時。 はしめ血の道にて候を。 医師の見そこなはれ。 風の療治をせられ薬ちかひにて候つると申あへり。 肖柏法印。 おうおういつれ一度は。 たれも薬ちかひかあらふすと 一 はれかましくなみゐたる座敷にて。 ひたものねふる者あり。 そはに居たる人咲止かり。 膝をつきおこしたれは。 目をするかたかたにやれやれ。 談義の座敷かとおもふたよ 一 一人は兎も角も。 世を過かねす。 一人は手前をとろへたると。 旧友両人出あひ。 貧なる身のしみしみと。 とほしき物かたりにて。 立たる跡より 有時はあるにまかせて過てゆけ 又なきときはなきに任せよ とよみて送し返歌に あるときはあるにまかせて過しかと 又な□きときはえこそまかせね わか世諦あかる雲雀のことくにて さかる事こそ矢よりはやけれ 一 普光院 御影に 面影はうつすもやさしとにかくに 命は筆もをよはさりけり 憂事も嬉しきことも過ぬれは その時ほとはおもはさりけり 捨はてゝ身はなきものとおもへとも 雪のふる日はさむくこそあれ 西行 一 或者恋暮したる若衆の。 東国にくたるをかなしみの。 涙とともに。 大津まてをくり。 なくなくしる谷越をのほる。 清水の南に若松か池と云あり。 其辺にのそみおもふ命あれはそ。 かゝるうきめにもあへ不加身を投て死なんにはと。 帯をとき池に入。 頭きはまてつかりたるか思案かはりて。 いそきて陸にあかり 君ゆへに身をなけんとは思へとも そこなるいしに額あふなし 巻之五 〓〔女+花(きやしや)〕 一 昔語に女院へ。 ある時おほきなる杓子をあけゝる事ありし。 御覧し始なれは。 何とも御しりなくて。 左右へ御たつねあれとも。 同しく存すと申さるゝ。 さらは下主にとへと仰ある時。 おはしたに。 右のむねをたつねらる。 きくものおかしかりて。 名を存たる者なしと申せは。 女院の仰あるやう。 われはこれをすいした。 おにのみゝかきてあらふすと 時頼禅門 おもふへし人はすりこき身は杓子 おもひあはぬは吾ゆかむなり 一 細川幽斎公の姉御前に。 宮河殿とかやいふて。 建仁寺の内。 如是院といふに。 おはせし事ありき。 長岡越中守殿より。 大津にて米を百石まいらする由の文をみたまひて。 其返事に 御ふしんのやくにもたゝ努この尼か百のいしをはいかてひくへき とありしをけに断やと。 即車にてをくりたまひし 一 さきの宮川殿子息。 雄長老頭痛のなをると聞。 とつがわへ湯治し給ひし時。 音つれとて。 人をつかはし給ふたよりに 御養生の湯入の心しつかなれやとつかはとしてあかりたまひそ 一 大名の扶持うくる座頭あり。 茶をひかせられしか。 呑てみ給へはあらし。 大に機嫌そこねしに あらくともわかとがのおとおほすなよ茶磨に目なしひきてにもなし このことはりにて事すみぬ 一 普光院御所へ。 重宝の剣を進上す。 則科人を召出し切てみんと。 ひきすへたるをあなたこなたなをしてきれとある。 其とき彼科人しはらくまたせられよ。 存する旨を申さんと あらひほすしつかつゝれの棹づくみひきなをさねはきられさりけり 是をきこしめされ。 やさしき者の心やとて。 命をゆるされけるとなん 一 牡丹の花の児にて机にかゝりいかにもしとやかに。 手習し給ふを見つけ。 ある人うしろより ものもいはて物ならふ人 といひしに筆を持なから くちなしのはなのいろはやうつすらん 一 かくし題をいみしく。 興せさせたまひける。 御門のひちりきをよませられけるに。 人人わろくよみたるに。 木こる童の暁山へ行とていひける。 此比は篳篥をよませさせ給ふけるを。 人のえよみ給はさんなる。 童こそよみたれといひけれは。 ぐして行童あなおかし。 かゝる事ないひそ。 さまにも似すいまいましといふに。 なとかならす。 さまに似る事かとて めくりくる春春ことに桜花 いくたひちりき人にとはゝや といひたりけるそやさしき 一 深草に。 薄墨の桜とも。 墨染桜とも云は児あり手習硯の水に。 白き桜の散落て。 墨に染りけれは 世の中を花もうしとやおもふらんしろきすかたを墨染にして と此歌よみて児死けり明の年の無日にあたり師の坊主 去年のけふ花ゆへうせし児のため今うちならす鐘の一声 と詠し霊前に備けれは即返歌あり 花ゆへにとはるゝ事のうれしさよ苺のしたにも春は来にけり 一 光源院殿。 京都四条道場に。 陣をとり御座ありし時。 夜九つの太鼓を。 ねほれ七つの時打けり。 公方より御使ありて。 番の僧をめす。 定而折檻に及ひなんと。 ふるふふるふ参けれは。 様子御たつねありつるに。 さん候。 ふかく睡り入目覚仰天仕ての故と。 ありのまゝ申上けれは。 案の外御機嫌よくて 此寺の時の太鼓は磯のなみをきしたひにそうつといふなる 一 三条三光院殿十六歳の御時。 禁中にて懐旧といふ題出たりつるに。 何ともよみにくしとあれは。 一座みなおもしろき顔にみなし。 誰も題をとりかへ。 よまんといふ人なかりしに 程ちかきわか昔さへこひしきに老はいかなるなみたなるらん 上戸 一 伊勢参の坂向ひに出たる者。 内にかへりむねをなてひたひをとらへ。 あらくるしあらくるしと。 時すくるまてかなしかるを。 利口なるむすこあり。 てゝはそれほとくるしい。 酒をよひころにのみもせてと申けれは。 目を見いたしをのれはこさかしく。 なにをしりかほに此ゑひのさめんか。 くるしやといふて。 あそふよ 一 主君たる人の酒につよきあり。 機嫌のよきとき。 小性にわれをは世上に上戸といふか。 いやさやうには申さぬ。 下戸といふかや。 いや其さたも御さなないすひしたすひした上戸といふらふ。 いやさ申もおりなひ。 さてなにといふそや。 たゝ世上には。 底しらすちやと申と 一 ふるまひの席にて。 今日の亭主は。 生得下戸なり。 酒を三返のうへはしいぬそ。 油断するなと。 おなし心のともみな目ませをせし。 三返目に亭主出。 いかほと参たるそととふ時。 態気にかけさせんと思ひ。 四献とをりたるといふ。 我等は稲荷を信仰の者なりめてたふ銚子をとれやといふ。 いなりをしんし給はゝ。 今一献とをされかしいなり殿は。 四献々といわるゝ程に 一 朝食のうへに。 初献にはかさにてとをし二返には中の椀。 三返には汁のわんにてもらせたり。 四返めにははなやかに。 飯のわんにてつかせんと。 たくみすまひて。 銚子を先に出し。 跡よりていしゆ出て。 時宣をいはんとおもふ間に。 とくはや飯のわんにてこほるゝはかりうけたれは。 亭主いはん事なきまゝ。 さてかよひ盆て。 よう御座らふ物を 一 小機嫌のよき憶節さんけ物かたりをしけるか。 ひとりかいふやう。 此五体をつくる神にても。 仏にてもあれ。 あつらへたひ事かあるは。 何たる望そや。 されはよ上々の酒をのむ時。 しつかにかみくたき。 吟味せんとこそたくめと。 いかにも口へいれは。 そのまゝのとへ。 造作もなくはしりこむ。 あまりに残多し。 鶴頭のやうに。 つくりてもちたいと 一 寺僧二十人計ある寺を。 一堂請用の時。 住寺触をまはし。 方丈よせ衆僧皆上戸也。 明朝の座敷はれかまし。 大器にてめいめいひかへは。 事見くるしからん。 ひんはう〓〔門+龜(くち)〕をとらせ。 せめて一人は下戸ふんにせんはいかん。 尤と同し長老の侍者。 〓〔門+龜(くち)〕をとりあたれり。 酒はたゝ二返なるてう。 始より汁器と衆儀相約せり。 彼侍者ふと汁の椀を取あけけるか。 やれわれは下戸分やと。 肝をつふし。 盃をうつむけ。 いとそこにてうけさまに。 長老のかたを見けれは。 目をみ出さるゝ。 侍者あつといふて。 本のことく持なをしたふ持なをしたふとうけたり。 帰山の後しからるゝ時。 私は兼日の法度のことく。 小盃にととりあけ候へは。 御目もとちかひ候まゝ。 扨は上戸なみに。 御ゆるし候やと存知て 一 大名の気に入。 あなたこなたと振舞はつれす。 伴しありく者あり。 人そなたは羨しやなといひけれは其事なり。 殿ゆへに活計はかたのことくするか。 されとも上戸をきらひなるまゝ。 下戸のまねするにくたひれたと 一 師走の十日比一条の辻に。 大酒にゑひ余念もなくいねてゐる者あり。 また其日鳥羽より。 用をとゝのへにのほりたる男あり。 是もちくとゑふたるかかれ見付。 そちの在所はいつくととふに。 舌まはらす。 わけもなき声つきにて。 あまかさきといふなり。 不便なるかなと。 車にのせ鳥羽につれて遊き。 便舟をたつねてやりぬ。 彼者を旅人の宿に舟よりあけをく酔さめこれは何事そ。 われは京の六条にて。 尼か崎屋といふ者にてこそ候へと。 あきれたゝすむ。 件の意趣をかたり。 きかするにそ肝つふし。 中中にてふなちん旅籠のいとなみにたうふくを沽却しはつかしき様にて。 宿にかへりつるも一笑 人はそたち 一 東の奥より。 都にのほりたる人あり。 去古寺に立寄。 院主に参会し。 物かたりなと時過けるまゝ菓子持出て。 小性をよひいかにも。 お茶をもみちに。 たてよとありしを聞。 客何たる子細にやととふ。 たゝこうようにといふ事なりとあな。 おもしろのことの葉やとおほえつゝ。 本国にかへり。 態ちかつきの友をよひふるまひ。 かねてより小性にいひをしへ。 お茶をもみちにたて申せとあり。 人人さすかに。 此度上洛のしるしありやとかんし。 事のをもむきをうかゝひたれは。 こくよくたて申せといふ事たよと あなかちその人のとかにはあらす物毎たゝ国のふうによる 一 山中に殿あり。 国なかにてさもとらしき。 武家より嫁をよふに。 おつほねの中居のおはしたとのなとありありと供し祝言事すめり。 二日三日たてとも。 終に行水とも風呂とも沙汰せす。 ものまかなへる。 刑部左衛門といふをよひ出し。 つほねちとお洗足をお出しあれと申されしかは。 刑部かしこまり候。 そのよし申きけんとて座をたち。 年寄衆に皆よられよ。 つほねよりおほせられ分候とふれたり。 何事そとあつまりたる座にて。 別の事になし。 お洗足といふものを出せとなり。 此返事いかゝせんと。 談合さまさまなりしあけくに。 一のおとないひけるやう。 一乱にうせたと申されよ。 此儀天下一の思案といつて。 つほねへお洗足を出せと候へとも。 一乱にうせて御座ないと局きゝもあへす。 あゝけうこつやと申されけり形部けうこつといふも聞しらねは。 またむつかしき事やとおもひ。 いやけうこつも。 お洗足も一度にうせて。 おりなひと 一 とろゝの汁の出たるを。 座敷に古人ありて。 けふのことつて汁は。 いつにまさり。 一入出来たるなといひほむる。 是はめつらしきことはやと。 其子細をとふ。 されはよ此汁にては。 いかほとも飯かすゝむゆへ。 よくいひやるとのえんに。 ことつてしるといふならん。 きこえたる作意やと感し。 やかてとろゝをとゝのへ。 客をよふに。 ことつてをとはれ。 おだひやるとそ。 申ける 一 和泉の堺車の町に。 商人禅門に成たるありしか。 貴人のさしたまへる。 刀脇差にても上臈若衆の。 小袖帯はかまにても。 みるほとのものに。 代をさしねをつくる事。 てんゑんかれかすきなりき。 時にあたりあさましかりしかは。 つねに崇敬せし東堂あり。 そちにをしへん大事ありきかんや。 中中と申とき。 自今以来。 物のねをさすへからすとあれは。 手を合おかみおかみ。 さてもかたしけなき御意に候。 唯今のおことはゝ。 百貫仕らふと存する。 くせはなをらぬ 一 山の一院に児三人あり。 一人は公家にておはせし。 坊主年に二度物おもふといふ題を出せり 春ははな秋は紅葉のちるをみてとしに二たひものおもふかな 一人は小児侍にてありし。 よるは二度物思ふといふ題なり 宵は待暁人のかへるさはよるは二たひ物おもふかな 今の独の児は中方の子也。 月に二たひ物おもふと云題にて 大師講 地蔵講にもよはれねは月に二たひものおもふかな 一 大和の傍に十市とて大名ありしか。 世にをちふれ。 吉野の。 にしつかうにおはせし時。 あたりの者共を。 ふるまはんと触らるゝやう。 此いくいくかに。 誰誰女中ともに。 わたり候へとなり。 山かつの寄合女中とは。 御器の事なるへし。 牢人にてましませは。 椀なともあるまし。 てんてにもちてゆけやといひつゝ。 御器をわたしさまに。 是は我等かはけ女中女中と申て。 さし出した。 二人静に。 にしつかうといふ正字を弁せす色色に書たるあり彼滝の東に有村を東川といひ西にある在所を西川といひ如此書也。 一 堂前にふりたる松一木あり。 老僧少人にたはふれ。 あの松は男松てあらふか。 妻松てあらふかしれぬよ。 歌よみの子息出妻にて有らん。 月のさはりになるほとに。 土民の子いふいやをまつにすうた。 あれ程松ふくりのある物を 一 たそかれ時に。 何のをとゝもしれす。 はたはたとなる。 歌よむ人の子息。 たゝく水鶏の声にやあらん。 侍のしそくたりしは。 ものゝくのをとならん。 農人の子は麦かつをとてあらふすと 五月雨にかたつき麦をほしかねて宇治の里人よひねをそする 一 山家に入聟か市に出。 用をとゝのへ日のくれてより。 しうとの許に立よる。 舅まつせんそくを参らせよとあれは。 せんそくを夕めしの事と合点し。 此方にてはやとくせんそくいたゐたと。 さらはあんとうをまいらせよといふ。 是もあんとうをしらねは。 くひものゝ事やとおもひこれわかゝるお時宜あんとうを給はる程ならは。 せんそくをこそたへうすれと 一 飯後の湯。 出たるに。 風味ことにかうはしく。 大にすくるゝなとほめけるを。 女房聞つけ。 うれしけに。 のうれんのひまよりかほさし出し。 お湯のかうはしきもことはりや。 たき物をくへた程にと。 座にゐたるみなみなも。 耳にしみてそかんしける。 中に一人うらやみ帰り。 妻にかたれは。 それしきの事をは。 誰もいふへきものをと。 あさわらひぬ。 知音をよひならへ。 飯の湯を以前のやうにとゝのへいたし。 人人かうはしやとほむるときねうはうはゝからす。 御湯はかうはしからふ。 柴を三速くへた程にと 一 しかしか人中へ出たる事もなき。 十四五なる小性給仕をするに。 金作の脇差さしたる人計へ。 しけく茶をはこひて。 余の方へ目もみかけす。 末座の人かれか心を推し。 わかわきさしを一二寸ぬき。 そこな若衆。 此〓〔金+祖(はばき)〕にもちと茶をのませあれと 巻之六 児の噂 一 振舞の菜に。 茗荷のさしみありしを。 人ありて子児にむかひ是をは。 いにしへより今にいたり。 物よみおほえん事を。 たしなむ程の人は。 みなとんこん草と名付。 ものわすれするとて。 くはぬよし申たれは。 児きいて。 あこはそれならくはふ。 くうてひたるさをわすれうと 一 尾州に笠寺の観音とて。 人普くたうとめり。 昔此寺に児のあり。 宗長参詣の砌 児みんとさしてきたれは笠寺のへやのすみにてひつすへてをく 児すたれのうちより ひつすへて昼はをけとも〓〔水+蕭〕湘(しやうしやう)の夜の雨にはひらく笠寺 一 三伏のあつき日に坊主他行の事あり。 夏の夜はよひなから明やすき月のふけても。 いまたもとらねは。 児みなくたひれ帯もとくや。 とかすにいねたる処へ。 老僧かへり来りて。 さてさて爰な子達かなりは。 其まゝすしをしたやうなはと。 申されける時。 児のうちにかしこきかをきあはせ。 いかほとのすしもみたれと。 是ほと腹にいひのなひ。 すしをは。 みた事かなひと 一 八月十五夜の月にむかひ。 坊主あまた集り。 ちこもましはり詠ゐけるに。 大児のあれほとの餅をかゝへて。 そろそろと。 くはゝおもしろ。 からふのと。 さゝやきけるとき。 小児されは大きさはあれほとても。 よひか。 あつさをしらぬと 一 今朝とくから。 北谷へ大児のよはれて。 おはしたるか。 春の日のなかきもあそふ時には。 みしかくおほゆるは。 つねのならひ夢はかりに事さり。 夕陽にしに入あひのなるころ。 わかす無坊に帰り。 をきて見つ。 ねてみつ。 くるしさうに。 いたはられけるを。 小児みかね。 そなたのわつらひは。 心地いかゝあると。 とはれし。 たゝけふのもてなしの餅を。 くひ過してむねのやくるか。 くるしいと。 いはれしをわれもちと。 その類火にあふてみたひよと 一 坊主餅を一つ持て出。 二つにわり児三人の中にて。 しうくをいふて。 くはれよとあれは。 子児此餅は三ヶ月て。 かたはれあるよといひやかてとりけり。 次のちこはや月は山の端に入よといひとりてけり。 大児にむかひ。 そなたは心何とあるや。 其事よ月入て。 あとなれは。 わかむねはやみのやうなと 一 貧々たる坊主の眠蔵より。 餅の半分有をもちて。 ちこにさし出す。 うけとりさまに 十五夜のかたはれ月はいまたみぬ とありしに師の坊 雲にかくれてこれはかりなり 一 ふと人の来りて。 児にむかひ法印は。 いつくにわたり候そとたつぬれは。 護摩堂に。 閑きして御座るは。 かきとは何事そ経陀羅尼をよみてといふ事よ。 それをはかんきんとこそいふものなれ。 あこもそれほとの事をは。 しりたれとも。 ひもじさにかんとも。 きんともはねられぬは 一 比叡山北谷持法坊に。 児あまたあり。 冬の夜豆腐一二丁を求め。 田楽にする老僧云出されけるは。 をのをのしうくをいふてくふへしと。 大児やかてわれは。 仏のつふりと申さん。 三くしとりてのく。 又ひとりは八日の仏とてやくしとりたり。 後に小児屏風のかけより出るをみれは。 髪をばつとみたし。 たすきをかけ。 左右の手にて目口をひろけ。 我は鬼なり。 みなくはふと。 ありたけ取たれは。 せんかたなさに。 坊主はふるき手ぬくいを。 頭にかふり手をさしいたし。 乞食に参りた一つ宛。 おもらかしあれと。 老僧のはたらき三国一 一 大児を誰人の賞翫しけるにや。 けしからぬ活計のありつると見え。 ゐねてゐなから。 あらくるしやあらくるしやといふを。 小児何とて色もよく無病さうには。 あるか。 さほとにくるしいかや。 たゝしよくすきて。 身か熱するといへるにぞ。 けなりやそのやうな煩ならは。 われもちと持病にもちたひよ 一 大児の小児にむかひてけふの腹は。 いかやうに候やと。 とはれける返事に、腹は太鼓ちやと。 さてもよき事や。 うらやましやとありけれは。 いやどうに。 かわがつゐて候よと 一 児のとまりに来て。 夜はやうやうふけゆけと。 菓子をさへ出すよしもなけれは。 枕を取あけ。 口にあてあてしけるを。 そはなるそれは何といふ事そや。 態いはふて歯にものを。 あてそむると 一 山寺に児や法師ましはり。 色色の物語する次に。 正月ある事は。 五月かならす有となれは。 万を。 いはひもつゝしみもせんものそと。 語人ありしに。 児さては正月ある事は。 五月もあるよなふ。 あこは左右はおもはぬ。 正月はもちをさいさい。 みもし。 くひもしたか五月のけふは廿八日になれと。 餅とて一つ見ぬほとに 一 三位か物相と。 児のもつさうと。 同飯台にすへならへてをきたれは。 よくよく徒然の余りにや。 三位か飯をも。 とりてくはれけり。 後三位来り。 食せんとするになし。 是は不思議也。 別にくふへき人はなきにと。 せんさくしける時。 ちこのいへるやう。 汁かとおもふて。 そへてくふたはと 一 ある座敷にて。 児のとろゝ汁の再進をひたもの。 うけらるゝ時。 三位目をしてにらみけれは。 ちこのあこにさにみ科はないそや。 たゝとろゝをにらめ 一 老僧小僧児若衆いひあはせて。 隋意講のまはしはしまれり。 ある席にてちこ汁の椀に酒をうけられたり。 後見の法師目をきつと見いたしけれは。 児顔を。 おさへ南無三宝随意講は。 やふれたよ 一 大児のいへるやう。 あの三上か飯ならは。 何とあらふのと。 ありしに。 小児端的の返事に。 水海かとろゝならは。 ねらはれもせんやと 一 延暦寺にて。 下法師山へ行時。 児にいふ昼の飯をは棚にをきたり。 九つなりてあらは。 まいれとをしへぬ。 彼下僧案の外。 道よりはやくひる以前に。 しまひてかへり。 見れは児の飯なし。 これは不審やととふ。 とくはやくふたと。 返事せらるゝ。 いまた九つはならす。 いかてかと。 申せは。 いやけさ五つさきに四つうちたれは。 九つなつたほとにそれににくふたはと 一 児の膳にかうの物のあるを。 脇にゐたる僧とりてくふ。 児わか秘蔵におもふて置たるをと。 いはるゝ時。 彼坊主一つは御膳に候と存すれは。 何とやなつかしさに。 又はつねのよりもよくなるかおもしろさにと申たり。 ちこはらを立なるかおもしろく鉄炮をくはれよと 一 若道には。 うとうとしく。 歌道にはたとたとし。 文章にはくらし。 かくてもよき若衆に千松といへるあり。 かれにうちほれ。 執心あり。 いかゝたよりていひよらんや。 むかしより哥は鬼神のおそろしき心をもやはらくる道とあれは。 是なんしるへにと思ひたち。 其道しりたる人に三十一字のさまをとふ。 それ哥には六義あり風賦比興雅頌これなり。 言葉のえんは梅や桜の花によそへて思の色をいひつらね。 とまりにはらんのけりのかなのと。 それそれにをくならひありとをしへるに。 造作もなく得心のふりにて其暮に。 よみてつかはしたる 梅のはな桜の花に鶏頭花千松こひしなるらんけるかな 一 若き僧一夜の宿をかりけるに。 十一二さいなる少人。 同座敷に。 いねてけるか何事やありけん。 亥の時はかりに。 かゝよかゝよ尻に火かついたはとしきりよはゝるあらかなしやと。 いそきふためき。 火をもち来り見て。 大事もないそ。 お坊主様のせいかいつて。 けしてたまはつたは 人はたゝ十二三より十五六さかりすくれは花に山風 一 治部卿か。 児の手をとり色色様様に言葉をつくせと。 夢はかりも領掌せす。 あけくに児の利口こそをかしけれ。 われか尻は守護不入なりと。 時に治部卿にくさのまゝの返答に。 それほとけつこうさうにのたまふそ。 守護不入の所から。 さいさい夫のてたをわれかよくきゝまいらせたそと 恋の道 一 僧の落堕してゐけるを。 よしみある人なつかしく見参のために。 たつねよる。 こしかたをかたりつるか。 てびたひに。 むかふ歯たかくそり。 鼻はひらめにて。 頬先。 とぎりたる女房の内外ありくあり。 あれは下主にてそあるらんと。 くはしくとひけれは。 あれこそわか本妻といふに驚き。 こは何の因果にあれていのものにはそふ事やとわらひけれ。 何事をいはるゝ。 をちくには目かみえなんた 一 亭主の心に女房は。 よくねいりたるやとおもひ。 二階に候下主のもとへ。 そとしのひたれは。 妻はよく知て火をとほし。 あとよりあかる。 男きるものをかふり座敷の角に。 うつふしになりかゝみけるを。 あまりのおかしさに。 女房こゝななりは。 そのまゝ鶉のやうにといひしを。 男ことははなくて。 ちゝくはひと。 つにはつれた。 うつらてあらふよ 一 東にて都のわかき商人と。 其宿なる中ゐの女房に相馴。 此ころむつましく。 たはふれ男紗微線をひきおもしろく興せしも。 程なふ帰京の比になりぬ。 女やるかたなく名残を惜む。 あはれさに何をかなとて。 一しゆのしやみせんをつかはし立わかれんとするに女 かたみとて緒つけの板をはさつくれて気さいくへいかあちきなの身や 一 七十にちかき。 うはあり。 にあひたるものの方へ。 よめいりをする。 孫なるわらは牛にのせてゆく。 道にさはる荷物のあるをみて。 孫牛に声をかけ。 のひてとをれといひけり。 うは是を聞そふて。 とをれといはんこそ本意ならめのいては不吉也。 いやいやけふはゆくまひと。 よめ入を。 やめけるも興あり。 悋気 一 夜半のころ。 となりにいさかふ声しけり。 何事にやと。 めおとなから起て聞ゐたれは。 男のいたつらなるにより。 をこりたるりんきいさかひの修羅をたつる也。 きゝゐたる女房なにの理も非もなく。 夫のあたまを。 つゝけはりにはりけり。 夫是はなんといふ狂乱そといへは。 此後もあのとなりのいたつら男の様に。 身をもつなといふ事よ。 一 おかたの方より。 紅梅か使に参りたるよし云上けるに。 何事そ。 いやちと物の講をむすひたまふか。 こなたも人数に入たまはんかとの儀に候。 けうこつや是ほといそかはしく。 色色なるに。 なにの講そとあれは。 別の子細にあらす。 悋気講をおかたの大将にてたれたれむすはるゝとかたるにこそ。 りんきかうならは。 われもふたまへましらふそと 一 貧なる僧のうちほれて知音する若衆に。 大名の執心せられ。 定家の色紙を出されたれは。 坊主もまけしと思ひ。 弘法大師の筆といふなる心経をやりぬ。 重て大名より。 刀脇差を金作りにして。 送られしをみて。 坊主のよめる 何事も人にまけしとおもへとも金刀に手をそつきける 一 老人のもとへ。 器のふたに。 紙をおして。 若和布をやるそ。 慰にせよと書たれは。 返事に わかめえてふるめを内にをくならはふためくるひと人やいはまし 詮なひ秘密 一 田夫畠をうつ。 燐郷の百姓とをりあはせ是はなにをまくそといふに。 彼はたうち。 こてまねきし。 あ声かたかひ。 ひきうひきうといふ。 さては世にまれなる。 から物のたねをもうゆるにやとおもひ。 心得たりと。 近くよりたれは。 いかにもをのれか。 調子をひきく。 大豆をまく。 鳩かきく程に 一 二郎大夫といふ百姓夫婦ともにつれ河内の国今田の市にたつ。 人おほくあつまりたる中にて。 知人に行あふたり。 さても二郎大夫はといふに。 其まゝ返答にをよはす走りより。 そゝとものをいふてたまはれ。 たそにかくるゝか。 いやむすこを内にねさせて来たか若声のたかきに。 目がさめうすらふと 一 僧俗よひあはせ。 ゐんきんに斎をしてんけり。 老僧たんなにむかつて。 今朝の追善は。 六親の内。 誰人のため候やととふときも。 妹聟の舅の日也。 唯親の日といはひて 一 若身を謙なにはにつけ。 卑下する人。 有時馬の庭乗しけるに。 ふとくたくましく。 足きいてなと。 人みなほめけれは。 いや各御覧せらるゝかた腹は。 肥て候へとも。 御目のまいらぬかけのかた 腹は。 一円やせて候と 曾我の十郎の馬なりと片身さかふてはやせまひ 一 一天に雲尽て星まんまんとかゝやく夜あたりの友をさそひ。 端居しなくさむ口すさみに。 明星ほと大なるほしは。 はてしもなふあるはといふ。 してもわれか。 やねのうへのは。 ちいさいと 推はちかふた 一 洛陽に一噌とて。 名を得たる笛吹あり。 弟子心におもふやう。 秋風はものにあふといふえんあり。 わか笛を褒美してつけられけるこそ忝けれと。 自慢かきりなき折ふし。 同学の者一噌にとふ。 秋風とはなんの故につけ給ふそや。 別にわれは所存なし。 秋風はふく程あしきもの也。 かれか笛もふくほとわるひ程に 一 はくらうのもとにて馬をかう。 眼爪髪鞍下。 其外そろふたるとほむる時。 川わたりはよきかととふ。 中中の事。 河は鵜ちやめてたしとて。 わめきもとりしか。 十日計過荷をつけ。 川をわたるに。 中程にてたうと臥たり。 かひぬし気をそこなひ。 はくらうかもとに来り。 存分をいひけるに。 されはこそ河は鵜ちやと申たは。 鵜といふとりの。 水をみていらぬやあらん 一 一休伊勢の浅間にしはらく住山ありし常ならぬ人の様にさたしあへり。 山田の宿老たる人。 親の心さしをつとむるとき斎をまいらせけるに。 白衣にてわたらせ給ふみるから驚き。 これはいなものや。 不思議の風情なるかなと。 さゝやきぬるをきゝて。 斎了に硯と紙を乞 きたりとよ心の中の墨染を世わたり衣うへにこそきね 一 宗祇有馬の湯に入ておはしけるに。 人人寄あひ。 哥なとよみあそひしか。 爰にゐらるゝ旅の僧も。 若おもひよりたる事あらは。 いふてもみたまへと。 傍若無人の。 作法なりし時 音にきく有馬の出湯は薬にてこしをれ哥のあつまりそする 一 坊主同宿をつれて。 〓〔口+羅〕斎(ロサイ)に出し斎料に。 布施をつゝみ。 童子にもたせ。 坊主の前にをき。 是は百文あり。 後に亭主廿疋つゝみけるを持て出。 同宿かまへに置。 坊主あら不審や。 前後失念にてこそさらめと。 帰寺の上に。 同宿にむかひわかをそちへやり。 手前のをは。 此方へとらんといふ。 同宿難儀なるふりをするに。 いよいよほしく思ひ。 わか分をなけいたし。 彼貳百文つゝみを。 とりあけてみたれは。 蝋燭二丁ありけり 一 情ふかき児のもとへ。 折折かよふ僧ありし。 暮にをよひそと来れり。 児にこやかに。 夏衣よくこそとあれは。 その言葉を聞とひとしくふいと立て行。 児の方より人をつかはし。 まつかへれよとよひもとすに。 僧立かへりぬ。 何とてものもいはす。 いなれしや。 夏衣と始ておほせられしまゝ。 罷出候き。 いかなれはと。 とはるされは新古今に 素性法師 惜ともとまらぬ春もあるものをよはぬに来たるなつ衣かな とも候。 此趣存知あはせてなりと。 なくなく申されけれは。 児聞て中中の事や 夏衣ひとへにわれはおもへとも人のこゝろにうらやあるらん といふ本哥にて。 いひつるものをとあるにそ。 僧かたしけなしとも 一 物こと心かけある人。 山寺に行一夜二夜。 とまる事あり。 少人の内みめさま世にすくれしを。 古今とよふ。 客聞是はめつらしや。 此名のこゝろをあんするに。 いにしへいまも若衆道には。 あるまひといふ儀にや。 色色心をつけなんしけるか。 師の坊かむかひ。 古今とは如何なる子細ありて。 つけたまへるととふたれは。 しはらく其いはれをかくす。 籬の内の梅か香は。 つゝむに色もいやまさり。 なをおくふかく思ひなし。 頻に意趣をたつねし時。 院主の御坊さゝやきて。 いはれけるこそうたてけれ。 あの子か親は。 けしからぬ大きんにてありつるか。 あれは引かへ。 きんかいかにもちいさゝに。 こきんとつけて候と。 師匠の知恵ちやつよりあさや 一 月次の会あり。 宗長のおはしける其席の末座に。 弟子たる人句を出しぬ。 さしあひなくとまりたるを。 さてはけふの句。 よくよく出来けるよと心得し。 宗長にむかつて手をおさへ。 何と聞え参らせたかと。 申たるに中中聞えたとあり。 程へて又一句出し。 其句もとまりたるまゝ。 ちと慢し又手をつき。 何と聞え参らせたかといふときに。 宗長きこえた。 そこから爰まてはきこえたと 一 文の上書に平林とあり。 とをる出家によませたれは。 平林か平林か。 平林か平林か。 一八十に林か。 それにてなくは平林かと。 是ほとこまかによみてあれとも。 平林といふ名字にはよみあたらす。 とかく推には。 何もならぬものしや 一 備前の国岡山にそこにへといふ魚有。 余国にまれなり。 大守浮田直家より。 芸州小早川隆景備中笠岡の城に。 おはしけるとき。 彼魚を。 送らるゝ。 隆景侍に仰せ。 夜中に備前より。 そこにへかきた程に。 家老の衆に。 今朝ふるまふへきよく。 申せとあれは。 かせものまはりて。 備前より今夜そこにへ殿御越にて候今朝振舞あり。 出仕あれとそ申ける。 をのをの慇懃に出立まいらるゝに。 客とてはなし。 出たる膳部をみれは。 そこにへの汁なり。 右の様子を申されて。 大笑ありし 一 法談はすきても。 終に座をたゝぬ男ありき。 道心者の老したるか。 あなかちにかんしおもふ。 一句の聴聞を。 のそむ人さへ稀なるに。 ありかたきこゝろさしかな。 よひ入て茶をもまいらせんやと。 かれにうかゝひたれは。 あまり長談義に。 しびりかきれて。 たゝれぬはといふた 一 継母にそへる子あり彼子をなつけて。 人のとふ。 なにと今の母は。 いたいけにはこくむ事ありや七つ八つなる子か返事に。 われをやしなへるは。 雀子をかふやうにせらるゝと。 さてさてきとくや。 まゝ子をはにくむ物なるに。 ためしすくなしと感しけれは。 いや物をいかにも。 ちとつゝくれらるゝ。 おほくくふたらは。 喉にろかてきうかと思ふてやら まゝ母のもりたる飯は富士の山汁をかくらはうき嶋かはら うそつき 一 播州に風の神とて宮あり。 くたるふねの舟頭宿願して順風をこふ五日六日過れともふかす。 其感応なき旨を。 社人にことはりけれは。 巫されはよさる上り風を所望あるまゝ。 まつ其風をふかせらる。 此次はやかて其方。 望のかせを。 ふかすへしと あたら正直の神を見事のうそつきにしないた 一 人のものかたりをきいて。 よく覚。 洛中洛外しらぬ所もなき。 由をいふものあり。 扨そなたは。 嵯峨法輪寺をみられたるか。 中中いかひ大ひけであつた。 一 聟あり。 舅のかたへみまふとて。 ある町をとをりしか。 新しき鴈を棚に出し置たり。 二百にてかい。 矢をとをしもたせ行舅出あひ鴈をみて。 是はととふに我等の道にて仕たるとあれは。 大に悦喜し一族皆よせて。 披露し振舞わめきけり。 聟かつにのり今一度もたせまいらせんと。 家の子に示合われは。 さきへゆかん跡より。 調来れといひすて。 先舅にあふと同しくいな仕合にて。 又鴈を仕て候といふ。 舅いさみほこれり。 彼内の者。 塩鯛に矢をつらぬき持きたれり。 して今の矢はあたらなんたか。 されは鴈にははつれて。 塩鯛にあたりまいらせたと 一 両の手にてわをなし。 一尺はかりのまはりなるまねをし。 これ程大栗をみたといふ。 そはからまつと。 へらせへらせといへは。 ひたものちいさくしけるか。 あけくにそのやうに地いさうせは。 いかて手をつかふ物をと申けり 長からん角豆の花はみしかくてみしかき栗のはなのなかさよ 一 七字の口伝山門にはあるにまかせよ 三井寺にはあるへきやうに 安居院には身の程をしれいつれも同し心也 東坡か三養 安 分 以 養 福 緩 胃 以 養 気 省 費 以 養 財 下 巻之七 思の色を外にいふ 一 一村の庄屋たる者。 余郷に聟あり。 かしこに惣領をまうけたる祝言とて一在所みなゆく。 その中に若輩あり。 上座よりいたす多少を見合。 我も時宜をせんと思ひ。 うちより代二百つないて懐中せしか。 百はすくなし二百はおほしと思案するまに。 はや手前へきそひたれは。 礼式を手にもちいだしさまに。 目出たうとはいはす。 御太儀て御座れともと 一 惣領の廿にあまれと。 終によめをむかふる。 噂もなき。 ある年のくれに。 親たる者。 かのおちをよひて正月の小袖去年のもきにあはすしてきぬといふ。 ことしのをは。 よくぬしにこのませ。 染小袖の紋に。 なにをつけんと。 とはせけれは返事を聞給へ。 たゝ造作もなく家の端に。 ひとりねする所を。 つけたらよからふ 一 当宗の寺へ。 旦那のもとより。 此者を目しろにして。 庫裏に置つかはれ候へと。 年五十計なる男をあてかへり。 理知義に重宝なるか。 朝暮高声に念仏す。 坊主うき事におもひ。 教化すれ共。 更に同心せす。 しいて云汝経をいたゝきたらは。 信心ふかき者と披露し。 給分の外に。 合力をえさせんと。 すゝむる時。 あらかしめ領掌しけり。 かくて十月十三日御影供に。 諸旦那みなあつまりぬる座敷へ。 かれをよひ出し。 件の趣を広め受法さするに。 彼男其事也。 いろいろいやといへとも。 種々教訓の条。 経を戴て候さりなから。 いたゝきたる経を。 へちまともおもふにこそと。 ありかたいといふてをらゐて。 しやうのこわさは。 とちもまけまい 一 雑談に心の奥のみゆるかな。 言の葉ことに気をつかふへしともあらは。 なにはにつけ。 常の心をいふなる事。 このおもて八句にて。 工夫あるへし しとやみやけらこか嶽の木々の露  済家 いかなるかこれ秋の夜の月     曹洞 行つくす江南数日かりなきて    儒者 西よりきたる風のすゞしさ     浄土 そこにこそくせもの仏はあるものを 当宗 何なまふたととなへさるらん    時宗 金剛界胎蔵界のはるの花      真言 諸法実相へたてあらしな      天台 一 所の地頭と。 中のよき坊主あり。 ふるまひによはれ。 種々食物の咄ありしに。 海月といふものは。 精神めきたる物也。 さる程に出家にもまいらせたや。 殿にいふて是をはゆるしにせんなとかたる。 年たけたる弟子きいて。 とのへおほせあけらるゝつゐてに。 生鯛の事をも。 頼入と申たり 一 老人あり。 我か年をかくしていくつととへと。 つゐにいはす。 ある時子の年人は。 果報かあると。 いくたりもゆひをおりつゝ。 そなたはなにのとしそと。 仕合よき人数に。 入るかうれしくや侍りけん。 われも子のとしとかたるにそ。 則くりて見。 其年をいくつとさす。 彼人だまされ。 やすからす思ひゐけり。 又他席になにのとしととふ時。 狼のとしとこたへたり 一 せゝり作事をする時。 亭主大工と物語する次て大工のいへる。 御亭はいつくに候や。 四十八になるとあれは。 大工のいふもはや二つこそたらね。 五十まてよとおちつけたり。 亭大に腹立し。 遺恨に思ひ給けるか。 作料をわたす時米五斗つかはすへきといひしを。 四斗八升やりぬ。 是は二升たらぬとあらためけるにいや。 四十八になるとしも。 五十になれは。 四計八升も。 五斗にして。 すませといへり いひ損はなをらぬ 一 松永霜台和州信貴の城におはせし時は。 菓子をすへて出すに。 染付にても。 南蛮ものにてもあれ。 一簾の鉢なけれは。 座敷の興すくなしと。 もてはやすことあり。 名ある侍のもとに。 霜台を請用し。 めつらしきはちを出せり。 大に感しほめられけるか。 なかは相伴の人。 今日の振舞は。 たゝ亭主の鉢ひらきにて候と申けるを。 何とやらん言葉のえんあししといふに。 肝をつふし。 されはこれの。 鉢をおひらきあるて候と 一 惣別茄子のかるゝをは。 百姓みなまふと云なり。 和泉にての事なるに。 道のほとりに茄子を。 うふるものあり。 へたらしき舞々の。 とをりあはせみれは。 大なる土工李に盃をそへてあり。 ちと是をなんのそみにやおもひけん。 畠へ立よりさらは一ふしまはんといふ。 百姓かといてあししと。 大に腹立しけれと。 とかくいひより。 酒をのみのませけるか。 立てゆきさまにさきの腹立はたかいに。 ねもはもおりないと。 はなぬりをした 一 移徒の連哥に 春の日は軒端につきてまはるらん といふ句を出せり。 宗匠けせけせといはるゝ。 執筆墨かくろふて。 けされぬといふ時右の作者。 何とやうにもけせ。 またつけうほとに 一 禁中に御能あり。 狸の腹皷を。 狂言にする。 狸か出けるを。 狩人なんちなにものそ。 我は狸の王なりといふ。 何と王ちや。 王ならは射ころいて。 くれうすと 誤ては一字をけかす恐れてもいひなをさん様なし 一 わたましの。 祝義につかはす。 使をよひ。 しうのをしへけるは。 かまへて常の所に行とは違ふそ。 一言にても卒忽なる事。 申へからすとあり。 畏て候とて行主人献々をくむ。 されともつゐに。 〓〔病+音(おし)〕のよりあひたる。 ことくなれは。 あるしすまぬことにおもひ。 貴所はいかな子細により。 無言の仕合そや。 わめきさめくこそ。 目出けれといふ時。 されはとよさきから物かいひたふて。 胸かやくるほとあつたれと 一 葉をとそよそよ荻の上風 といふ句n 神垣のうちには人の米かみて と出したりてとまりかさしやふたとあれは 神垣の内には人のかみて米 似合たのそみ 一 かりそめの事にても物こと作勢ある人の煩に医者を請し脈をとらせ病は何と申証にて候や。 唯内損とみえたるよし返答せられけれは彼病者さてさて口惜き次第や聞をうしなふたりとくりことの様にいひけるを傍より生をうけたる身に上一人下万民誰とてものかるゝあらんきこえざるうらみやうやと教訓しける時いや病をのかれんとにはあらすせめて煩になりと癬か腹病をもやまひて内損はなんそや 一 数人あつまり居をのかこゝろこゝろののそみをかたりつるにひとりかいふ吾は唯生れつきたる両眼の外に目を三つほしい一つは背につけたしぬきやみうちの用心かたかた跡の方を自由にみたい。 一つは膝頭につけ。 夜陰の歩行あやまちなからん。 一つは手のたけたかゆひの先につけ。 のふの時又は風流何にても。 見物の時人のせいたけにかまはす。 手をさしあけて見たひと なに事も心のまゝとねかふこそつくりやまふよまんそくはせし 天神廿五首の内に 賤の兔か庭の木の葉にかきたえてあすの薪にあらしをそ待 一 若き侍一段の馬に。 のりかけさせてとをるを。 鉢ひらきともの見て。 その中の宿老かいひける。 今の馬は我がにしたひそ。 なににせう。 あれにのりさつさつとかけまはりて。 はかゆきに。 鉢かひらきたひと 一 連歌仕のもとに。 奉公したりし小者。 今度は町人のかたに居けり。 友たる者尋ぬる。 今は夙におきす。 宵よりいねて。 心安きかやといへは。 そちかいふことくなり。 さりなから今の亭主も。 時ならすうかと空を。 詠詠するかわるうしたらは。 あれも連哥しにならふかと。 おもふてあんするよと 廃忘 一 是害坊のおもてに。 上臈面をかけて出たり。 はしかゝりへ。 みゆるとおなしく。 あれあれおかしやと笑を。 大夫聞ても。 今更かへらん様なし。 舞台にていひける事は。 抑是はせかい坊の。 内方にて候と 一 小者にみめよきか奉公せんとて来れり。 坊主心をよせ。 つねになれし若衆の。 ねいるをうかゝひ。 忍ひて起出る。 少人聞つけ。 跡よりそと行。 坊主足音に肝をつふし。 壁に大手をひろけ。 足をまたけゐたり。 若衆見て何事にやととふ。 蜘のまねしてあそふと 一 亭主の留守となれは。 常にかよひ馴たる者あり。 兼ての約束は。 やねから忍ひきたれ。 はしをかけをかん。 亭主かへりたらは。 やねをありくは。 猫てあらふといふとき。 ねこのなくまねをせよと。 しめしあはせてをきつるか。 まことのおりに。 男聞つけ。 やねをありくは。 人のやうな。 女房いや此程大なる。 猫かありくといふに。 彼方肝をけし。 にやうといふへきを。 うち忘れほそこゑになり。 ねかうと申なり 一 若衆とふたりゐねてありし法師か。 暁雨のふるをとを聞。 南無三宝とめて。 朝食をふるまはすは。 なるまひ。 そらね入しをきて。 帰るをしらぬふりにせんこそ。 よからめと。 思案しけれは。 若衆そと起て行。 もはや門のそとへも出ぬと思ひ。 心許なさに起てみけれは。 いまた門の内に。 やすらへるを見付。 仰天し立て居なから。 目ふさき。 たかいひきを。 かき事は 一 ある僧新小刀の。 大なるをもちて。 鰹をけつりゐける所へ。 知音の人おもひよらす。 きたれり。 あまりにとりみたし。 小刀を鰹と思ひ。 いそきてかくし。 鰹を小刀とおもひ。 さし出し。 此比関の小刀をもとめた。 御覧せよとそ申ける 物のきれぬ小刀てあらふの 一 我秘蔵の紫小袖かみえぬ。 しかとそちか盗たるといふ。 いやとらぬさりとては。 証拠人ありとつよくいふ時。 とりはせぬ。 人のみぬまにもらふた 一 おとけもの。 縁をゆきちかふとて。 小性の口をすふ。 脇よりみたそみたそと云時。 あまり肝をつふし。 旅ちやにゆるせゆるせと。 申事は 謡 一 あの月のゆく道は。 何にのりてありかるれは。 あれほと足か。 はやいそよ。 馬にのらるゝになにゝ書たるそ。 桜のこの馬にのる月の。 しかもおもしろのはるびや。 あら面白のはるびや 一 山姥は福分の人にてあると聞か。 耕作はせす。 あきないのをともなし。 なにとしたる事に。 有徳なるそと。 不審する。 奇特をいはるゝ。 言にはいへと。 目にみる者なし。 其上不弁分限をまて。 いかにとしてしられたるそ。 かくれもない。 山姥につくりたるは。 八木たうたうとしてと 一 信長公へ熊野新宮方よりの使者に。 寂静坊と云参り。 御咄あるみきり。 連一出仕しけり。 此座に新宮の使あり。 何にても。 ものかたりをせよと。 御諚有に追付て。 連一さて熊野に。 一らと申在所の候やいやなし。 扨は寂静は。 くまのゝ人にては有まし。 熊野に居者のやかて。 隣の在所。 一らをさへしり給はぬほとにとつむる。 くまのゝ事はをきぬ。 紀州一国に一らといふ所なしと。 色をそこなひあらそふ時。 二人静に。 一栄一らくまのあたりと候がいな事やと申て。 大笑になせり 一 鵺をうたはせ聞て。 御殿の大床に伺公してはあしさうな。 宵から行ていたほとに。 ひ盈てしとをしてがよからふ。 其子細は鵺を射たりし後。 官をたまふ時。 すてに左少弁に。 なされたるは 一 仏には毛かあるか。 なきものか。 いやない。 むけ光仏とあり。 いやある。 けぶつほさつといへり。 互に論して。 堂坊主に判談を請けれは。 あるにあらす。 なきにあらす。 それは何事そ。 ゆやの謡に。 末世一代けうすの如来とつくりたほとに 一 蚤といふものも。 一簾のやつやら。 謡につくつた。 何にある。 二人静に。 あとをのみみよしのゝと。 それならは虱をこそ。 なをほめたは。 なにゝ実盛に。 しらみあひたる池の面と。 あるは 一 三輪にある夜のむつことに。 御身いかなる故によりとは。 作意もない。 つくりやうかな。 惣して理のすまぬ文章や。 たゝある夜の六つ時に。 御身いかなるうへにのりと。 なをしたらは。 よからふと 作者めいわくの 一 高雄神護寺の文覚は。 声のたかひ人てあつたといふか。 あら行をせられた奇特かよと声のたかいといふ事を。 今迄はきかす。 書物にあるか。 勿論誓願寺に。 虚空にひゝくはもんかくのこゑと。 つくつたは 一 田舎人の上洛し。 宿主にむかひ。 某か京のほり。 一世の始に候いつくをありき何をみても。 合点ゆかす候まゝ。 いそかしく共つれてありかれ。 所所を。 をしへてたへ。 故郷に帰り。 みやけにせんなと。 懇にかたらひ出る。 まつ四条の橋をとをるに。 是こそ謡にうたふ。 四てうのはしの上候よ。 さても嬉しし。 ゆやにある名所をみたる事や。 してして其老若男女といふ処はやかてこのあたりにては候はぬか。 京の案内者も。 一円不文字にありけれは。 理かすまひて。 返事するやう。 其老若男女は。 三年あとの大洪水に。 みななかれたと わたりえてうきよの橋をなかむれはさてもあやうくすきし物かな 一 いなもの共の寄合。 小野の小町は美人にて。 桃花雨をおひたる。 風情共ほめ。 哥の道。 よにすくれ。 おふなのすかたになそらへよはよはとよみたると。 ほめけるか。 勿怪な事は。 気か短慮に酒にゑふては。 人とからかひ。 垣壁をも打やふり。 らつしかなかつた。 おほきずといふ。 上戸とも下戸とも短気ともしらさりし。 そちに誰か。 かたつて聞せたそ。 関寺小町を聞給へ。 垣に喧嘩をかけ。 戸には酔狂をつらねつゝと。 一 何といふいはれに。 昔は花になく。 鶯。 水にすむ蛙を始。 馬なとまて。 哥をは読たるそ。 人倫たる身をうけなから。 五文字七もしの。 わかちさへしらぬはと。 なけくやさしの。 こゝろはへや。 さりなから。 馬のよみたる歌は。 いまたきかす 世の中にさらぬ別のなくもかな千代もといのる人の子のため 是こそ馬のよみたる証哥さうよ。 これは業平のにてはなきか。 ねんもないゆやにそも此哥と申は。 長岡に住たまふ。 老馬のよめる哥なりとこそ 一 奥州に。 みてくらといふ武家あり。 彼館にて能に鉄輪をしかゝりおそろしや。 みてくらにといふを。 ゆきあたり。 にわかになをし。 おそろしや。 胯に三十番神おはしさすと。 あさましき神のゐところや 一 和泉の堺に山元雅楽とて。 小〓〔革+皮(つゞみ)〕の上手あり。 幽閑法印政所なりし時能あり。 かの雅楽をまねき。 そちは三輪をうたれよ三輪の山もととあるなれは。 言下にかたしけなや。 ことによみてみれは。 うたなりと申せしは。 しほらしや 一 吾は此程。 歯かぬけたとてかなしめは。 歯のぬくるは。 命の長からんしるしにてあると書たるは。 いあなる書物にあるそ。 関寺小町におちても残りけるは露の命也けり 舞 一 烏帽子折をまふとて。 山路殿かふく物の名をは。 何といふやらん。 名をは何といふや覧と。 くり返しくり返しまへとも。 つゐに横笛いてす人皆咲止におもひ。 むかふより扇をよこたへゆびををしつあげつ。 笛吹まねをしをしへけれは。 ちくうなつき。 合点したるかほにて。 あげくに。 ちやるゝらと申さうと 一 舞はまいたし習ふ事はならす。 なましひに。 かな書をよむ者。 ある席にて。 敦盛をまふに。 東国の毛虫にはあはんといへる平家なしといふ。 人みなふしんし。 源氏とこそまふへけれ。 けむしとは何の事そやととはれ。 後返答に。 鑓のさやの事にてあらふまてよと 一 幸若の舞をきゝ。 さてさておもしろのふしや。 くときや。 中にもせめかおもしろき感する時。 惣して此舞といふ物は。 たれか作りし事そ。 こさかしきかほの人いふ。 無案内や仁和寺にてつくりたるや。 終にきかぬ。 庭訓に。 にんわしの。 まひつくりと書たるは 一 和泉の堺北の庄に御坊といふて。 本願寺の末寺あり。 彼寺建立成就し。 平野といふ所より。 大頭のなかれ舞大夫をよひ。 堂の祝にまはする。 高館をはしめけるか。 破た堂といふまへにて。 あつとおもひやふれたた門かめ。 いはの洞と 一 玉石とて能登に舞々あり。 和田酒もり一番ならてはおほえす。 去程に新左衛門といふ侍の。 もとにてまふに。 あれなるは和田殿と計いふて。 是なるは新左衛門を残したり。 主人とがめてなと舞にある名をは。 おとひたるそと申さるゝ。 いや其新左衛門は。 とく死なれて候と 一 磯辺の庄司といふ。 人の方にて。 八嶋をまふに。 庄司にはなれて。 三とせになるを。 行あたり。 屏風にはなれてと。 まふたる 一 原殿といふ侍の前にて。 高館をまふ。 そこて腹きれ。 亀井にゆきあたり。 そこてせこきれ亀井 巻之八 頓作 一 或大名の前にて。 当時能の上手は。 誰にてあらんやと。 をのをの讃嘆ある中に今春をほむるあり金剛をほむる有。 人々心心なりし時。 こさかしき者の申けるやう。 私はたゝ春日大夫を天下一と存すると。 いかなれはさはいふそ。 春日を上手とは。 われら計の申にては御座ない。 昔から神達も。 ほめさせられたもの。 三社の詫宣に。 春日大明神とあり 一 尾州熱田大明神の祭礼に。 貴賤参詣の袖をつらぬるかしこも伊勢両宮のことく禰宜あつまり。 袂にむすほれ。 銭をもろふこと。 かまひすしき程なり。 さるまゝ百姓余多つれたち。 下向するに。 扨も熱田の禰宜ともは。 人てないそといひつゝ。 急度うしろをみれは。 白張装束に。 烏帽子きて。 金磨の扇すへひろかりを持たるあり。 大に驚きそのまゝ。 たゝ神半分の人よと 一 将軍天下を。 しろしめされし始。 伏見のある屋形にて。 霜月末つかた。 来正月をは。 東にてやなされん。 又都にて御越年やあらん。 なと評定ありしにある者の申様。 いや御年をは。 東にてあそはされ候と。 誰に聞たるそ。 我らよく存知て候。 明年の暦に。 大将軍東にあり。 しかも此方にむかつて大小へんせすと。 たつと見書てあり 一 大閤をは豊国大明神といはひ。 吉田の神主に。 知行一万石給ふたるよし。 人のかたりたれは。 宮川殿中中の事や。 大閤は神におなりあり。 吉田の神主は。 人におなりあつたの 一 釈の頓阿桑門の風情し。 内裡見物の折節。 ある殿にて座敷より。 修行の僧は。 いつくの人そ。 東の者にて候とあれは。 即 なにかあつまのはての思ひ出 とあるに頓阿 都にてまつかたるへき冨士の雪 さらは座敷へと請せらるゝに礼もなく座上になをられたりけれは又 いやしきものはうへを恐れす とあり頓阿言下に 水鳥のうかへは月の影ふみて 一 天竜寺の開山夢窓国師は。 超過福僧にてまします。 僧形いかにも肩うすく。 すほみたり。 人拝顔をとけ言上するやう。 世間に貧窮の輩をは。 なへて肩のうすい者共又無力すれは。 肩かすはふたとこそ申つたへ候へ。 夢窓の御肩興さめてうすく。 すほみたれと。 福分におはしますはいかんと。 されはよわれか肩あまり。 うすくすほみて。 ひんほう神の居所かなさによと。 のたまへり 一 伊勢の桑名に。 古諫とて医者あり。 天然とかほくせあしし。 濃州立政寺より。 文叔といふ僧下向し毎座対談し。 後本山に帰る時人とふ。 桑名にて古諫をは。 何とか取沙汰する。 されは桑名はつらのやすい処やらん。 古諫を百つらといふ。 美濃てならはやすやすと。 三百はせんものを 一 青苔をいりまめにつけたる菓子。 大閤の御前へ出したれは。 幽斎公にむかはせ給ひ。 なにとなにととありし時 君か代は千代にや千世をさゝれ石のいはほとなりて莓のむすまめ 一 濃州鏡嶋にて。 乙津寺梅の寺といふ。 彼寺にて 香かしまはこと木も匂へ梅の花  宗祇 此寺の一代に。 蘭叔和尚とてあり。 酒もりの座にて。 正雲といふ僧に一つのめとあり。 禁酒とこたふ。 何事に。 飲酒は是仏戒なりとして飯をもたつか。 飯をいましめのむねありや。 中中いゝかひ又はおたいかい禁戒よ 和尚は酒茶論の作者なり 一 甲州と越前と取あひの時。 越前の大守の前にて。 朝粥すはりぬ。 末座より一段の出来かいに候と申。 其座におはせし東堂。 中中国にはあるまひ。 かいて候とありし。 奇特なる作勢とこそ 一 山寺に人いたりて。 さてもさてもおもしろき境地や候。 大略八景も候はんと申けれは。 住持の返答に。 当寺は十景の古所也とさ候へは。 秦の始皇の地にもまさりたり。 八景の外には。 いつれも用られ候そ。 されは旦那あり麓にくたり斎をたへて。 こざけにも酔てかへれは。 くわつけいあり。 さもなく唯二時糟糠汁の風情なれは。 ことにひんけいあるかな 一 食を過す人にむかひ。 余飯をおほく参るか。 笑止なよ。 臨時に米の入事なれは第一損也。 さりとて薬なれはよし。 大毒にて。 かれこれわろしと。 それは誰人の指南そ。 老尺迦の説なり。 天上天下いゝがどくそんと 一 尾州祐福寺に沢良といふ長老所談の砌。 こもそう一人来り。 庭にてきく沢良縁にあかりてとあれは。 心得候と縁にあかる。 菟角しくへきものなしと。 長老再普化僧とよふ。 やつとこたふ。 其こもをしけ 一 摂津国布引の滝にて  宗祇 このころはたゝみをりつる布曳をけふおもひたちみにきつるかな 一 宗祇修行の時山中にて。 思ひよりなき人。 三人行むかひ。 一人いふ 一つあるもの三つにみえけり 即祇公 たくひなき小袖のえりのほころひて 又次の者いふ 二つあるもの四つにみえけり 又祇公 月と日と入江の水に影さして 又ひとりかいふ 五つあるものひとつみえけり 又祇公 月にさす其ゆひはかりあらはれて 右三句ともに聞て後三人いつちともみえすうせにけり 一 誕一検校ある座敷にて。 物語のついて積にはとかく身をつかふよしと聞。 めのよき茶磨がな積の薬にひかはやと望めるを。 七尾検校受記一ゐあはせて 検校の目のよき茶磨もとむるは手ひきにせんとおもふなりけり 一 西行法師修行の時。 つのくに七瀬の川にて。 麦粉をくふとて。 しきりにむせられけるを。 馬上より侍みつけ 此川は七瀬の河ときくものをお僧をみれはむせわたるかな 時に西行の返哥 この川は七瀬の川ときくものをめしたる馬はやせわたるかな 三十三所の札をうつ順礼。 江州醒井の水のもとにのそ。 み麦粉を食せんと取いたしをき。 立まはるあひたに。 暴風吹をろし。 あとなくちらしけれは 頼つる麦粉は風にさそはれてけふさめかほの水をこそのめ 一 旅人在所の者に。 此河をは何とか云。 愛染川と答。 さらはこれを染てたへとて。 手拭をさし出す。 即請取て水に入。 ひろけわたす。 何とも色はないの。 いや水色に。 そまりて候はと 平家 一 小松の内大臣重盛公は。 尺迦の弟にてありし事よ。 ちともしらなんたとかたるうそさうな。 時代も二千余歳。 違ひたるものを。 しても医士問答と云。 平家に重盛の定業もし医療にかゝはるへう候はゝ。 あに釈尊入滅あらんやと。 いはれた 人をとゝめんことのははなし 仏たにのかれぬ道は別きて  祇公 一 一向不文なる者。 平家をきかんと行なにとして。 あの風情の耳に。 入事あらんやとまことしからさりしか。 かれきゝて帰りぬるまゝ。 何と平家をきかれたか。 されは木平家は一段おもしろかりつるに。 時々座頭のおめくて。 くたひれた 一 土肥の次郎実平は。 大手の木戸口に。 主従五騎にて。 ひかへたるとをしへけれは。 弟子思ふひかへ物こそあらめ。 五きはいなものや。 せめてはわんはまさりなんと。 はれかましきところにて。 主従わんにてひかへたりと。 かたれり 一 橋のゆきけた。 をさらさらさらと。 走りわたるを。 やゝもすれはわするゝ。 そちは鈍なり。 膳にすわる皿にておほえよといはれ。 ある時又橋のゆきけたを。 ちやつちやつちやつと。 はしりわたると。 かたりことは 一 生食を佐々木にたふ。 さゝき畏つて申けるはといふを。 佐々木をいけつきにたふ。 いけつき畏て。 申けるはといふて。 いはん事なし かすり 一 正月二日の朝。 西よりは針売の来り。 東よりは烏帽子売の行。 途中にてはたと行あひ。 えほし商人より。 はりの始の御悦と申たれは。 はりうりとりあへす。 何事もえほしめすまゝにと 一 江州志賀の浦に。 姥あり天然作意生つきて。 かすりしうくをいふに上手なり。 かすりを好盲者あり。 若狭の小浜より。 はるはるとかれかもとへあひに行。 なにとなふ宿をかりしか。 飯の汁を一口すひ。 此汁のみは何そととふ。 うはそれはくゝたちのしる候よ。 人のくちきらふとていや去年八月から。 なまひてをいたと 一 そなたは。 源氏の晩鐘をきかれた。 ことはないか。 いや貴所は。 平家の落鴈を。 みられたか 一 護摩堂の本尊。 不動の前に。 そなへの餅あり。 人みてあの不動の餅を。 二つ三つこんからとやいてくふたらはよからふな。 新発意出て。 くいたくはくはしませ。 たれそ無用とせいたかや 一 会下僧に斎をすゆる。 菜に蕨あり。 終に服せす。 施主如何なれは。 蕨をは食せられぬそ。 人のくちやかふとて。 大事候まひけしあへにしてさうほとに 一 座頭の琵琶おふて。 来るを見付。 をとけ物か。 なつとの坊は。 いつくよりいつくへの御通りそ。 わらの中にねて。 糸ひきにゆくと みたところうまさうなりや此茶のこ名はから糸といふてくれなゐ 一 渇食あり。 東堂に膳をすゆる時。 和尚あつはれ月一輪かな。 渇食保しくもないのとて。 膳をとりぬ 一 あつはれまるい水かなすみきつたの 一 石上の松は座禅の僧に似たよ ねいりもせすうこかぬ程に 一 津の国に。 多田といふ在所の候。 同近里に役所ありしに。 人足ふたりとをる。 関守のとかむれは。 先に行もの是はたゞのぶにて候と。 関守さあらは八嶋軍をかたれ。 それはつぎのぶに。 御たつねあれと 天然かたくみか 一 有馬の湯に。 三ヶ月のさし入たれは。 月農湯治はなんの病そ。 道理よ片輪なほとに。 十五満月の時は如何。 片輪とかた輪か寄あふたらは。 重病てはないか。 一僧出ていや月に一度の。 やみをいやさんとて候よ 一 或僧冬扇を持けれは。 雪中の扇になんの役かあらん。 僧暫ありて扇をつかひ。 当話につまり。 汗かひて左右よ しうく 一 もと同学たりし人のもとへ。 広韻をちとかし給へと。 いひやりたれは。 此方にもいるとてかさす。 後にあふたるに以前はいな物をかされなんたと恨けれは。 光陰惜へしとあり。 かりぬし遺恨をふくみ。 かさねて先のおしみての方へ明朝斎を申さんといひやりぬ。 必ゆかんよし返事なりき。 亭暁より起て朝めしをいそき用意し内の者にも早々くらはせ。 棚もと其外掃地をきれいにして置たり。 件の僧来りまてともさらに飯をくるゝをとせす。 何とて膳は遅ひそ。 とき人をまたすとあれは。 はやとく過たは 一 信長公東寺あたりを過させ給事有。 馬上にてひた物御眠ありつるを。 沼藤六驚かし申せは。 爰はとこそ。 右は六条さきは。 たうふくしと申たりつるに。 あのしらかへかや 一 百姓の福力なるあり。 惣領の子才覚あれは。 笛を稽古させたり。 明暮謡の小鼓の太皷のとて出入のたゆる事なし。 祖父は隠居の身ながらこはそも何事そ。 稼穡の艱難をわすれ。 紡績の辛苦を無になし。 我家の諺をはよそにみて。 身体のはてんするをと。 かなしひゐけり。 かくて三年過る冬十月芸者あまたあつめおひたゝしき拍子を興行する座敷へ頻に祖父をよひ出せは辞退もかなはす出ぬ孫一番ふいてとつとほめ人皆声をそろへさて祖父の歓喜さこそなととりはやしたるに祖父されは人の耳には笛のねの何と入候やわれか耳には田うらふうらふとより外別の音はいらぬと 一 夏の天に数日雨なうて民家早損を歎氏神の社頭に風流をかけ雨を乞に一滴もふらすいつもふるか奇特やなと沙汰しあへりかたくなゝる宿老打うなつき今度のをとりかうらは一向気にあはなんたなにか太皷をはてれつけてれつけてつてれつけとうち鐘をはてんきはてんきやとたゝいて笛をひよりやひよりとふいた物何としてふらふに 一 京にてさかしき座頭月忌のさしきへ遅く来り内をはとく出て候か道にて鐘のをと仕候まゝ立よりて候へは酒もり談儀にあふてさてそ遅参いたし候といへり酒もり談義とは何事そやされはもはやたゝんとはねつくろひせしに爰をあ法然の尺にて一つ申さんと 一 義政将軍の御前に同朋万阿弥罷出たる時作意を御覧せんとやおほしめされけん尺八をなけ出しそれそれ車かゆくと仰けれは万阿弥いそき立ちやくとをさへさまにうしなふてはなるまいととりて懐にいれしも 一 世中にいつくにいかなる物か親類にあらんもしらぬなとかたる次て気にも鵐と烏か親子にてある事を此程しりたるはといふこれは以外なる僻事てあらふといやしかと実也よそまてもないわれか直にきいた此十日計さきに庭へからすおりてあそひゐけれは鵐もきたり又堂鳩も飛来る三鳥よりあひたるに鵐烏にむかひ父父といふ烏うれし気にて子か子かとよふ堂鳩証拠にたちて宇ううとこたへたれはまきれもなき親子てはないか 親当 世中の親に孝ある人はたゝ何につけてもたのもしきかな 一 旅人つるかにて一夜の宿をかし給へといふ低のこたへに春歟秋冬ならは易事なり夏月にとまりことはなるまひいかなれはととふ爰はつるかとて鶴程の蚊ありてくらう物を旅人いふそれならは宿かし給へ毛頭くるしからす生得わか住かた山かなれは山程の蚊にくはれつけた身ちやと 茶之湯 一 茶是釣 睡 鉤とあり又食を消するともいへり 吾門に目さまし草のあるなへに恋しき人は夢にたに見す なといふて人人ほめそやしのむ末座に百姓の候てそれならは我我は一期茶をたち申さん終日ほねおりてもゆふへとくと眠はそ辛労をもわするれ又たまたまとほしくてくふ食のきえてはなんのゑきあらんあらいやの茶やと頭をふりたりされは 憂喜依 人と云題にて ますらをか小田かへすとて待雨を大宮人やはなにいとはん とよめるさまこそかはれ心はへひとしかるへくや侍らん世をおもしろくすむ人は茶を愛し賤の男は茶をいなと狂言せし一旦は理あり 何となく人にことはをかけ茶わん をしぬくひつゝ茶をものませる 花をのみまつらん人に山さとの 雪まの草の春をみせばや 利休はわひの本意とて。 此哥を常に吟し。 心かくる友にむかひては。 かまへて忘失せさせなん 契りありやしらぬ深山のふしくぬ木友となりぬる閨のうつみ火 是は夢庵の哥にてあり。 古田織部冬の夜つれつれ吟せられし 一 古田織部介に数奇あり。 こい茶たちて出けるに。 客のいふ此茶士は誰やらんととふ。 上林春松か雲切なるよし返答あれは。 かの客今朝の御茶別して忝かな。 春宵一ふく。 直千金とあり 一 ある寺の住持。 旦那へ見まはれける土産の茶あり。 主人ありかたく思ひ。 内に請しまつ茶を進せよとたてゝ出る。 亭主一口のみ。 是は敷々の苦茗やとしかる時。 女房それはお寺よりおもたせのおちやと。 ことわるにそ。 亭主いはん事なく。 今一口二口のみやんたくたさるゝほとよいと 一 足利の門前に姥あり。 往来の出家に茶をほとこす。 されは学侶の知恵をさつせんとたくみ僧来つて。 茶を所望すれは。 人のひいた茶は。 おりないといへり。 時に僧風がひいたりとも。 のまんといふ。 姥大によろこんて。 あたへたり 一 いかにもまつたき福人あり。 茶の湯といふには。 何か入物そやと。 数奇には第一の嗜茶壺候よ。 さあらは一つもとめたい。 伊勢より尋出し。 これは藤四郎とて。 よき壺といふを。 代八貫に買とり。 福人秘蔵し名を。 平家法花経伊勢物語とつけたり。 人其故事をとへは。 平家とは家かひらさに。 法花経とは八貫にかふ。 壺の出処は伊勢なり。 わさとさしたる家にてなけれは。 もちありくたひ。 かたりかたりとなるほとに 一 東堂のもとに人来つてとふ。 茶堂と申者候。 又茶堂と申者候。 いつれか本にて候や。 いつれもくるしからすされとも茶堂は唐韻にてこひたりとあれは。 男合点ゆきたる体にて立さりぬ一両月過今度は惣領の子十六七成をつれ来り。 此松千代に何とそ。 男名をつけたひ候へと申せは。 すなはち左近の太郎と付らるゝ。 親あたまをふり感して後。 左は唐韻て御座あるの辞々われらこときの者のせかれに。 たうゐんは過て候。 唯ちやこの太郎と。 おつけなされよと 一 後陽成院の御時御口切とて。 御壺いてたりつるを 雄長老 御前てはちやちやと哥よむ壺なれと口をはられて物もえいはす 一 慈照院殿愛に思召るゝ壺あり。 名をなにとかなつけんと御工夫ある。 比は寛正二年八月廿日。 たれかある今日は廿日かとお尋あれは。 女房達の聞もあへす。 中中けふ初鴈をきゝまいらせたと申上られたり。 あらおもしろの返事やとて。 能阿弥にむかはせたまひ 誰もきけ名つくる壺の口ひらきけふはつかりの声によそへて とおほせあれは能阿弥とりもあへす 初鴈を聞えあけける言のはをいやめつらし支雲の上まて 此由来により。 初鴈といふ壺ありとなん 祝済多 一 抑四十六代孝謙天皇の御宇。 天平勝宝元年己丑の春。 始て奥州より。 黄金を献す。 重宝参りたりとて。 大友家持にうためされけれは 皇の御代さかへんと東なるみちのく山に金花さく と祝ひすまして。 是より元和九年迄。 八百六十五歳なり。 和朝の山々黄金涌事弥増れり 一 正月は三ヶ日のくひ物をも。 昔よりいはひて書たり。 何にあるそととふ。 暦に候何とある。 元日はかん日。 二日はもち日。 三日はくへ日。 一 古道三信長公へ。 始て御礼に出らるゝ。 進上に扇子二本。 もたらせられし。 御前に候人みなあら乏少の。 いたりやといふ。 気色なりき時の奏者に。 言上あれ。 これは目出たふ日本を。 御手の内に握らせたまふ。 やうにと 一 元日いまた夜ふかきにうちによろつものを。 うりかふ人。 えひすをもとめ。 むかふる事は。 聖徳太子よりさたまれり。 さるにより是をもちて。 若えひす若えひすとよふ。 是を望むものうけてよろこふ。 彼えひすのはんきをする者色色人のたうとむほとの姿をおこして持たりしか。 しはすのいそかはしきにや。 取紛れけん。 えひすとおもひて。 持いてけるか三途川のうはをすりたるを。 とりちかへうりありきぬ。 明かたにうくる者の見付。 是はいな姿やといふを。 うりぬしもみれはうはなり。 肝をつふしなから。 をくれぬかほしていふやう。 是こそえひすのおふくろにて。 殊更めてたしと祝ひけれは実も実もわかえひす殿もおふくろかなうてはいかてあらん。 福のみなもと是なりとよろこひて。 戴きおさめけるとなん 一 若狭の大守武田殿無縁の出家を抱置れ寺なとたて。 憐愍あさからす。 されとも其家の事を知人正路ならす。 何ををくらるゝも。 あるひは半分。 或は三分一遣し中にて残すかの会下僧もよくしりなから。 さすか国主へ申あくへきよしもなかりしに。 ある年の暮正月の菓子に胡桃を千をくれとあり。 然を五百八十やりたり。 僧不審に思ひ。 一首の狂歌をまいらする 下さるゝ胡桃のかすも君か代もめてたかりけり五百八十 太守代官をめし出し。 くはしく鑿穿あれは。 あやまる所紛なかりつれとも。 是は祝儀の歌をよまれし。 僧の心を感する条。 今度の科はかりは。 ゆるすとありし 一 桶結のありしか。 元日の朝ふとをきふとをき。 女房のいひけるやうは。 元三から大晦日まてよりゆひ事をする人には。 お身より外又ふたりともあるまひそ。 やかて男そのゆひ事は。 千あらふと万あらふと。 みなわかわるひからよと。 いはふたれは。 其年そこそこのしあわせ。 くれくれよかりき 一 古相国駿河の御城出来たるいはひに三百韻の連哥。 興行なされし時。 板倉六右衛門入道正佐巻頭の発句に なみ木たゝ花はつきつきの盛かな とありけれは。 相国大に御感ありて。 即其懐紙をもたせのほせ。 玄旨へみせまいらせられしにも。 賞美不 斜さふらひし。 されは右の発句ことはの縁にたかはす。 御子孫達繁栄のめてたさ。 尤祝すまいた 醒睡笑三巻以胡月堂所蔵万治元年 刻本一校加朱墨了 〓〔出+日〕天保十二年龍集辛丑秋九月朔日 夜雨瀟々 今古園亀寿織 明治廿四年八月卅日宵暗蛩始鳴之夜 今様むか志男 抄了 此草紙はいまた桜のみとりこの年は十になり給ふといふ春御父周防守殿の前にて我かよむを如何にも神妙にきゝおはします風情栴檀は二葉よりの感に堪てさふらひきに又かこひにて茶をたてゝ給ふたるしほらしさいふはかりなけれは生ひたゝせたまひて目出たふさかへすゑはんゑいあるへきいろまても床しく見及ひ此書をかきてをくり侍るめり 前誓願 安楽老 板倉侍従殿 参 元和元年之此安楽庵咄を所望いたし承候へは別而おもしろく存に付て御書集候て草子にいたし給候やうにと申候処一両年過八冊に調給候紛失可仕かと存奥に書付置也 寛永五年    三月十七日 重宗 凡例 一 本書は安楽庵策伝著『醒睡笑』八巻(整版本=略本)の全文を翻刻したものである。 一 底本は醒睡笑 / 策伝[著]<セイスイショウ>. -- (BN01098312) 東京 : 笠間書院, 1983.2 3冊 ; 26cm. -- (笠間影印叢刊 ; 72-74) -- 上 - 下 注記: 酔生書菴蔵・寛永版の影印 ; 編・解説: 鈴木棠三 ISBN: (上) ; (中) ; (下) 著者標目: 安楽庵, 策伝(1554-1642)<アンラクアン, サクデン> ; 鈴木, 棠 三(1911-)<スズキ, トウゾウ> 分類: NDC8 : 913.59 ; NDLC : KG242 一 仮名遣いは底本のままであるが、漢字は新字体を用いた。 誤字・宛字・振り仮名などは、すべて底本のままとした。 一 外字については、「〓」記号をもってその漢字の左右上下にあたる字を示し、その読み仮名を付しておいた。 2001.04.01更新 [入力者]前東 千春 [監修者]萩原 義雄