令和2年度 9月法科大学院入学式 総長祝辞

Date:2020.09.19

令和2年9月、法科大学院ご入学に当たり、一言、お祝いの言葉を述べさせていただきます。今般は未修得コース2名、既修得コース2名の入学者を迎えると仄聞いたしております。本学法科大学院にはすでに37名ほどの学生が在籍し、2年乃至3年の学びを了じた暁には司法試験合格を目指すべく、日夜勉学に励んでおります。入学された皆さんが、それらの先輩とともに、先生方の的確な指導の下、所期の「法律」を学び、合わせて自らの人格を陶冶し、法曹家として社会に貢献されますよう祈ってやみません。

ここ駒澤大学に法科大学院が設立されたのは2004年のことで、爾来、紆余曲折する中で50名を超える法曹家を世に送り出して参りました。仏教系の大学である本学に法科大学院が設立されるに至った経緯や意味するところについては、すでに長谷部学長の式辞において丁寧に説明されておりますので、再論はいたしませんが、私は両者がともに「法」を大事にするという部分に注目したいと思います。

仏教で言う「法」とは「教え」の意味であり、インドの古代語ではダルマとかダンマとよばれ、それはブッダが説かれた「空・縁起」の教えを指します。無常であり無我である全ての存在は、「因果」の関係にあり、さまざまな事象は縁起の結果としてある。そのような不変の真実を説く教え・法に従って生きよというのが仏教の基本的な立場と言うことになります。

一方、法律という場合の「法」はどうでしょう。そもそも「法」の古字「灋」は、触れると直ちに罪を知る獬廌(かいたい)なる神獣と、公平を意味する水と去との合字とされ、刑罰や制度、道理、模範、手本、てだてなどさまざまな意味に理解されています。このように見たときインドの言葉「ダルマ・ダンマ」に「法」の字を当てはめたことには、それなりの理由があったことが分かります。

仏法と法律とは別のものと考えるのが普通かも知れません。しかし私は、「人間」に関わるものとしてそれぞれを捉えたとき、両者がまったく無関係だとは思えません。両者はともに人間が生きる上での指針となり、また遵守すべきものという性格を持つと、私は思います。加えて申すなら、聖なる世界をめざす仏教教団においても、修行者の修行が正しく行われ、また集まりの和を保つための「戒律」がブッダによって定められました。また社会正義を遂行するための法曹の世界においても、事案に対してどのような法律を適用するかを最終的に判断するのはやはり「人間」に他なりません。

このように両者の立場を考え、牽強付会の誹りを恐れず、あえて申すなら、仏教者と法曹家には、それぞれの立場を尊重し協力しつつ、人間の心、そして社会の安定に寄与することが求められていると思います。

ところでいま本学法科大学院の現状を鑑みると必ずしも順風満帆でないことは、すでに御承知の通りです。入学者に限ってみても、誠に残念ながらその数は開設当初ほどの賑わいには至っておりません。これからの社会において「法律」的な考え方がより強く求められるであろうことは多くの人が認識しているのですが、現実とのギャップが埋め切れていないとも言えましょう。

ここで私は道元禅師が、永平寺の前身である大仏寺を開かれるに当たっての言葉を紹介させていただきましょう。道元禅師がわずかな弟子とともに京都を去って越前にいたったのは寛元2年(1244)7月のことでした。その際、数少ない弟子たちに説かれた言葉の中に「大叢林(だいそうりん)・小叢林(しょうそうりん)」という表現があります。叢林とは修行道場のこと。つまり大きな修行道場、小さな修行道場という意味になります。

道元禅師は、修行者が多く建物が広いことが大叢林、人数が少なく建物が狭隘というのが小叢林と考えるのは間違いだと言われます。人数ばかり多くとも道心のある人がいなければそれは小叢林、人数が少なくても本物の道心を持つ人がいれば、それは大叢林であるとされます。

一人でも、あるいは一人に満たなくとも、坐禅に親しむ本物の仏教者を大事にする教育に勤しまれた道元禅師ならではの言葉と思います。そしてそれは逆に学ぶ側にたいしては「不惜身命(ふしゃくしんみょう)(いのちがけ)」の修行を求めていることになりましょう。この寺を大叢林にするか、小叢林に終わらせるかは君たち修行者次第だと言っていると見てもよいでしょう。

いま本学法科大学院にご入学された皆さまに、道元禅師の言葉を承けつつ、期待を込めて申し上げます。

私は皆さんが、さまざまな難関を乗り越えて、所期の目的を達成されるとともに、「人間」として成長した姿をもって法科大学院を修了できることを目指し、不惜身命の世界を生きて下さるよう願っています。そしてその結果が、畢竟、本学法科大学院を大叢林たらしめることになると信じます。

そのために私ども教職員も、全力を挙げての協力を惜しむものではないことをお約束いたします。蕪辞を連ねましたが、これをもって私の祝辞とさせていただきます。

令和2年9月19日

学校法人駒澤大学
総長 永井 政之