経営学部のゼミ企画紹介「日本経済史街歩きツアー:本郷・上野編」(後編)

(前編はこちら。)

 少し遠回りして広小路とアメ横の雑踏を通り抜け、今度は上野台地の坂を上ってきました。現在の上野台地の活用のされ方を規定したのは徳川時代から明治時代への転換で、それを象徴しているのが表裏の位置関係に立っている西郷像と彰義隊碑です。少し歩いた先にある清水観音堂には、両者の戦を描いた絵馬と、その時のものとされる砲弾が飾られています。

 清水観音堂を通り過ぎて上野公園の中心部に向かう途中には、気づかず通り過ぎてしまいそうになるくらいひっそりと摺鉢山古墳があります。ここからも弥生式土器が出土したそうですが、上野台地の上に一段高く擂鉢状に盛り上げられた山から出土した土器と、はじめの方で本郷台地の坂の中腹から出土した土器とでは、その性格に違いがありそうです。

 摺鉢山古墳を通り過ぎると、正岡子規記念球場、東京文化会館、国立西洋美術館、国立科学博物館、さらには噴水広場と大噴水を挟んで上野動物園、東京都美術館、さらに奥に進んで車道を渡ると東京国立博物館、東京芸術大学、国立国会図書館国際子ども図書館などなど、「近代装置」とでもいうべき施設群が集中立地していることがわかります。そもそも現在の上野公園の地は、徳川時代には噴水広場辺りに根本中堂を据えた東叡山寛永寺の広大な境内でした。かつての寺院境内が現在「恩賜」公園となっていることの意味を考えてみましょう。

 国際子ども図書館の前を通り過ぎると、現在の寛永寺があります。今や上野台地の北端の隅に追いやられている同寺は、今なお現役の寺院として活動しています。ここにも「三つ葉葵」が受け継がれているのを確認しながら鶯谷駅まで進み、山手線・京浜東北線が上野台地の北の崖沿いに通されているのはなぜか、という問いを宿題としてこの日は解散しました。

以下、参加者の感想(一部)です。

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 街歩きに参加して上野という地域に改めて実感が湧きました。ゼミでは普段、教科書を読んで先生やゼミ生と論点を話し合いながら内容を理解していますが、なかなかイメージできないこともあります。そこで、今回は上野を舞台に街歩きをしながら地域の歴史や建造物について学びました。実際に現地に行くことによって体感できることもあるので、良い経験になりました。(市場戦略学科2年生)

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 今回の街歩きを通し、上野の土地について調べてみるとその歴史的背景や都市計画の影響が大きく、江戸時代の将軍家ゆかりの地としての起源から上野公園や歴史的建造物が残っており、これが現代の景観にどのような影響を与えているのか考えるととても興味深いと感じました。都市の発展と土地利用の変遷を通して、上野がどのように変化してきたのか理解をすることができ、この街歩きをきっかけに、都市環境の変遷について上野以外の土地についても調べてみたいと思いました。(経営学科3年生)

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 昨年の横浜と比べると、上野は小さい頃から何度も行ったことのある馴染みのある場所だったので、その分地理に関すること、歴史に関することを深掘りできた経験は、より愛着が湧くという点でほかに替え難いものだったと思います。東大キャンパス内や旧岩崎庭園、上野公園とその周辺を歩いた充実した4時間でしたが、先生の解説を踏まえトピックに着目しながらそれを体感することで、一人でただ観光しているだけでは絶対に気づけない学びと楽しさを得られました。(経営学科3年生)

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(K.N.)