第 1 回 |
授業の計画・内容 |
チベット仏教を歪めたもの
チベット仏教に否定的な影響を与えてきたものとして、「転生ラマ制度」と「埋蔵文献」という二つの事項を取り上げ、それらがどのようにチベット仏教を歪めてきたかを説明する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:「転生ラマ制度」と「埋蔵文献」がどのような意味でチベット仏教の特色とされるか |
60分 |
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第 2 回 |
授業の計画・内容 |
チベット仏教を学ぶ意義 / チベット建国神話
つい最近まで、チベット仏教は、神秘のベールにつつまれた未開な地域の仏教であるととらえられたり、ある意味で研究者というより好事家たちの興味の対象であったり、さらには胡散臭い宗教家たちの玩具でもあった。しかし、チベット仏教に関する知見がインド仏教や中国仏教などの学問研究にきわめて有益であり、またチベット仏教そのものが精緻で体系的な仏教であることを伝えたい。加えて、チベット人がとらえるチベット民族の由緒正しさをを建国神話の中に見てゆきたい。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:1) チベット仏教学が、インド大乗仏教研究を補完するだけでなく、チベット仏教を研究すること自体が仏教学全体の中で如何に意義深いか、2) チベットの建国神話の中でインドとのつながりと観音菩薩の存在が何故に重要視されるか |
60分 |
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第 3 回 |
授業の計画・内容 |
チベット問題
20世紀の半ばに、アジアにおいてはインドがイギリスより独立し、中華人民共和国が成立した。そうした中において、長年の鎖国の影響で時代にとり残されたチベットは、自らの国を自らの手で護る術を知らず、苦難の道を選ばざるを得なかった。すなわち、中華人民共和国の一つの自治区となり、彼ら固有の文化を維持することがきわめて困難な状況に陥ることとなったのである。この回では、ダライ・ラマ14世のインド亡命以後、チベットが直面した様々な問題について解説する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:チベットがどのように独立国家としての地位を失ったか、そしてその原因がどこにあったか、さらにはチベットの将来に対する展望はどのようなものであるか |
60分 |
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第 4 回 |
授業の計画・内容 |
チベットと日本人(明治期以降にチベットをめざした日本人)
河口慧海をはじめとして、多くの日本人が、さまざまな理由でチベットをめざした。この回では、彼らの足跡を訪ね、とりわけ明治から昭和にかけてのチベットと日本の交流史について簡単に説明する |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:日本人がチベットに求めたものは一体何であったか |
60分 |
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第 5 回 |
授業の計画・内容 |
前期伝播時代(吐蕃王国時代)における仏教 I ― 仏教の伝来
チベット仏教の歴史を眺めるとき、前期伝播時代と後期伝播時代という二つの時代区分を用いるのが普通である。前期伝播時代は吐蕃王国時代ともいわれるが、この回においては、その初期において仏教がインドより導入された経緯などについて説明を加える。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:「国家が仏教を導入する目的としてどのようなものが考えられるか」という大きなテーマの下で、吐蕃王国が仏教を受容した目的が何であったか |
60分 |
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第 6 回 |
授業の計画・内容 |
前期伝播時代における仏教 II ― 仏教の興隆
前期伝播時代の後半において、古くからあったボン教を差し置いて、仏教が国教と認められた。この仏教の興隆の様子について解説する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:吐蕃王国に見られる仏教の受容の肯定的な側面と否定的な側面はそれぞれどのようなものであったか |
60分 |
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第 7 回 |
授業の計画・内容 |
サムイェの宗論 I ― 歴史的経緯
この宗論は、サムイェという寺院でインド仏教徒と中国仏教徒との間で行われた論争であり、チベット仏教史の上だけでなく、仏教史全体を見通しても、きわめて大きな意義を有する論争である。しかし、この論争は、単にインド仏教と中国仏教の対立という構図の下で理解されるべきものではなく、より普遍的な意味を有する論争であるということを明らかにしたい。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:サムイェの宗論が仏教史全体の中でどのようにとらえられるか |
60分 |
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第 8 回 |
授業の計画・内容 |
サムイェの宗論 II ― 論争の意義
前回と同様に、サムイェの宗論を取り上げ、とくにその論争の具体的な内容について解説を加え、それが後代のチベット仏教にどのような影響を与えたかについても簡単に説明する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:チベット仏教のいくつかの概説書で、サムイェの宗論がどのように説明されているかを比較・検討してもらいたい。 |
60分 |
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第 9 回 |
授業の計画・内容 |
前期伝播時代の終焉(吐蕃王国の崩壊) ― 仏教の衰退
前期伝播時代すなわち吐蕃王国時代の衰亡に仏教がどのような形で関与したか、そして吐蕃王国の滅亡と共に中央チベットから姿を消した仏教がその後どのように延命を図ったについて解説する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:滅亡に至るまでの吐蕃王国の歴史的な流れを過去の授業に遡ってもう一度確認してもらいたい。 |
60分 |
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第 10 回 |
授業の計画・内容 |
インド・チベット仏教における正統と異端Ⅰ
仏教においては、キリスト教やイスラーム教ほど正統と異端という考え方は顕著ではないが、自ら(或は自分たち)の教えこそがブッダの正真正銘の教えであるということをめぐる対立は数多く存在した。この回においては、インド仏教とその直接的な影響の下で成立したチベット仏教に取材し、「仏教における政党と異端」という問題について考察したい。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:キリスト教やイスラーム教との比較を通して、「正統と異端」という問題は仏教においてどうとらえられるか |
60分 |
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第 11 回 |
授業の計画・内容 |
インド・チベット仏教における正統と異端 II
前回の続き |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:チベットが導入したインド大乗仏教は、インド仏教全体の中で正統と異端という観点からどのようにとらえられるか |
60分 |
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第 12 回 |
授業の計画・内容 |
インド・チベットにおける中観思想(インド)
チベット仏教の特徴は、大乗仏教の一つの思想的潮流である中観思想を最も優れた、つまり究極的な仏教思想ととらえ、他の仏教思想はあくまで暫定的なものでしかなく、そしてその中観思想は最終的には密教において完成される、というものである。こうしたチベット仏教の特徴を理解するために、インドにおける大乗仏教思想史の展開を概略的に説明する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:インド大乗仏教における中観思想は、唯識思想との比較の中でどのように理解されるるか |
60分 |
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第 13 回 |
授業の計画・内容 |
インド・チベットにおける中観思想(チベット)
前回において示したチベット仏教の特徴を、この回ではチベットにおける思想史的な観点から検討を加える。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:「チベット仏教において中観思想は最も優れたものととらえられる」ということの意味 |
60分 |
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第 14 回 |
授業の計画・内容 |
チベット密教 ― 概論
先の下位でもふれたように、チベット仏教の究極は密教の中に見られるといってもよいであろう。この回では、チベット仏教における密教の位置とその大まかな体系を概観する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:インド仏教・チベット仏教における密教の全体像 |
60分 |
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第 15 回 |
授業の計画・内容 |
チベット密教 ― 『死者の書』をめぐって
世界の各地に『死者の書』と呼ばれる文献がいくつか伝わっている。チベットの『死者の書』は、輪廻と解脱の基点が死であることを詳細に説明する。この書は、チベット仏教学の観点からは文献としての価値はさほど高いものではないが、広く文化人類学的な視点からは興味深い文献である。この回においては、『死者の書』の概要を説明し、チベット人がどのような死生観をもっているかを探ってみたい。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:『死者の書』に示されている、チベット仏教独自の死生観とはどのようなものであるか |
60分 |
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第 16 回 |
授業の計画・内容 |
ニンマ派の発展とその思想(ゾクチェンなど)/ ボン経の発展とその思想
ニンマ派(「古派」という意味)は、前期伝播時代に起源をもち、いわゆる「四大宗派」(ニンマ派、サキャ派、カギュ派、ゲルク派)の中で最も古くから存在する宗派である。ニンマ派は、密教を主体とする教義を有し、その教えにはボン教などとも共通な要素が多く確認される。この回では、ニンマ派に特徴的な「ゾクチェン」(「大究竟」という意味)という教義の中の仏教的な要素と非仏教的な要素を探ることによって、チベットにおける独自な仏教の展開に関する理解を深めたい。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:ニンマ派の教義に見られる仏教的な側面並びに非仏教的な側面はそれぞれどのようなものであるか |
60分 |
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第 17 回 |
授業の計画・内容 |
後期伝播時代のはじまり ― カダム派の歴史とその思想(アティシャ、ドムトゥンなどの事績)
後期伝播時代の幕開けは11世紀頃とされる。それは主に西チベットの諸王によって企てられたものであった。彼らは、前期伝播時代の王たちと同じく、インドより高僧(たとえば、アティシャなど)を招聘し、当時のインドにおける最高の仏教を導入し、戒律を復活させた。その新しい仏教の動きは、やがてドムトゥンなどによって中央チベットにもたらされ、カダム派という新しい宗派が形成された。こうした仏教復興の経緯とカダム派が中心となってチベット独自の仏教思想が、チベットにおいて徐々に育まれていった様子を説明する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:アティシャがチベットにもたらした仏教とはどのようなものであったか |
60分 |
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第 18 回 |
授業の計画・内容 |
カギュ派 の歴史とその思想(マハー・ムドラー / ナーローの六法など)
カギュ派は大小のさまざまの支派によって成り立っており、ニンマ派と同様に、密教を非常に重視する宗派である。この回では、カギュ派の多くの支派が説く「マハー・ムドラー」そして「ナーローの六法」という、彼らに独特な教義について説明する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:カギュ派が説く「マハー・ムドラー」そして「ナーローの六法」とはどのような教えであるか |
60分 |
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第 19 回 |
授業の計画・内容 |
サキャ派 の歴史とその思想(道果説など)
サキャ派は、サキャ(「灰色の土地」という意味)という土地を地盤とした氏族仏教集団である。後期伝播時代において最初にチベットを統一支配したのはこのサキャ派であった。サキャ派は、その当時中央アジアに急速に台頭してきたモンゴル人を後ろ盾にして、チベットにおけるその支配を確立したことは、きわめて重要な意義をもつ出来事であった。この回においては、サキャ派がどのようにチベットを支配していったかに加えて、サキャ派の教義の中で最も有名な「道果説」(どうかせつ)についても説明を加える。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:道果説とは何か |
60分 |
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第 20 回 |
授業の計画・内容 |
転生ラマ制度
「転生ラマ」とは、チベット語で“トゥルク”、中国語で「活仏」(かつぶつ)と言い、「化身」(けしん)というあり方で存在する仏のことである。この仏は、苦に喘いでいる衆生がこの世に存在する限り、自ら進んでこの世に留まり、衆生の救済に携わるのである。この制度はもともとカルマ・カギュ派によって創案されたものであって、それが様々な点で有効であったことより、敵対するゲルク派によっても採用された。たとえば、ダライ・ラマ或はパンチェン・ラマというのは、ゲルク派における転生ラマの代表的な名跡である。この転生ラマ制度は、あくまでも恣意的に作られた制度であることより、多くの問題点を孕んでいた。この回では、こうした転生ラマ制度の長所・短所を探ってみたい。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:大乗仏教の教理において「転生ラマ」という概念は、どのように説明されるか |
60分 |
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第 21 回 |
授業の計画・内容 |
ラマと施主
インドで興った仏教が二千五百年もの長い年月を経て、現在に至るまで存続し得たのは、仏教教団が為政者との間に良好な関係を築き、彼らの保護の下でその地位を確保してきたからであると考えられる。それは原始経典に散見できるブッダと当時の諸々の王とのやり取りからも容易に推し量ることができる。こうした仏教の高僧と為政者の関係を、チベットでは「ラマと施主」と呼び、チベット仏教においてとりわけ重要な役割を果たした。この回では、仏教の歴史の中にこの「ラマと施主」の関係の具体例を探りながら、それについての分析を行いたい。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:インド以来の仏教史の中で「ラマと施主」という概念はどのように説明されるか |
60分 |
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第 22 回 |
授業の計画・内容 |
サキャ派とモンゴル帝国
チベット仏教には、この「ラマと施主」という高僧と為政者の特殊な関係を狡猾に利用して、自らの教団の維持・発展に成功した例はいくつもある。その一つが、サキャ派の高僧とモンゴルの王―たとえば、パクパとフビライ・ハーン―の関係である。この回においては、サキャ派がこの「ラマと施主」という関係を通して、チベットにおける支配をどのように確立したかについて解説を加える。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:サキャ派とモンゴルの間の互恵関係はどのようなものであったか |
60分 |
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第 23 回 |
授業の計画・内容 |
サキャ派の衰退からダライ・ラマ政権の誕生まで
サキャ派が衰退した後、カギュ派とりわけカルマ・カギュ派がチベットにおける影響力を行使し、新興のゲルク派との間で激しい攻防を繰り広げた経緯を解説する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:チベットの支配がサキャ派からゲルク派に移行していった経緯はどのようなものであったか |
60分 |
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第 24 回 |
授業の計画・内容 |
ゲルク派 I ― 開祖ツォンカパの伝記と思想
ツォンカパ(1357-1419)は、ゲルク派の開祖であり、チベット仏教のみにとどまらず、仏教全体を通観しても、どの範疇にも入りきらない独創的な仏教思想家である。この回では、ツォンカパに関するいくつかの伝記を比較しながら、その生涯と思想の変遷を辿ってみたい。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:ツォンカパ独自の思想がどのように形成されたか |
60分 |
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第 25 回 |
授業の計画・内容 |
ゲルク派 II ― ダライ・ラマ5世とダライ・ラマ6世
1642年、チベットにダライ・ラマ政権が誕生する。ダライ・ラマ5世のときのことである。このダライ・ラマ政権が誕生したことによって、ゲルク派による独裁的な支配が確立したといってよいであろう。その中心人物であったダライ・ラマ5世は、優れた学識と政治的な手腕をもち合わせ、権力による政治を行使した。それとまったく好対照をなすのが、ダライ・ラマ6世であった。これら二人のダライ・ラマを比較しながら、ダライ・ラマという存在の光と影の部分を浮き彫りにしてみたい。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:ダライ・ラマ5世によるダライ・ラマ政権の樹立の背景とその影響の中でダライ・ラマ6世の存在はどのようにとらえられるか |
60分 |
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第 26 回 |
授業の計画・内容 |
ゲルク派 III ― ダライ・ラマ13世と ダライ・ラマ14世
歴代のダライ・ラマの中で最も偉大とされるのは、前回ふれたダライ・ラマ5世であるが、19世紀から20世紀、そして21世紀に続く激動の時代において、チベットを支えたダライ・ラマ13世とその転生者であるダライ・ラマ14世の存在もけっして過小評価されてはならない。この回においては、これら二人の優れたダライ・ラマがどのように時代に抗い、そして翻弄されたかについて説明する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:19世紀末から20世紀において、ダライ・ラマ13世そしてダライ・ラマ14世が激動の世界情勢の中で翻弄されたか |
60分 |
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第 27 回 |
授業の計画・内容 |
リメ(無宗派運動)運動
18世紀のチベットにおいては、それまでゲルク派によって独占支配されてきた仏教界に、宗派の垣根を越えた、ある意味で普遍的なチベット仏教の確立をめざす人々が、ニンマ派やカギュ派をはじめとする非ゲルク派の教団の中から現れ、膨大な数の著作を残した。この運動のことを「リメ」(「偏向がない」という意味)と呼称し、それは現在も継続している。この回では、このリメ運動を推進した重要な僧侶たちと彼らの著作、そしてその影響について説明を加えたい。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:「チベット問題」という文脈の中において「リメ運動」がどのような意義を有するか |
60分 |
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第 28 回 |
授業の計画・内容 |
チベット大蔵経
チベット大蔵経は、インドの仏教文献を翻訳したものを集めたものである。それは、主に“カンギュル”といわれる主に経典などを翻訳したものと、“テンギュル”という論書などを翻訳したものによって構成されている。また、それに加えて、密教の文献が翻訳されたものもチベット大蔵経に含まれている。こうしたチベット大蔵経は、インドばかりでなく、その周辺地域においてインド仏教の文献が散失してしまった現在において、きわめて重要な資料を提供してくれる。その他に、チベット人による著作である「蔵外文献」というものがあり、この回では、これらの文献類について詳しく解説する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:チベット大蔵経が形成された歴史とその組織はどのようなものであるか |
60分 |
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第 29 回 |
授業の計画・内容 |
ゲルク派の大僧院における仏教の学僧の養成
ゲルク派には何千人もの僧侶を有するいくつもの大僧院が存在した。それらの大僧院の特徴の一つは、数十年にもわたる学問と実践修行を通して優れた僧侶を養成するための教育制度を有していることであった。この回においては、特にゲルク派が確立した学僧の教育制度の起源とそのカリキュラムについて説明する。 |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:ゲルク派の大僧院制度はどのような特色を有するか |
60分 |
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第 30 回 |
授業の計画・内容 |
これまでの講義をふりかえって |
準備学習 (予習・復習等) |
復習のポイント:チベット仏教の全体像 |
60分 |
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