
「労働者協同組合」という言葉を聞いたことがあるだろうか。同じ志を持った人たちが集まって資金を出し、みんなが経営者になって運営する協同組合の一つだ。松本先生はそうした非営利組織を経営の視点から研究している。近年は簡単に設立できる制度も整い、先生も仲間と協同組合をつくったそうだ。NPOや他の協同組合との違い、どんな可能性があるのかなどをうかがった。
そもそも非営利組織って
何だろう?
私は、経営学の視点から非営利組織や協同組合について研究をしています。非営利組織といっても、いろいろあります。たとえば、学校法人や医療法人、生協や農協といった協同組合、環境保護やまちづくり、子育てや高齢者介護といったさまざまな社会貢献活動を行うNPO法人(特定非営利活動法人)も非営利組織です。経営のかたちはさまざまですが、いずれも利益追求ではなく、社会的な使命の達成をミッションとした組織を指します。
私が最初に非営利活動に関心を持ったのは、阪神・淡路大震災が起こった1995年。ボランティア元年とも言われたことに興味を持ち、高校でボランティア活動を行う部活動に入って、あしなが学生募金のほかさまざまな活動に携わりました。ボランティアや非営利ということに興味をもつ一方、父が営んでいた洋品店が、そのころから台頭してきた全国規模の製造小売業に押されて経営が難しくなっていたこともあり、経営にコミットできる会計士や中小企業診断士といった国家資格が得られる学部がいいと思い、大学では経営学を学ぶことにしました。
その後、大学のゼミで研究テーマを決める時、高校のボランティア経験を話したところ「NPO法*(特定非営利活動促進法)ができたばかりだから研究してみては」と指導教授に提案され、それが現在の研究に繋がっています。最初は理論的な考察をしていましたが、2004年に行われた日本協同組合学会で研究発表をした際に、その場にいた方々から「現場も見たほうがいい」と言われて、NPOや市民事業組織の実際の取り組みを見て回るようになりました。
* NPO法(特定非営利活動促進法):1998年12月施行。20種類の分野の特定非営利活動を行う団体に法人格を付与することによって、団体としての信頼性の向上を図り、ボランティア活動をはじめとする市民の自由な社会貢献活動の健全な発展を促進することを目的として制定された。
たとえば、NPO法人「アビリティクラブたすけあい」という市民事業組織は、当時約7000人の会員がいて、子育てや介護の支援、共済保険や成年後見人活動、政策提言まで行っており、こんなに大きな非営利組織が東京の福祉に関わっていると知って衝撃を受けました。また、協同組合を取りまとめる組織の1つにインターンとして関わったりすることで、地方の多くのコミュニティビジネスも知りました。営利か非営利かという組織のしくみだけでなく、地域に根ざした仕事や働き方にも興味をもち、「市民事業組織に関する経営の研究」をテーマに論文をまとめて学位を取得したのです。
働くみんなが経営者
労働者協同組合というしくみ
ロボット工学から物理学の世界へ
私が関心を持つ非営利組織の一つに「労働者協同組合」があります。「労働組合」とよく間違われますが、労働組合は労働者の権利を守る運動組織。労働者協同組合は労働者が自ら出資し、メンバーの総意で事業を生み出し、自ら従事することを基本原理とする組織です。

https://www.roukyouhou.mhlw.go.jp/about
- (1) 組合員が出資すること
- (2) その事業を行うにあたり組合員の意見が適切に反映されること
- (3) 組合員が組合の行う事業に従事すること
もとは欧米から始まった協同組合のしくみで、日本でも1970年代には似たような組織が生まれており、1980年代以降、大きく二つの系統組織を軸に広がってきました。
一つは、生活クラブ運動がベースになった「ワーカーズ・コレクティブ」。おもに女性たちが、子育てや家事のスキルを活かして始めた労働者協同組合です。そして、もう一つが、「ワーカーズコープ」。こちらは、1970年代から、失業者や中高年者たちが、自らの仕事づくりのために始めた労働者協同組合です。
ちなみに、ワーカーズ・コレクティブもワーカーズコープも、世界的に見れば協同組合であり、「コープ ( CO-OP : co-operative)」という共通用語を使用することで全世界が繋がることができます。
1980年に国際協同組合同盟(ICA:International Co-operative Alliance)の大会で発出された「協同組合のアイデンティティ声明」では、人々の暮らしのために自らが主体的に働く労働者協同組合の重要性が注目されるようになりました。市場経済の自由な競争下でさまざまな格差が大きくなる中、弱者や地域を支える基盤として協同組合が見直されたのです。そのような背景のもと、日本でも広がったのが労働者協同組合の事業であり運動でした。

「労協法」ができたことで
協同組合の何が変わった?
日本では2020年12月に「労働者協同組合法(労協法)」が成立し、2022年10月に施行されました。その背景には、コロナ禍以降、経済や教育機会の格差が顕在化したことや、人口減少、高齢化問題、地域経済の疲弊などがあります。地域の人が組合員として出資し、意見を出し合い、助け合いながら地域の課題を解決していくために働く。そんな事業体として、日本でも労働者協同組合の役割が期待されているのです。
労協法では、労働者協同組合の事業目的が「持続可能で活力のある地域社会の実現」と定められています。介護や子育てといった分野だけでなく、地域づくりのためのさまざまな新規事業が展開できます。
これまで日本の協同組合制度の多くは行政の認可が必要で、設立するのは大変でした。そこで労協法という新たな枠組みをつくり、発起人を集めて定款を登記するだけで協同組合を設立できるようにしたのです。市民が気軽に協同組合をつくれるようになっただけでなく、協同組合的な活動をしていた組織も法人格を持てるようになりました。
労働者協同組合は、NPO法人と異なり、組合員全員が出資することができますので、主体性を持ちながら持続可能な運営の実現を目指しやすい法人制度といえます。
みんなで小さく働いて
地域の仕事をまわしていく
労協法ができて以来、労働者協同組合は少しずつ増えています。2025年2月1日時点で、127の組織ができ、そのうち104が新規、残りの23は今までの組織を労働者協同組合に衣替えしたものです。3人いれば設立できますので、3~10名程度の小さな組織から、数千人規模の組織までさまざまです。
大きな変化としては、今までの協同組合ではあまりなかった業種、たとえば、キャンプ場経営、空き家管理、シェア型書店の運営、デザインやメディア制作といったクリエイティブ系の事業などが見られるようになりました。
副業で起業した人も多いようです。たとえば三重県の「Camping Specialist労働者協同組合」の代表は四日市市の市議会議員で、開発が難しく放置されていた雑木林を、週末に仲間と一緒に整備してキャンプ場にしました。趣味のキャンプが近場でできるようになり、外から人も集まって新たな産業になりつつあります。単なる趣味なら、土地を借りることも難しいし、整備にかかる時間や人手は持ち出しです。法人のメリットを使って、楽しみながら、地域に役立つ仕事が生み出されています。

自治会から生み出される労働者協同組合も増えています。たとえば、沖縄県宮古島市の「かりまた共働組合」は、集落消滅に危機感を感じていた自治会の有志が立ち上げた労働者協同組合で、漁師や主婦などの個々人が持つ特技を生かして、地域の仕事づくりを行っています。

いずれも、法人化によって主体的に事業が行われ、小さい規模で始められる点も評価されています。協同組合の理念がうまく活かされている事例です。
- 地域における多様な需要に応じた事業が可能(労働者派遣業以外)
子育て、高齢者介護、地域づくりetc - 3人以上の発起人が揃い、法律の要件を満たし登記をすれば法人格が得られる
- 出資額にかかわらず、組合員の議決権は1人1票(平等)
- 組合員の意見反映の重視
- 組合員は労働者として保護される
- 出資配当はできない(非営利)
- 組合の事業に従事した分量に応じた配当
地域や中小企業とつながる
開かれた協同組合を
もちろん、労働者協同組合にも課題はあります。
私は居住地の静岡県磐田市で「いわたツナガル居場所ネットワーク」という不登校の子と保護者の居場所をつくる労働者協同組合の運営に関わっています。法人を立ち上げるのが初めてという母親・父親たちとともに起業したのですが、人事や財務、行政や市民を巻き込むための手法など、経営者としての知識を学ぶのに最初は苦労しました。一方で、活動で得た地域の人たちとの繋がりは大きな財産です。組合員の本業はさまざまですが、それぞれの人的ネットワークが、事業にも本業にも活かされていると感じます。

ただ、労働者協同組合の運営は主体的であるがゆえに、仲間内で物事を進めて閉鎖的になりやすいという課題もあります。
その点では、私たちのゼミが15年ほど関わってきた世田谷のまちづくりが参考になるかもしれません。私もゼミ生も繋がっているネットワークの一つに、Facebookで2600人あまりが集う公開グループ「チーム用賀」があります。たとえば、「ジャムを作るのでみかんを取りに来て!」と呼びかけがあると、興味のある学生や地域のさまざまな人たちがやってきて手伝います。「学生たちが主体になってやるお祭りがあるから、大人たちも手伝いに来て!」と呼びかけがあると、興味のある地域のさまざまな人たちが手伝いにきます。開かれたSNSを軸に、ゴミ拾いをしたり、畑作りも行っていく。新たな自治会的な機能だと感じますし、協同組合に不足しがちなネットワークが広がるプラットフォームになっています。


今後は、協同組合と中小企業の研究をうまく繋いでいきたいですね。小規模事業者の中には、共同代表制で地域の仕事を担っている人たちもいます。そういう人たちと一緒に、地域のために必要なしくみや事業を考えていくことでより持続的で強靭な協同組合のありかたを提言できればと思います。
私が所長を務める「現代応用経済学科ラボラトリ」は、教職員や学生だけでなく世田谷で多様な活動を展開する実務家や起業家など、さまざまな人を巻き込んで、コミュニティの課題解決や、未来のビジョンを提示していく地域協働研究拠点です。
ICAが定める2回目の国際協同組合年を迎えた2025年。ラボラトリの学内外のメンバーとコラボレーションしながら、労働者協同組合の発展に何が必要なのか、地域資源や地域ネットワークをどう活かしていくか、さらに深掘りしていきたいと考えています。

- 松本 典子教授
- 東京で生まれ長野県松本市で育つ。2007年駒澤大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。2007年駒澤大学経済学部現代応用経済学科に専任講師として着任。2019年より現職。非営利組織について特に経営の視点からその役割や課題を研究している。日本協同組合学会常任理事、日本NPO学会副会長。大学の立地する世田谷と、家族と暮らす静岡県磐田市の2拠点で地域活動を展開し、磐田市では労働者協働組合「いわたツナガル居場所ネットワーク」の設立・運営にも携わる。
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