2003.05.19更新

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近現代語における四字熟語

その実際用例

イツパンヒヨウボ【一飯漂母】恩は昔受けても今受けても恩である。恩を忘れる様な不人情な詩人ではない。一飯漂母(いつぱんひようぼ)を徳とすと云う故事を孤堂先生から教わった事さえある。〔夏目漱石『虞美人草』一八三@〕

カンカソキン【閑花素琴】この作者は趣なき会話を嫌う。猜疑(さいぎ)不和の暗き世界に、一点の精彩を着(ちやく)せざる毒舌は、美しき筆に、心地よき春を紙に流す詩人の風流ではない。閑花素琴(かんかそきん)の春を司(つかさど)る人の歌めく天(あめ)が下に住まずして、半滴の気韻だに帯びざる野卑の言語を臚列(ろれつ)するとき、豪端(ごうたん)に泥を含んで双手に筆を運(めぐ)らし難(がた)き心地がする。〔夏目漱石『虞美人草』一一七A〕

コクテンキョウリ【黒甜郷裏】世界は色の世界である。いたずらに空華(くうげ)と云い鏡花と云う。真如(しんにょ)の実相とは、世に容(い)れられぬ畸形(きけい)の徒が、容れられぬ恨を、黒甜郷裏(こくてんきょうり)に晴らす為めの妄想(もうぞう)である。盲人は鼎(かなえ)を撫(な)でる。色が見えねばこそ形が究(きわ)めたくなる。手のない盲人は撫でる事をすら敢(あえ)てせぬ。ものの本体を耳目の外(ほか)に求めんとするは、手のない盲人の所作である。〔夏目漱石『虞美人草』五九M〕《》昼寝の夢のなか。

こじつけ【牽強附会】「ふうむ、然(そ)ういうものかね。何だか牽強附会(こじつけ)のようだぜ」〔佐々木 邦『珍太郎日記』二一六下〕

ゴシャホゴ【五車反古】「歌反古(うたほご)とか、五車反古(ごしやほご)と云う様なものを入れちゃ、どうです」〔夏目漱石『虞美人草』二二九K〕《》五つの車に積み上げた反古紙。多量の本こと。

サクギョウウユウ【昨暁烏有】「これだ。この写真を昨暁(さくぎょう)烏有(うゆう)に帰したる日東棉花会社としてあるのは全然嘘だよ」〔佐々木 邦『珍太郎日記』二一七下〕

ジドウくずかご【自働屑籠】自働屑籠を発明したら好かろう。そうしたら人間の反古がみんな自分で飛び込むだろう」〔夏目漱石『虞美人草』二三〇@〕

シャソウシュウケツ【洒掃修潔】○夕に車に駕して、市中を回る、此府の市街は、洒掃修潔にて、甃石みな備り、街廣く、兩側の市廛には、虚廊を設けて全く人道を覆ふ、雨時の行歩に便なり、〔久米邦武『米歐回覽實記』卷八十四・四編61B〕

ジツパひとからげ【十把一束】京の活動を七条の一点にあつめて、あつめたる活動の千と二千の世界を、十把一足(じつぱひとからげ)に夜明までに、あかるい東京へ推し出そう為(た)めに、汽車(きしや)はしきりに烟(けむり)を吐きつつある。黒い影はなだれ始めた。――一団の塊まりはばらばらに解(ほご)れて点となる。〔夏目漱石『虞美人草』一〇〇L〕

センシンバンク【千辛万苦】人相賊(あいぞく)して遂(つい)に達する能わず、或(あるい)は千辛万苦(せんしんばんく)して始めて達し得べきものも、ただ互に善を行い徳を施こして容易に到り得べきを思えば、悲しむべし」〔夏目漱石『虞美人草』二六五F〕

ダイタンフテキ【大胆不敵】「根拠があるらいしいって?それは君達の書いた文章よりは根拠があるさ。初等算術の分らない頭脳(あたま)で天下国家のことを論じるのだから君達は大胆不敵だよ。何が不精確だってこの頃の新聞や雑誌の記事ぐらい不精確なものはない。半分は虚構(うそ)だよ」〔佐々木 邦『珍太郎日記』二一七上G〕

ドウシンドウタイ【同心同体】親の謎を解く為めには、自分が親と同体にならねばならぬ。妻の謎を解く為には妻と同心にならねばならぬ。宇宙の謎を解く為めには宇宙と同心同体にならねばならぬ。これが出来ねば、親も妻も宇宙も疑(うたがい)である。解けぬ謎である、苦痛である。〔夏目漱石『虞美人草』四五G〕

ヒンプンラクエキ【繽紛絡繹】世界を輪切りに立て切った、山門の扉(とびら)を左右に颯(さつ)と開いた中を、――赤いものが通る、青いものが通る。女が通る。小供が通る。嵯峨(さが)の春を傾けて、京の人は繽紛絡繹(ひんぷんらくえき)と嵐山(らんざん)に行く。〔夏目漱石『虞美人草』七五P〕

フヘンフトウ【不偏不党】「ふん、それに不偏不党(ふへんふとう)だろう。しかしそんなことは商人の大勉強安売と同様の嘘で、信用する馬鹿があるもんかね。種々(いろいろ)と比較して見ているけれど、君が筆を執っていると思う所為(せい)か、君のところの記事が一番不精確だよ。少なくとも僕の知っている事実を書いた時には屹度半分は間違っている」〔佐々木 邦『珍太郎日記』二一七上L〕

リンキオウヘン【臨機応変】否(ひ)と聞くならば、退(の)っ引(ぴ)きならぬ瀬戸際まであらかじめ押して置いて、振り返ってから、臨機応変に難関を切り抜けて行く積の計画だから、一刻も早く大森へ行ってしまえば済(す)む。〔夏目漱石『虞美人草』三四九Q〕

[参考資料]

夏目漱石『虞美人草』(新潮文庫)

久米邦武編・特命全權大使『米歐回覽實記』(明治十一年十月、博聞社刊)

佐々木 邦『珍太郎日記』(佐々木邦全集・講談社刊)←(大正九(1920)年、主婦之友)

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