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本心(平野 啓一郎著)

眼横鼻直(教員おすすめ図書)
Date:2022.02.01

書名 「本心」
著者 平野 啓一郎
出版者 文藝春秋
出版年 2021年5月
請求番号  913.6/1905
Kompass書誌情報

本作品は、20年後の日本が舞台として設定された近未来小説です。バーチャル・リアリティ、尊厳死、格差社会、セックス・ワーカー、セレブリティ、家族、そしてネットビジネスと、私たちが現代社会を生きていく上で課せられている多くのテーマが扱われています。また、これら現代社会が抱える課題が作品の骨格を構成する素材として埋め込まれながら、そこで生きる人々の葛藤が考え抜かれた実に美しい文章で描かれていきます。

主人公は、人生の紆余曲折を経ながらも誠実に生きようとしている青年、朔也です。彼は、人の本心とは何かを考え続けます。生前の母親が最後に考えていたことは何だったのかというのがメインの問いとなりますが、今ここにいる友人が考えていることは何か、同居人との間に漂う空気の本質は何か、そして自分は何者かといった問いが提示されます。彼はこれらを解明するために他者との対話を試みるけれども、簡単に「本当のこと」はわからない。またリアル世界の物語と並行して描かれるバーチャル・リアリティにおける物語の創造についてのストーリーは、異なるかたちで「本当のこと」とは何かという問いを現代的なテーマとして突きつけてきます。はたしてデータを積み上げ処理することで、私たちはリアルに到達することができるのでしょうか。

ところで途中、はからずも三角関係になってしまった朔也を含めた若い3人の登場人物が、池袋のアンティーク・ショップを訪問し、その後一緒に西口の野外劇場などを散策しながら会話するシーンが出てきます。もっともその内の一人はバーチャル・リアリティでその時間を共にしているのですが。3人は歩きながら他の二人の心情を感じつつ言葉をつむぎます。繊細な情景描写と言葉の旋律にヒリヒリと胸が痛みます。真実とは何か、精神とは何か、そして愛とは何かを考えさせられるスリリングなシーンです。小説という表現の可能性を感じざるを得ません。

私は、経済学部でマーケティングを研究しています。現代を生きる消費者のライフスタイル、ひいては現代社会の潮流を読み込むことなしにマーケティングの成功はありません。本作品は、近未来に向けたマーケティング・インサイトを得る上でもインスピレーションを与えてくれる作品と言えるでしょう。

経済学部 教授 吉村 純一

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