ラボ駅伝

駒澤大学で行われている研究を、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。

学びのタスキをつなぐ 駒澤大学 ラボ駅伝

髙田実宗 准教授

行政法と日本の交通問題

六法全書は覚えません。法律の矛盾やグレーな部分どこまでが合法なのかそこを攻めていくのです。

なんとなく従ってきた交通ルールなどに、疑問や不満を抱いたことはないだろうか? 例えば見通しの良い広々とした道での速度制限。こうしたルールは誰が決めているのだろう?
交通に関する行政法を中心に研究してきた髙田先生は、ルールにはみんなの意見が反映されるべきで、現実を踏まえた運用が必要だという。難しそうに見えるが、じつは意外と身近な行政法の世界を少しだけのぞいてみよう。

道路の通行は原則自由電動キックボードの路上駐車も自由?道路の通行は原則自由
電動キックボードの路上駐車も自由?

私の専門は「行政法」です。行政法といってもピンとこない人がいるかもしれません。民法や刑法とは違い、行政法という名前の法律はありませんが、行政分野を規律するおよそ2,000にものぼるさまざまな法律をまとめて行政法と呼んでいます。例えば子供が生まれると戸籍法に基づいて出生届を出す必要がありますし、ゴミ出しにあたっては廃棄物処理法や容器包装リサイクル法が、家を建てるには建築基準法が関わってきます。車を運転するには道路交通法を勉強して運転免許を取らなければなりません。つまり、私たちの日々の生活や社会基盤が、行政法のルールのもとに成り立っていると言えるのです。
新型コロナウイルス感染症の拡大により発出された「緊急事態宣言」に関わる特別措置法も、街づくりに関わる建物や施設の規制も行政法です。扱うテーマはさまざまですが、とくに私が関心を持っているのは「公物法」。道路や河川、海岸、港湾、都市公園など公共のモノを規律する法律で、中でも道路に関する法律を研究しています。

行政法というと難しく聞こえますが、意外と身近なテーマも多いんです。例えば、いま興味を持っているのは「電動キックボード」。これまでは原付バイク扱いで、免許とヘルメットが必要でした。ところが、最近は道路交通法を改正して自転車と同じような扱いにしようという検討が進んでおり、近年、いくつかの地域で社会実験も行われています。
いちはやく導入が進んでいるドイツでは、数多くのシェア電動キックボードが走っていて、利用者はスマホにアプリをダウンロードして登録すれば、路上にある電動キックボードの二次元コードをスキャンしロックを解除して、好きな場所で自由に乗り降りできます。事業者はスマホのアプリで利用料金を課金し、電動キックボードはGPSで管理するという仕組みです。最寄りの駅やバス停からのラストマイル*を繋ぐ交通手段として注目されています。

*ラストマイル:公共交通の最寄り駅・バス停から自宅などの目的地までの道のりのこと。徒歩、自転車、バイク、マイカーにプラスして、免許がいらない電動キックボードが注目されている。

ドイツでは各都市の路上で電動キックボードが見られる。写真はベルリン発のシェア電動キックボード大手「TIER」のもの。
渋谷駅前のスクランブル交差点で電動キックボードに乗る髙田先生

ここで論点となるのは、電動キックボードを好き勝手に路上に置いていいかということです。日本は路上駐車をけっこう厳しく規制していますが、一般的な公道は誰もが自由に通行できるというのが大原則。その上で「道路交通法」で規制を設けて安全に運用しているわけですが、ドイツなどでは自由に駐車できる公道が珍しくありません。だから、電動キックボードの路上シェアリングもどんどん進む。では、日本はどうするか。今後そんなことが議論になるかもしれませんね。

都心部のパーキング・メーターはなぜ値上げしないのか?都心部のパーキング・メーターは
なぜ値上げしないのか?

路上駐車と言えば、パーキング・メーターも調べてみると非常におもしろいんです。駐車料金が1時間1,000円くらいする都心でも、パーキング・メーターなら1時間300円。路上駐車は駐車場に入れるより手軽なんだから、もっと値上げしてもよさそうなものです。じつは、パーキング・メーターを管理しているのは都道府県の公安委員会で、300円は"駐車料金"ではなく、パーキング・メーターの維持管理に必要な"手数料"として利用者から徴収しているもの。短時間駐車の需要に対応するため、便宜的に「時間制限駐車区間」として認められた道路という理屈なんですね。

ところで、駐車禁止の標識がある道路では、駐車してはいけないという義務を負うことになります。駐車の話からは離れますが、他にも、例えば税金を払うという義務がありますよね。
時には、行政の活動によって、私たちの権利が侵害されることもあります。その場合、「行政のやり方はおかしい!」と裁判を起こすことができます。それが「行政訴訟」です。でも実際には、いくつものハードルがあって、裁判所が訴えを起こすことすら認めてくれない、つまり門前払いされることが多いんです。
例えば、「行政の計画や条例を取り消してほしい」という裁判は起こせるのでしょうか。行政の計画や条例に対する「取消訴訟」は提起できないというのが最高裁判所の基本的な見解です。これが「処分性」の問題です。取消訴訟の対象となるものとならないものがあるんです。もっとも、私が大学生の時でしたが、2008年と2009年、この処分性に関して注目すべき判決が出ています。まちを区画整理する計画について、最高裁判所は、従来の判例を変更し、取消訴訟を起こせると言ったんです。さらに、公立保育園を民営化する条例についても、それが取消訴訟の対象になると言いました。

他国の行政法を学ぶことで日本の課題が見えてくる他国の行政法を学ぶことで
日本の課題が見えてくる

たまたま入っていた行政法のゼミで、こうした判例に興味が湧いて、もっと行政法を勉強してみたいと思い大学院に進みました。大学院では独和辞典を片手にひたすらドイツ語の専門書を読んでいました。なぜなら、日本の行政法は明治時代にドイツの行政法を手本にして作ったものであるため、まずはドイツの行政法を学ぶ必要があったんです。
必死に原書を読んでいくと、ドイツにも「処分性」と似たような論点があって、やたら交通規制に関する判例が出てくるんです。例えばドイツでアウトバーンと呼ばれる高速道路は基本的に無料で速度制限もありませんが、都市部では騒音の観点から速度制限を設ける地域があります。それに対して「時速120kmの速度制限とはけしからん!取り消せ」という訴訟は起こせるのか、誰が訴える権利を有しているのか、いつまで訴えられるのかといったことが細かく論じられています。ドイツ人は車が大好きなうえ、理論派の人が多く何でも理由を知りたがる国民だから、すぐ裁判になるんでしょうね。このネタで初めての論文を書きました。読み返すと穴だらけの修士論文ですが......。

ドイツの連邦行政裁判所

ほかにも、自動車による大気汚染や騒音のような環境問題、道路を維持するための財源問題など、ドイツでは日本にはない視点からの議論があります。そこで交通に関する行政法を掘り下げてみたくなりました。ドイツと日本の行政法を比較することで、日本の潜在的な課題や論点が見えてくるんです。

交通利用者は、運賃や駅の設置に対して行政訴訟を起こせるのか?交通利用者は、運賃や駅の設置に対して行政訴訟を起こせるのか?

じつは、駒澤大学も行政訴訟の原告だったことがあります。駒澤大学の学生や関係者が利用している「駒沢大学駅」。駅名にするなら、現在の場所よりもっと大学の近くに駅があってもいいのにと思ってしまいます。歴史を遡ってみると、かつて国道246号線には玉電と呼ばれた路面電車が走っていて、大学の近くに「駒沢駅」がありました。それが1964年の東京オリンピック以降の自動車の激増で1969年に玉電が廃線となり、1977年に地下鉄新玉川線(現・田園都市線)が開通されるにあたって、三軒茶屋と桜新町の中間地点に駒沢大学駅が設置されたんです。駅の設置計画が持ち上がったとき、教職員や学生、地域住民が一丸となって、以前と同じ場所に駅を作ってほしいと行政訴訟を起こしたんですが結果は門前払い。駅を決めるのは事業者の権限、それを認めるのが行政の権限、そこに利用者は口出しできないという判決でした。この駅の位置をめぐる行政訴訟は、利用者の利益が法的に保護されるのかという問題を顕在化させました。

「令和2年度 学生が選ぶベスト・ティーチング賞」を受賞(左から2人目)

交通利用者の権利は、興味深い論点です。運賃の値上げやローカル線の廃止について利用者は本当に口出しできないのでしょうか?
千葉ニュータウンを走る北総線の沿線住民が、高額運賃の値下げを求めて国を訴えた裁判では、2013年の東京地方裁判所の判決が、結論としては原告の請求を棄却したものの、毎日通勤通学に使う利用者は運賃値下げの裁判を起こす権利(原告適格)があるとしました。駒沢大学駅のケースでは認められなかった利用者の裁判上における権利が認められたのです。
赤字に悩む鉄道会社は、運賃の値上げやローカル線の廃止を検討するかもしれません。行政が認可しないと運賃の値上げはできませんが、不利益を被る利用者の存在が無視されてしまわないかが気になります。ちなみに、コロナ禍で利用者が減ったため、東急電鉄が運賃を約13%値上げするという話がありますが、あれも誰かが行政訴訟を起こしたら、この交通利用者の権利という論点が審理されることになりましょう。研究の材料となるネタは、身の回りに溢れています(笑)。

行政法を通して社会の仕組みを考えていく行政法を通して
社会の仕組みを考えていく

今後日本では、人口減少にともなって、道路や鉄道などの維持管理の費用増大が大きな課題となっていきます。無人駅化して改札も車掌もなくす、さらにはAIによる自動運転で経費削減といった方向にシフトする可能性があるでしょう。欧米では「信用乗車方式」といって、多くの鉄道の駅に改札がありません。ズルしようとすれば切符なしで乗車できるけれど、抜き打ち検査で無賃乗車が見つかれば高額な罰金を請求されます。欧米では慣習的に行われている方法ですが、日本でもこうした運用は可能でしょうか。現実的には通勤時間帯は満員で検査もできないから無法地帯になるだろうなど、いくつか論点がありそうです。

このように、行政法を通して社会の仕組みが見えてきます。法律って、作った理由があるんですが、本来の狙いとは違ったように使われることがよくあります。もちろん、むかし作った古い法律は、時代に合った使い方が必要です。どう運用されていくかを考えて法律を観察すると、実にオモシロイですよ。

Profile

髙田実宗准教授
2012年、学習院大学法学部卒業。17年、一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。同大学院特任講師、駒澤大学法学部法律学科講師を経て、21年より現職。行政法の中でもとくに交通に関する法律を、ドイツの行政法と比較しながら研究している。国土交通省 道路法制に関する意見交換会委員、公益財団法人国際交通安全学会 特別研究員。

次回は 第27区 文学部 モート、セーラ 教授

駒澤大学ラボ駅伝とは・・・
「ラボ」はラボラトリー(laboratory)の略で、研究室という意味を持ちます。駒澤大学で行われている研究を駅伝競走になぞらえ、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。

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