ラボ駅伝

駒澤大学で行われている研究を、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。

学びのタスキをつなぐ 駒澤大学 ラボ駅伝

第10区 内藤寿子准教授

大衆メディアから見る日本の文化

野に咲く花 つんとした鼻 ハングルの하나(HANA)は「ひとつ」 いろんな はな があるんだね。

雑誌や児童文学といった大衆メディアから、日本の文化を考えているのは内藤寿子先生。日々消費されていく人びとの娯楽の中にこそ、公文書や年表からはわからない日本の文化のリアリティが隠されているという。研究者の視点で絵本や雑誌を眺めたら、どんな文化が見えてくるのだろう?

雑誌連載や読者の声からいきいきと蘇る人びとの暮らし雑誌連載や読者の声から
いきいきと蘇る人びとの暮らし

私は映画や雑誌、絵本など、いわゆる大衆メディアと呼ばれるものを題材に日本の文化を考えています。
たとえば、菊池寛という作家がいます。文藝春秋社を興し、芥川賞や直木賞を創設したことでも知られる人ですが、大衆小説のベストセラー作家だったということは、現在あまり語られません。でも、大正13年の雑誌『婦女界』の目次を見ると、彼の名前はノーベル賞作家の川端康成よりずっと大きく、しかも同時に2本も作品を発表しています。私は、菊池寛の雑誌連載だけを切り取って1冊にした当時の和綴本を古書店で発掘しましたが、こうした資料から、その時代の人びとの嗜好、文学との接し方、楽しみ方まで知ることができるのです。

大正13年7月発行『婦女界』
大正13年7月発行『婦女界』の目次を見ると、菊池寛は戯曲「時の氏神」、長篇小説「新珠」の2作品を掲載していることがわかる

また児童文学雑誌『赤い鳥』は、実際の発行部数よりも、ずっと多くの読者に愛された雑誌だといえます。というのも、調べてみると、読者には学校の先生が思いのほか含まれていて、『赤い鳥』を学校に持参して読み聞かせや回し読みをしていたことに気づきました。1冊の本が100人、200人の読者に広がったんですね。こうしたことも、公文書や一般的な歴史資料だけでは明らかにできません。

"hana"はflowerかnoseか?
翻訳の限界と日本語のおもしろさ

大学の授業では、絵本を題材にした日本文化の授業を20年近くやっています。絵本はさまざまなテーマが描かれていて、短い時間で読めますし、難しい予備知識がなくても容易に理解できるすぐれた教材です。とくに私は「多文化」の視点で研究を進めています。
たとえば、かこさとしさんの『だるまちゃんとてんぐちゃん』は、英語や中国語にも翻訳されています。主人公のだるまちゃんは子どものメタファーで、友だちのてんぐちゃんが持っているものを何でも欲しがります。ある時、てんぐちゃんの「鼻」が欲しいと駄々をこねますが、お父さんが集めてくれたのはきれいな「花」でした。日本語ならではの同音異義語のおもしろさです。しかし、英訳本では「hanaは、noseとflowerの2つの意味がある」と注釈を入れていました。
物語は伝えられても日本語のおもしろさは伝えきれない。絵本を題材に、翻訳の限界、日本語のおもしろさや文化の多様性について考えることができるのです。

内藤寿子准教授

絵本自体は子どもが対象ですが、そこには日本社会の現状も映し出されます。たとえば、中川李枝子さんと大村百合子さんの『ぐりとぐら』は、出版50周年を記念して点訳版が作られました。触っても楽しめるように、絵や文字には立体的に盛り上がる特殊加工を施し、ひらがなも併記して、目が見える人も見えない人も一緒に楽しめる本になっています。言葉の問題だけでなく、読む文化、社会における多様性も現れているといえるでしょう。

日本語でつまづく外国にルーツをもつ子どもへ 心を開く窓となる支援活動を日本語でつまづく外国にルーツをもつ子どもへ
心を開く窓となる支援活動を

研究を論文にまとめることと同時に、研究成果を実践していくことも大切だと考えており、数年前から外国にルーツをもつ子どもの日本語教育のお手伝いをしています。
親が仕事のために来日し、日本で生まれ育った子どもは年々増加していますが、その子たちは親と話すときには両親の母語、学校では日本語と使い分けています。しかし、そういう状況のなかで、親の母語でも日本語でも、自分の気持ちをうまく表現できなくなってしまう子どもは少なくありません。一見日本語がペラペラでも、抽象的な概念が苦手だったり。絵本は、そんな子どもたちの心を開く窓にもなってくれるのです。
たとえば五味太郎さんの『言葉図鑑』では、日本語、英語、ポルトガル語、スペイン語で、日常生活で使う言葉がたくさん取り上げられています。選ばれた4つの言語は、日本で暮らす外国籍の子どもに南米日系人が圧倒的に多いという現実も象徴しています。

日本の絵本文化をどう伝えるか 動き始めたアジアの絵本文化
日本の絵本文化をどう伝えるか
動き始めたアジアの絵本文化

現代日本の児童文学や絵本の文化は、欧米の作品を翻訳することから始まったともいえます。戦前の日本の絵本は、勧善懲悪や親孝行など教訓的な話が多く、絵もリアルで挿絵としての扱いでした。それが、戦後、海外で評価の高い絵本、たとえば『ちいさなうさこちゃん』や『はらぺこあおむし』のような作品を翻訳出版していくなかで、大きく変化し多様化していったんですね。そして近年は、日本の絵本がアジアの絵本文化のひとつのモデルになっています。私の実感では、日本からアジアへの絵本文化の輸出は2000年代からどんどん増えています。

絵本

さきほど絵本の翻訳の難しさをお話しましたが、絵と文字と物語が有機的に結合した日本の絵本は、どう中国語で表現されるのでしょう。たとえば、松岡達英さんの絵本『ぴょーん』は、いろいろな動物が見開きごとに飛び跳ねる絵本で、ひらがなの視覚的な特徴を活かして動物たちが跳ねる雰囲気まで表現しています。それが、ほら、中国語ではこんなふうに漢字の部首をバラバラにしているでしょ? とてもおもしろい挑戦だと思います。

上海では5年ほど前から絵本の国際見本市が開催されていて、中国の作家たちが新しい作品を次々と発表する場になっています。そして、最新の中国の絵本が日本にも入って来るようになりました。中国語圏の絵本にどんな特徴があるのか、それがどのように各国で翻訳され、アジアの絵本文化が発展していくのか、非常に興味があります。

大衆メディアが海外に広げる 日本文化のリアリティ大衆メディアが海外に広げる
日本文化のリアリティ

絵本だけでなく、アニメや漫画、テレビドラマなどもどんどん海を越えていきます。中国では東野圭吾さんの推理小説も人気です。北京の大型書店で「東野圭吾が大好き」と話しかけてきた女の子は、「日本語の勉強はしたことはないけれど、作品がおもしろいから全部読んだ」と言っていました。村上春樹さんなどもそうですが、最近の若い人は作家の国籍とは関係なく作品を読んでいるし、逆に作品から日本に興味を持つ人も多いのです。
池井戸潤さんの「半沢直樹」シリーズも韓国や中国で大人気で、その理由は「新聞やニュースより日本の会社の実態がよく分かって勉強になる」から。『半沢直樹で学ぶ日本語』という実用書まで出ているんですよ(笑)。

みんながおもしろいと思うのには理由があって、やはり、そこに隠されたリアリティがあるからでしょう。こうした大衆メディアをうまく使えば、もっと豊かな魅力にあふれた日本の姿が世界に伝わっていくのではないでしょうか。硬直化しやすい国同士の関係性も、少しは緩むんじゃないかとひそかに期待しているんです。

内藤寿子准教授

Profile

内藤寿子准教授
早稲田大学大学院文学研究科 博士後期課程単位取得満期退学。修士。2002年より駒澤短期大学国文科で非常勤講師。2010年より駒澤大学に。現在、総合教育研究部日本文化部門准教授。専門は日本文化。大衆メディアを題材に近現代日本文化および日本社会について考察する。著書に『大学生のための文学レッスン 近代編』(共著、三省堂)ほか。2016年2月よりアジア・文化・歴史研究会 事務局代表

一輪の花を拈じて仏法を伝えたお釈迦様。その法を命がけで中国へ伝えた三蔵法師・・・
ということで次回は「三蔵法師のシルクロード」にタスキを繋ぎます!

次回は 第11区 仏教学部 吉村誠 教授

駒澤大学ラボ駅伝とは・・・
「ラボ」はラボラトリー(laboratory)の略で、研究室という意味を持ちます。駒澤大学で行われている研究を駅伝競走になぞらえ、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。

関連記事 - 「ラボ駅伝」カテゴリーの新着記事

+MORE POSTS