ラボ駅伝

駒澤大学で行われている研究を、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。

学びのタスキをつなぐ 駒澤大学 ラボ駅伝

第30区 総合教育研究部 髙橋 博之 准教授

天文学と数値シミュレーション

望遠鏡を使わずにブラックホールで起きている現象を探る。いったいどうやって?

「ブラックホール」を見たことはあるだろうか?2019年にその姿を初めて捉えたとして世界中に発信された、ブラックホールの周りが明るく輝いている画像は大いに注目された。「光を吸い込むのに見えるの?」と疑問に思った人は、ちょっと物知りだ。ブラックホールからは光ですらも抜け出すことはできないため、見ることはできない。髙橋先生は望遠鏡を使わずに、ブラックホールとその周りで起きている謎に挑んでいる。どのように研究をしているのか、わかりやすく教えてもらおう。

見えない宇宙をコンピュータで再現する見えない宇宙を
コンピュータで再現する

私はブラックホールや中性子星といった天体を研究しています。子どもの頃から宇宙の始まりやビッグバンといった謎に憧れて、宇宙の図鑑ばかり見ていました。
天文学は望遠鏡で観測するイメージがあるかもしれません。でも、私が興味を持った天体は望遠鏡ではまず見えません。そこで、宇宙から得られるわずかなデータを手がかりに、数式やコンピュータを使ってその姿を明らかにしようとしています。最初は紙とペンだけで勝負する理論の世界に憧れて、ひたすら数式をいじっていました。でも、人間が解ける数式には限界がある。早々にコンピュータに頼ることになりましたが、そこでコンピュータシミュレーションの世界にはまってしまったのです。

シミュレーションでいちばん身近なものは天気予報でしょう。気象データをもとに、物理的な動きを予測する数式を作ってプログラミングをすると、雲の動きを予測することができます。それを、私は宇宙の天体で行っているのです。でも「コンピュータがあれば簡単に作れる」わけではありません。というのは、コンピュータは基本的には四則演算しかできないためです。微分や積分を使った物理方程式をコンピュータに計算させるには、人間がコードを書いて、コンピュータが計算できるようにプログラミングする必要があります。私が使っているのはFortran(フォートラン)という言語で、たくさんのバグと戦いながら1万行を超えるコードを書き上げます。そうして出てきたデータはまだ数字だけで、さらに別のPython(パイソン)という言語や、可視化専用のソフトウェアを使って画像にしていきます。こうしたいくつもの作業を経てようやくシミュレーション画像ができあがるのです。

髙橋 博之 准教授

私はコードを書いたり、シミュレーションで得られたデータを物理的に解釈したりする作業も好きですが、データを可視化して動画にして見るのも好きですね。自分の頭の中を可視化するだけでなく、思ってもいなかったイメージまで得られます。"動画を作る"のはわかりやすく見せるためだと思われがちですが、実は理論を補完したり、他者と共有したりするためにも非常に重要です。ブラックホールは見ることも行くこともできない世界ですから、研究者でさえ動かしてみないとどうなるか予測できない現象も多いのです。

暗黒だけど光る?ブラックホールを観測する暗黒だけど光る?
ブラックホールを観測する

ブラックホールは、宇宙で星が死んだときにできる天体です。太陽のような恒星は水素を燃料とした核融合反応で輝き、燃料を使い果たすと一生を終えます。その最後は星の大きさにもよりますが、太陽の10倍程度より重い星は「超新星爆発」を起こして物質をまき散らします。このとき、星の中心部は強い重力によってどんどん潰れていきます。そうしてできあがった非常に重たく、小さな天体が中性子星です。星の質量が太陽の20倍程度よりも重たい場合には、中性子星も潰れてしまって最終的にはブラックホールが作られます。

「ブラックホールは暗黒の世界」だと言われます。ところが、おとめ座M87銀河の中心から筋状の模様が出ていることがわかりました。のちになって、これは非常に細く、超高速で噴出する物質(ガス)の流れ、いわゆる「ジェット」と呼ばれるものだとわかりました。

ブラックホール自体はガスや光ですらも吸い込むため光りませんが、その"穴"は非常に小さく、ガスは簡単には吸い込まれずにその周りを円盤状にぐるぐると回りながら徐々に落下します。ちょうど、水を入れたペットボトルを揺らしながら逆さにして、ふたを外した感じです。これを「降着円盤」と言い、そこにあるガスが輝いていたのです。

ブラックホールと降着円盤のシミュレーション結果。中心にあるブラックホールの周りをガスが円盤状に取り巻き、回転しながら落下している。円盤ガスは摩擦や衝突によって高温になり、明るく輝く。上下には円盤から噴き出すガスの流れ(ジェット)がある。

降着円盤が光る仕組みは水力発電と同じです。ダムから水を落としたエネルギーでタービンを回し電力を取り出すように、ブラックホールの重力に引き寄せられて落下したガスが、ガス同士の摩擦によって加熱されて光るのです。また、大半のガスはブラックホールへと落下しますが、一部のガスは光などからエネルギーを得てブラックホールの近くから外へと噴き出してきます。これがジェットと呼ばれる現象です。
そしてこのようなジェットを噴出する天体が多数見つかり、さらに非常に明るく輝いていることから、そのエネルギーを説明するためには中心にブラックホールが存在するはずだということがわかってきました。

ジェットのような現象を調べるためには、人間の目で見える可視光だけでは不十分で、電波やX線など、さまざまな波長を用いて観測しています。日本にも多数の観測プロジェクトがあり、電波による観測ではたとえば韓国や中国の研究機関と協力して「東アジアVLBI(※1)観測網」というネットワークを作ってブラックホールの観測を行っています。

※1 VLBI=Very Long Baseline Interferometry(超長基線電波干渉計: 複数の電波望遠鏡の観測データを合成し観測データとして扱う手法)

こうした国境を越えた観測プロジェクトの成果の一つが、2019年に発表されたブラックホールの画像(※2)です。世界各国の電波望遠鏡から得たデータを解析して一つの画像にしたもので、日本も含めた国際プロジェクトによる史上初の快挙としてニュースで見た人も多いと思います。

※2 ブラックホールの画像:8つの電波望遠鏡を結合させた国際協力プロジェクトの画像は、2019年4月10日の国立天文台ニュースリリースを参照。

巨大ブラックホールの急成長をシミュレーションで検証巨大ブラックホールの急成長を
シミュレーションで検証

私の近年の研究は、ブラックホールの降着円盤やジェットのシミュレーションが中心となっています。国立天文台の研究員として、スーパーコンピュータ「京」を利用した研究プロジェクトにも参加しました。そこで検証したのが巨大ブラックホールにガスが大量に落ちていく現象です。

星が死んだ後に作られる多くのブラックホールは太陽の10〜100倍程度の重さで、半径30~300kmくらいの大きさです。しかし近年、地球から約130億光年も先に太陽の10億倍程度の重さの超巨大ブラックホールが見つかりました。太陽の中心から海王星まで飲み込むくらいの大きさで、いったいどうやってそこまで成長したのかが大きな謎でした。

理屈では、降着円盤からガスがブラックホールにどんどん落ちれば成長できるわけですが、宇宙の始まりは138億年前です。すると、約130億光年前にできた超巨大ブラックホールは宇宙ができてから約8億年以内に急成長したことになります。これは、それまで定説とされていたブラックホールの成長速度では到底説明できない速さです。

そこで、私たちは降着円盤からガスや物質がどのくらいの速さで落ちていくのか、どのくらいの量が落ちれば巨大ブラックホールの急成長が説明できるかをシミュレーションしました。ブラックホールの周辺で起きている、降着円盤やジェットの複雑な動きを正確に再現するためには膨大な計算が必要ですが、「京」を使うことで可能になりました。その結果、ブラックホールの近くまでガスが供給されれば、成長速度の限界とされていた値の7000倍以上もの速度でブラックホールが成長できるとわかりました。

ブラックホールと降着円盤のシミュレーション結果。中心にあるブラックホールの周りのガスが回りながら落下し、一部のガスは上下方向に噴出してジェットを作る。円盤ガスは青-白-赤の順に密度が高くなる。円盤の断面が見えるように、一部を切り開いて描画している。

アインシュタインの理論から導かれるブラックホールの自転を実証アインシュタインの理論から導かれるブラックホールの自転を実証

2023年には、M87銀河にある巨大ブラックホールから噴き出すジェットが、11年周期でコマのように歳差運動(首振り運動)をしていることも発見しました(※3)。これは巨大ブラックホールの自転を示すもので、同時に巨大ブラックホールと降着円盤が活動銀河のエネルギー源であることも裏付けました。アインシュタインの一般相対性理論が予言するブラックホールの自転を実証したと言える成果です。

※3 歳差運動するM87ジェットの噴出⼝を観測 -- 巨⼤ブラックホールの「⾃転」を⽰す新たな証拠を発⾒(駒澤大学)

これまで、降着円盤の歳差運動は知られていましたが、そのときにジェットがどのように出るかはわかっていませんでした。ジェットの動きはブラックホールの自転や円盤の状態にも影響されるので、今回の発見はブラックホールと円盤とジェットの動きを同時にシミュレーションしないと発見できない現象だったのです。

ブラックホールが自転するのは星としては当たり前ですが、観測で確認することは難しく、シミュレーションで理論的に証明するしかありません。しかし、それには非常に複雑な相対性理論を計算させる高度なプログラミング手法が必要でした。

シミュレーションのプログラムを書くさまざまな手法が開発されると同時に、コンピュータの技術やハードが飛躍的に進んだこと、そして20年に及ぶM87の電波画像の蓄積をもとに、ようやく細かなジェットの動きのシミュレーションが可能となり、自転を裏付けることができました。検証に使ったのは天文専用のコンピュータとして世界最速の「アテルイII」です。地上とは異なる強い磁力や重力、速さなどを考慮した相対性理論のシミュレーションは難しく、未だに世界でも私たちを含めて数グループしか行っていません。

ちなみに、日本はブラックホールの観測がけっこう得意です。可視光以外の光を使った観測グループがいくつもあり、そこから得られる光の特長から宇宙にある物質や温度、速さまでさまざまな情報が見えてきます。これら観測で得られた情報は、シミュレーション結果と比較することができます。そうやって観測と理論・シミュレーションの両輪が動くことで、ブラックホールの周りで何が起きているのかが徐々に明らかになっていきます。シミュレーションは見えないはずのブラックホールを「見える化」するサポートになっています。

遠い宇宙の存在が私たちの体ともつながっている遠い宇宙の存在が
私たちの体ともつながっている

今後は、できればもっと計算が速いコンピュータでスケールの大きいシミュレーションができるようになれば面白いですね。天気予報が都道府県レベルからピンポイントで発生するゲリラ豪雨まで予測することが可能となったように、コンピュータ能力が上がれば空間の構造や動きをより細かく正確に見ることができます。降着円盤の中のガスの動きはグチャグチャに渦巻いていて、大きい渦から小さい渦まで互いに連動しているので、両方の動きを同時に解くことでより正確な動きがわかります。

また、現在はブラックホールすぐ近くの狭いところしかシミュレーションできていませんが、実際のブラックホールの観測はものすごく大きなスケールで見ています。もっと長い時間の計算ができれば、たとえばジェットが飛んでいった先で何が起きるかまでシミュレーションできます。私はM87のようにちょろちょろとしかガスが落下していない成長しきったブラックホールだけでなく、ものすごい量のガスが落下している、成長中の活発なブラックホールにも興味を持っています。それらは遠くて大きなスケールでしか観測できないので、コンピュータの計算能力が上がればシミュレーションのスケールも観測に合わせることができます。

シミュレーションが面白いのは、未来の変化がわかること。最初のデータと数式を設定して計算させれば、その先の変化が刻々と見えてきます。自分でいろんな仮想モデルを作って動かすのも楽しみの一つです。

ブラックホールは遠くてなかなか見えない存在ですが、たしかに宇宙に存在しています。そして、私たち人間とも無関係ではありません。宇宙の始まりは水素しかありませんでした。それが星の中で核融合反応を起こして我々の体を構成する重たい元素を作り、やがて超新星爆発を起こして元素を銀河にばらまいていく。強いジェットは銀河を突き破って飛んでいき、銀河を温めたり、星で作られた元素を宇宙全体に循環させたりします。我々の体を作っている元素も、元をたどればブラックホール由来なのかもしれません。その謎がいつか解けることを信じて、これからも研究を楽しみたいですね。

髙橋 博之 准教授

Profile

髙橋博之准教授
2009年千葉大学大学院自然科学研究科数理物性科学専攻修了。博士(理学)。自然科学研究機構国立天文台シミュレーションプロジェクト研究員、特任助教、中部大学工学部講師などを経て、19年駒澤大学総合教育研究部自然科学部門講師、23年より現職。専門はシミュレーション天文学。とくにブラックホールや中性子星について、筑波大学計算科学研究センターや国立天文台の研究チームなどとも共同で研究を続けている。

次回は 第31区 文学部 国文学科 近衞 典子 教授

駒澤大学ラボ駅伝とは・・・
「ラボ」はラボラトリー(laboratory)の略で、研究室という意味を持ちます。駒澤大学で行われている研究を駅伝競走になぞらえ、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。

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