2000.09.17開始〜2005.09.13逐次更新
〜ことばあそび〜
(6)回文
現代の回文
今ここに紹介しました回文は、子どもたちが操る「ことば遊びの世界」では、ちょっとした知的発見を帯びたものと言えます。最初は、名詞ことばの回文、これに短文による回文へと進展していきます。ですが、回文は知的技巧を有する性質のためか子どもの世界にあっては、数量はごく僅かにすぎません。ですから、長い文句をもって回文を仕立てようとする意欲は、子どもの夢を忘れずに持ちつづけてきました大人たちにその制作を委ねることになりましょう。上から読んでも下から読んでも同じ内容の表現、この知的発見は、子ども時分、みずからの身体を「逆鉾立ち」させた生理的な快感その物に匹敵するもでありましょう。
回文ことば
○新聞紙(しんぶんし)
○八百屋(やおや)
○南(みなみ)
○田植え歌(たうえうた)
○いかにも苦い
○慥かに貸した(たしかにかした)
○田は月か杜若(たはつきかかきつばた)
○夏まで待つな
○私負けましたわ
○竹屋が焼けた{または、竹藪燒けた}
○留守をする
回文文字
○山本山
○日ハ本(モト)日本ノ日 朝ハ鮮カナリ朝鮮ノ朝
○助高屋高助
三十一文字の回文(「カイブンカ【回文歌】」)
『奥義抄』『八雲御抄』『和歌色葉』『和歌大綱』『和歌肝要』『悦目抄』『三五記鷺末』『代集』などに収載。
『悦目抄』などに収載。
『代集』『庭訓徃來註』『運歩色葉集』などに収載。
『塵荊鈔』巻四に、
回文トハ卅一文字ノ歌、上ヨリ読メル如ニ下ヨリ読上ルモ、同ジ歌ナルヲ云ヘリ。又ハ卅一首歌ヲ読聚メ、各之五文字ノ頭ノ字ヲ横ニ又一首ノ歌ニ読。五句各ノ字頭、又終ノ字等ヲ横竪ニ歌ニ読。又各五句ヲ横文字鐓(クサリ)ニ読メリ。回文ノ躰惟多シ。《二四六頁》
『悦目抄』に、回文歌の口傳として、「いろはにいはく、読むべきやう中、への字を注すなり」
いはい ろくろ はらは にしに ほくほ へをへ とかと ちまち りあり ぬかぬ るとる をしを われわ かすか よるよ たつた れにれ そまそ つきつ ねかね なづな らこら むかむ うかう ゐくゐ のら[ちイ]の おくお くとく やとや まやま けふけ ふたふ こみこ えくえ てに[うイ]て あのあ さき[にイ]さ きしき ゆにゆ めす[さカ]め みかみ しるし ゑてゑ ひゑひ ものも せこせ すぐす
又云、是も此の題の具也。
しらとりとらじ むかばきはかむ すみのまのみす こねこのこねこ ししのこのしし
是體也。是秘するが中の秘事也。可∨秘、々∨々。
『和歌集心躰抄抽肝要』〔京都大学国語国文学研究室藏〕に、
藤原敏行ト/廻文歌
ムラクサニ クサノナハモシ ソナハラハ ナソシモハナノ サクニサクラム
ヲシメトモ ツイニイツモト ユクハルハ クユトモツイニ イツモトメシヲ
「むらくさ」の歌は、上記『奥義抄』『八雲御抄』『和歌色葉』『和歌大綱』『和歌肝要』『悦目抄』『三五記鷺末』『代集』などに収載と共通し、「をしめども」の歌も『悦目抄』に収載と共通している。
『運歩色葉集』に、「きじのかたもゝ、たかのじき【雉の片腿、鷹の食】」という回文句を収載。
俳諧・連歌の回文
『毛吹草』(岩波文庫・四六七頁)に、「頃(このころ)廻文之俳諧とて人のいひつづけらるるを見るに、一きは興(けう)ある物にぞあなる。(中略)昔を聞に大和にも限らず唐詩(からのうた)にも廻文の例(ためし)多し。殊に若蘭錦字詩之二百首を作りて夫(おつと)の方へつかはしけるに、是も其徳なきにしあらず。」と記載されています。四九二頁までと長くなりますので中味はご自分でお読みください。とはいえ、いくつか私なりに抜粋しておきます。
○すきととぼけななけ郭公(ほととぎす) 貞
○世中はむなしく死なんはかなの世 頼
○小猫の芸よよい毛の小猫 方
○鈴のみが音をし音を神の鈴 頼
○稚(おさな)さをすかすよすかすおさなさを 方
○遠(とを)のくかうぐひすひくう楽(がく)の音 重方
○しら雪のきゆる春野か駒しばし馬子がのる春雪のきゆらし 作者未知
江戸時代の回文
廻文之俳諧
○むめさくなかわわかなくさめむ(梅咲く中わ 和哥慰めむ)
○をるなゑたうぐひすひくうたゑなるを(折るな枝鶯ひくう妙なるを)
発句
○ながめしは野菊のくきのはじめかな
[中根香亭『零砕雜筆』三・続日本隨筆大成4三〇八頁・吉川弘文館刊]
滝亭鯉丈『花暦・八笑人』第五編
あば太郎「コウ左次さん聞ツし。此名題ハ寶船の歌と同じことで、うへから読んでも下から読でもおなじ事だぜ。マアざつとした事が、おいらたちの案事ハ名題からして斯骨を折て工夫するから、埒のあかねへはずだらう。茶番に廻文の趣向ハどうだどうだ。「きぬたのおとをのたぬきサ、何くわいぶんもとうぶんもいらねへことはねへ、是から脚色の本をよミを聞ツし、とうざいとうざい。
○砧の音を野狸(きぬたのおとをのたぬき)
変体回文
回文は、前述してきましたように、上から読んでも、下から読んでも同じ内容をもった文章でしたが、ここでいう、「変体回文」とは、確かに上から読んでも、下から読んでも意義内容が存在しますが、上の意義内容とは、まったく別種の意義内容を下から読む文意に意識的もたせたものです。この異義両読式の文章である「変体回文」そのものは、中国の漢詩回文に典據を求めるべきでしょう。
この代表的な漢詩としまして、宋の蘇軾「題織畫」の詩を紹介しておきましょう。
春晩落花餘碧草
夜凉低月半枯洞
人隨遠雁邊城暮
雨映疎簾繍閣雲
といった東韻の詩です。この詩を逆に詠じてみますに、
雲閣繍簾疎映雨
暮城邊雁遠隨人
洞枯半月低凉夜
草碧餘花落晩春
となりまして、真韻の詩となってきます。
隨筆『鹽尻』に、畳語を多分に用いました詩が所載されています。
寒露暁霑葉 晩風動枝々
殘色蝉〓々 列影雁離々
蘭色紅添砌 菊花黄満籬
團々月従嶺 皎々水澄池
また、『尭山堂外紀』には、和冦某作の詩が所載されています。
天連泗水水連天 煙鎖孤村村鎖煙
樹繞藤蘿蘿繞樹 川通巫峽峽通川
酒迷醉客客迷酒 船送行人人送船
此會應難難會此 傳今話古古今傳
これは、日本の海賊某の作というもので、中国の回文詩とは異なっています。すなわち、上から読んでも、下から読んでも同じ式の回文詩に他ならないからです。
日本の文藝における「変体回文」はどのようなものとなっているのでしょうか。たとえば、上からの表現には文藝調の文句が綴られ、下からの表現には官能調の文句が綴られた発句が関西地方の弄語として綿谷雪著『言語遊戲考』に紹介されています。
○鯛釣り舟に米をひさく
これが前章でとりあげた「逆さことば」の表現に実に関係しているのではないでしょうか。
ここで私自身、遊び心で「回文」を創作してみました。
常世祝ひさ君が代に、誰か南、其処一の宮と、北二の宮さへ、三の宮は東、都と西本宮は手宮前に、大和の宮守り、国見瑞穂の水、稲が小金出づ實の保住み、身に繰り靄深の苫屋にへま病みては、闇灯しにと小闇し向かひは、止み飲むささへ、八味の煮たきとや、身の地位こそ皆味方に、余が御酒幸い夜毎。
現代の回文収録<2001.06.12更新収録>
沓冠(くつかぶり)川柳
虫食い川柳(一部地域未掲載)の(間賀田侑さん作)紹介(2001.06.11朝日新聞夕刊・ひゅうまん収載)
無駄な挑戦
しくじりばかり
クイズとは美酒
いつか酔う
「回文」のホームページへ〔リンク集〕 |
*ここのところは、探せば数知れません。自作・他作を含め、是非ご披露ください。ご投稿は、hagi@kk.iij4u.or.jp(自宅)。hagi@komazawa-u.ac.jp(研究室)にお願いします。